071 火口
幌馬車が峠道を走る。
そのまま峠を抜け、森に入る。
って、森?
いやいや、森じゃなくて道に出るべきじゃないのか? そう思っていると馬車が止まった。
へ?
「ここで休憩」
狼少女が呟く。あー、休憩か。休憩するためにわざと森に入ったのかな? そういえば、そろそろ日が落ちそうだ。これ以上進むのは暗くなって危ないかもしれない。
……。
でも、何故、森?
森の中の方が休憩に向いているのだろうか。
「火」
狼少女が喋る。
火?
何のことだ?
狼少女が御者台から幌の中へと入り、そこにある食材を集め、俺の前に置く。干し肉に、干し肉に、干し肉に、干し魚だ。それに少しのトウモロコシ風味のパンもどき。
……肉ばかりだなぁ。全然、野菜がないじゃあないか。いや、ちょっと待て。干し魚? 魚だ! 魚だとぉ! この異世界に来てからまともに魚は食べていない。魚の干物かぁ。焼いたら美味しそうだ。
ん?
あ、ああ! そうか、料理か!
そのための火か。
でも、火かぁ。火打ち石を買っていたけどさ、それはオークとの戦いで無くなってしまったしなぁ。
犬頭から譲り受けた背負い鞄の中に何か無かっただろうか。
鞄をおろし、中を開けて確認する。
……。
色々な道具が入っている。だが、良く分からない。火を起こす道具が入ってそうなんだけどなぁ。
「どうしたのだ?」
動きの止まった俺を不審に思ったのか、リンゴがやって来る。
「えーっと、火を起こす道具がないかと思って」
「うむ。これなのだがな」
リンゴが俺の背負い鞄の中から小さな金属の棒を取り出す。
「それが、ですか?」
外見は小さな鉄の棒のように見える。だが、鉄ではないのだろう。謎の金属か?
「うむ。タマちゃん、使ったことは?」
「ありません。えーっと、使い方を教えてくれますか」
「任せるのだ」
リンゴが頷く。
「出来るだけ枯れた枝を集めて欲しいのだ」
俺は枯れた木の枝を集める。森だからか、すぐに見つかる。
集めた枯れ枝をリンゴに渡すと、その中でも特に乾燥しているものを手で引きちぎり、粉々にしていた。相変わらずの怪力だ。でも、それくらいなら俺でも出来るからね。出来るんだからね!
その粉々にした枯れ枝の上で小さな金属の棒をナイフで削り、叩く。小さな金属の棒は脆かったのか粉が散っている。火花が飛ぶ。
そして、火が点いた。
へ?
魔法か? 魔法の力なのか? いや、だが、リンゴは種族的に魔法が扱えないはずだ。
「こうやって火を起こすのだ」
な、なるほどー。なるほどなぁ。うん、いまいち良く分からなかったから、今度、自分で試してみよう。
小さな火種が木の枝を足していく度に大きくなっていく。
干し肉や干し魚に先を削った木の枝を通し、その焚き火の周りに並べていく。何だろう、キャンプに来たみたいで、ちょっと楽しいな。
炙り、油がこぼれ落ちる魚の干物を囓る。美味しい。ただ、ちょっと塩味が濃い気がする。干す時に塩をたっぷり使ったのだろうか。
狼少女は無言で干し肉を食べている。おっさんはお茶を飲んでいる。
この狼少女もおっさんも焚き火を囲んでいる。全員で集まっての食事は初めてではないだろうか。うん、食事会だな。
だが、おっさんはお茶しか飲んでいない。
「えーっと、何も食べなくて大丈夫ですか?」
おっさんが心配になり聞いてみる。
「大丈夫」
答えてくれたのは狼少女だ。干し肉を囓っている狼少女はどうでも良いという感じだ。なんというか肉を食べることに一生懸命だな。
「えーっと、そうなんですか?」
おっさんに聞いてみる。
「これは魔力供給ですからね」
無視されるかと思ったが、普通に答えてくれた。
で、魔力供給? どういうことだろう?
「えーっと、それは……」
おっさんが小さくため息を吐き出す。
「この体は魔力で動いているのですよ」
うん?
あ、ああー。良く分からないが、分かった。お茶が燃料なんだな。だから、常にお茶を飲んでいたのか。優雅にお茶を飲んでいた訳ではなく、燃料補給だったのか。
そして、食事が終わる。
その頃には完全に日が落ちていた。
「護衛」
「護衛を頼みますよ」
狼少女とおっさんが馬車に戻る。あー、馬車に乗せてくれるようにはなったけど、護衛は俺たちの仕事かぁ。ま、まぁ、これは、しょうがないよね。そういう契約だしさ。
「タマちゃん、魔獣は近寄ってこないと思うが頼むのだ」
リンゴが木に寄りかかり、目を閉じる。リンゴは馬車の中では眠らないようだ。まぁ、護衛だからな。すぐに動ける場所に居ることが重要なのだろう。
焚き火に枯れ枝を足しながら交代の時間を待つ。
……。
お腹いっぱいで、うとうとしそうだ。
暇だ、
暇だなぁ。
静かな森。いや、静かでもないか。
動物の鳴き声、風の音。焚き火の木がはぜる音。意外とうるさい。こんな中ですぐに眠れるリンゴは凄いな。旅慣れているのだろう。俺も早くそうならないとなぁ。
ん?
音?
木々の奥からこちらへと迫っている音が聞こえる。俺はすぐに青銅の槍を持ち、立ち上がる。
そして、木々の奥から巨大な黒毛の猫が現れた。いや、虎か? 豹か?
火を恐れている様子は無い。
低く、小さな声で唸り声を上げている。今にも襲いかかってきそうだ。
……。
向こうからはこちらがご飯に見えているのだろうか。
完全に獲物を狙っている目だよなぁ。
リンゴが魔獣は出ないとかフラグを立てるようなことを言うからッ! そのリンゴは眠っている。魔獣が現れたというのに、普通に眠っている。ぐっすりだ。
はぁ。
草原では狼で、森の中では豹か。犬で猫だ。
平和にさ、暮らしていた時にはさ、こんな凶暴な野生動物と戦うことになるとは思わなかったよなぁ。それと戦える身体能力が、まず凄いよな。
この魔獣、野生の豹からは恐怖を感じない。問題無く倒せるだろう。
野生の動物と戦うことに忌避感は覚えない。人間って、環境で変わるんだなぁ。
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