070 評価

 幌馬車が峠道を走る。


 馬車に乗っての快適な旅だ。


 ……快適か?


 岩だらけの峠道をガタガタと揺られ、正直、お尻が痛いだけだ。ま、まぁ、歩かなくて良くなったから、その分は楽になったかな。それに、だ。歩きと比べてかなり早い。これなら王都まですぐに着くのではなかろうか。


「えーっと、それでどうやって生き返ったんです? 確か、幻影体アバターとか言ってましたよね」

「それを応える必要があるのですか」

 おっさんは素っ気ない。俺が秘密だと答えたことを根に持っているのかもしれない。


「魔法協会の秘技なのだ」

 と、横から声が割り込んできた。リンゴだ。

「目覚めたんですね」

 ズタ袋のリンゴが頷く。

「やられてばかりで随分と不甲斐ない姿を見せているのだ」

「ふむ。いや、魔人族を相手にして鉄の探求士が生き延びただけでも奇跡でしょう」

 何故かおっさんがリンゴを褒めている。何だか意外だ。


「えーっと、それでは自分は? 魔人族を倒しました。と言っても、まぁ、崖から落としただけですけど……」

 おっさんが露骨に顔をしかめる。

「信じられませんね。うっかりな魔人族が自分で足を滑らせただけなのでは?」

 おっさんはそんなことを言っている。えー、信じてくれないのかよ。ま、まぁ、確かに俺は銅のクラスの探求士だけどさ。それは新人だからそうだってだけで、隠された実力は凄いんだぜ――多分。


「私は評価する」

 そこで御者台の狼少女も会話に参加してきた。おー、この狼少女は評価してくれるのか。無愛想だが、よい子じゃん。


「ですが、護衛の仕事としては失格ですよ。結局、銅と鉄でしかなかったということでしょう」

 おっさんが肩を竦める。ま、まぁ、確かに、おっさんは殺されてしまった。いくら生き返ったと言っても、だから、それが無し、とはならないよなぁ。ならないよな? ならないかなぁ。少しくらいはなるんじゃあないかなぁ。なっても良いと思うな。ここまで来たらオマケしても良いと思うなぁ。


「私は評価する」

 狼少女の先ほどと同じ言葉。それを聞いたおっさんが目を大きく開け、何かを喋ろうとする。だが、それを止め、小さくため息を吐き出し、肩を竦める。

「分かりましたよ。そこの希望は魔法武器の修復でしたか。約束通り請け負いましょう」

 お、おお?


 このおっさんが俺の草紋の槍を直してくれるのか。てっきり鍛冶屋で直すのかと思ったが違うのか? いや、それとも、このおっさんが鍛冶士なのか? それなら王都まで行かなくてもはじまりの町で直して貰えたんじゃあないか? それとも王都まで行かないと道具がないって感じなのか?


「えーっと、おっさ……あなたが直してくれるのですか?」

 おっさんが先ほどよりも大きなため息を吐き出す。

「半分の子でありながら共通語を扱えることは評価しましょう。だが、少々、常識に疎いようですね」

 あー、はい。この世界の常識は殆ど知りません。

「あの、えーっと……」

「王都の魔法協会で預かり、専門の技師が直します」

 ああ、おっさんが直すワケじゃあないのか。そういえば、犬頭がおっさんをお偉いさんだと言っていたな。もしかして魔法協会のお偉いさんだったのか。


「えーっと、魔法協会ですか?」

「ええ。魔法協会に興味があるのですか」

 おっさんが俺を見る。あ、えーっと、半分の子は魔法が扱えないのだったか。本来なら俺は魔法が扱えないんだよな。そんなものが魔法に興味を持つのはおかしいのかもしれない。これは馬鹿にされる流れか?


 だが、おっさんの反応は違った。

「この地の魔法協会は魔法が扱えない者にも開かれています」

「え? それは、どういう……」

「魔法が扱えなくとも知識を蓄えることは出来ます。魔法が苦手な子どもにでも常識を教えるくらいはやっていますからね。それに、ですよ。魔法士の身の回りの世話をするくらいなら魔法は必要としません」

 あー、なるほど。


 学校みたいな役割もあるのか。


 それに、そこで学んでいる魔法士の世話係なら魔法が得意じゃなくても大丈夫、か。要は下働きだよな。う、うーん。微妙。下働きをするにしても、完全に魔法が扱えないのは、どうなのだろうか。だってさ、あの狼少女は魔石から水を生み出していた。これって生活一般に魔石が関わっている可能性があるってことだよな? それすら出来ない者が役に立つのか?


 ……。


 あるとすれば、単純な力仕事とか、か。


 うわぁ、それは……ちょっと無しだ。


「わ、分かりました。考えておきます」

 魔法に興味はある。だけど、当分、独学かなぁ。

「良いでしょう。ですが、まずは、そのみすぼらしい格好を何とかしなさい。奴隷にしか見えませんよ。足が丈夫な獣人でも、今時は靴くらい履いています」

 あ、はい。


 布を巻いただけの足に、乾燥してカピカピになった血や泥が付着した貫頭衣。うん、酷い格好だ。

 これも全て貧乏が悪いんだ。


「えーっと、お金が無いので……ち、ちなみに、この護衛の報酬ってどれくらいでしょうか?」

 あの犬頭は正確な金額を教えてくれなかった。よく考えたら、俺、良くそんな状況で引き受けたな。いや、まぁ、草紋の槍を直すことに必死だったからなぁ。後先を考えずに飛びついてしまった感がある。


 おっさんが驚き、ため息を吐き出す。

「護衛を失敗しているのですから魔法武器の修復で終わりです」

 え?


 えええ?


 マジで?


「と、言いたいところですが、良いでしょう。魔法協会の方から辺境銀貨五百枚ほどは用意しましょう。それで、そのみすぼらしい格好を何とかしなさい」

 あ、はい。


 五百枚。


 五百枚かぁ……。


 って、五百枚ッ!


 リンゴと半分にしても二百五十枚は残るじゃん! これで美味しいものが食べられそうだ。


 やったぜ!

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