072 ノア

 黒豹が飛びかかってくる。間合いを見極め、黒豹の鋭い爪を青銅の槍で打ち払う。こちらを咥えて動けそうなほど大きな黒豹が、簡単に吹き飛ぶ。うむ、我ながら相変わらずの怪力だ。


 吹き飛んだ黒豹が空中で体勢を整え着地する。そこを狙う。


――《二段突き》――


まるで青銅の槍が分身したかのような連続突き。だが、その連続突きは黒豹にあっさりと躱されてしまう。素早いッ!


 ……はぁ。


 いくら初歩の技だといっても躱されすぎだろう。


 だけどッ!


――《二段突き》――


 俺のもう片方の手には鉄の槍が握られている。そこから放たれる鉄の槍が分身したかのような連続突き。

 鉄の槍が黒豹を貫く。その勢いによって黒豹の体が折れ曲がり、鉄の槍に突き刺さる。


 黒豹は口から血泡を吐き出しながら暴れている。魔獣だけあって生命力が強い。爪を伸ばし、こちらへ手を届かせようともがいている。だが、槍の長さがそれをさせない。


――《二段突き》――


 青銅の槍から放たれた連続突きが黒豹の頭を貫く。二本の槍が黒豹を貫き、持ち上げる。黒豹の体が一瞬ビクンと跳ね、すぐに動かなくなる。脳天を貫いたんだ。即死だ。


 殺した。いや、狩った。勝った。


 楽勝だ。


 今更、魔獣を殺したことへの忌避感はない。

 殆どない。

 

 ……ちょっとしかない。


 やるかやられるかの状況で、今回は俺が勝ち、生き残った。それだけだ。


 ……。


 俺もこの世界に馴染んできたよなぁ。


 さて、この狩った黒豹はどうしよう。このままにするのも問題だよなぁ。かといって、俺はまだ魔獣を捌くような技術を持っていない。

 鉄の槍で無理矢理、魔石だけを取り出そうかな。


 あー、このまま槍に刺した状態で焚き火で炙ったらどうだろうか? 焼き肉になるんじゃあないか?


 ……駄目だろ。天然の毛皮が焼けて大変なことになるだけだ。


 そうだ。背負い鞄の中側の一部が防水になっていたはずだ。魔獣の死骸をそのまま入れることが出来るはずだぞ。


 ……。


 俺よりも大きな黒豹を、どうやって背負い鞄の中に突っ込むんだよ。俺の怪力で圧縮して小さくして無理矢理突っ込むか? 無理だろ。


 放置していたら腐って大変なことになる……よなぁ。


 さあ、どうしよう。


 ……。


 いやいや、それ以前に、だ。これだけ激しく戦って、辺りには血の臭いが充満していて、それでも、誰も起きてこないってどういうことだ。


 リンゴさん。熟睡しすぎじゃあないか。普通は、起きてきて一緒に戦うとか、そういう感じになるんじゃあなかろうか。


 あの狼少女だってそうだ。いくら、幌馬車の中で眠っているからといって、普通は気付くよな? 気付くはずだ。それに、あの狼少女、実は結構な実力者だよな? それが、起きてこないってどうなんだ? それだけ俺を信用してくれているってことか?


 ……。


 おかしくないか?


 おかしすぎるだろう。


 この状況で目が覚めないのはおかしすぎる。


 焚き火が紅く燃え、パチパチと木がはぜる音がしている。


 俺は不審に思い、木に寄りかかって眠っているリンゴへと近寄る。


 その時だった。


「少し話をしたいけど大丈夫かな?」

 森の中から――木々の奥から声が聞こえた。それは子どものような、少女のような声だった。

「誰だ?」

 俺はすぐに青銅の槍と鉄の槍を黒豹から力尽くで引き抜き、構える。


「警戒しないで欲しいな」

 木々の隙間から声の主が現れる。


 それはフード付きのポンチョのようなものを着込んだ少女だった。いや、正確には少女かどうかは分からない。フードを深くかぶり、顔がよく見えない。背丈は今の自分と同じくらいだろうか。


 ぱっと見は子どもだ。だが、何かヤバい感じがする。


 何故か目覚めないリンゴや狼少女。そして、気配を感じさせず、突如現れたポンチョの少女。


 この少女が喋っているのは何語だ? 俺が理解出来るのだから辺境語や獣人語では無いはずだ。だが、共通語でも魔人語でもない。


 この少女は何語で喋っている?


 いや、そもそも喋っているのか?


 危険だ。良く分からないが危険しか感じない。


「なにもの、だ」

 もう一度、確認する。


「とりあえず、ノアって呼んで欲しいかな」

 少女の声。


 俺はこの相手を、こいつを完全に少女だと認識している。なんだ? 何か不味い気がする。


 いや、怪しむなら、そもそも、だ。ノアって名前だ。何処かで聞いたような気がする。


 ……。


 ノア・センパイ。


 あの芋虫の名前だ。


「ノアって名前は聞いたことがある。あの芋虫の関係者か?」

 俺の言葉を聞いた少女が息をのむ。フードで見えないが驚いているのかもしれない。


「そうそう、彼の関係者だよ」

 少し間をあけ、少女が答える。


 彼? あの芋虫は雄だったのか。いや、まぁ、多分、そうじゃあないかなぁとは思っていたが、芋虫の性別なんて分からないからな。


 いや、今、それは重要じゃない。

「その関係者が何の用だ? 何故、ここに居る? 何が目的だ。あの魔獣をけしかけたのはお前か?」

「魔獣は自分たちとは関係無いよ。たまたまだね。自分が現れたのは聞きたいことがあったからだよ」

 不気味だ。この少女は不気味だ。


 まるでこの世界に俺と少女しかいないような気分になってくる。

「な、何を……」

「君は誰だい?」


 少女の言葉。


 意味が分からない。


 俺は俺だ。


 何を聞いているのか意味が分からない。


 この少女は何者だ?

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