062 技術
まるで槍が二本に増えたかのような突きだった。
あれが、二段突き? 初歩の技?
確か、タブレットでも最初に表示された技だ。
狼少女が行った技を再現するように突いてみる。だが、同じようには出来ない。動けない。ただの突きだ。何が違うのだろうか?
あの狼少女は簡単にやって見せた。だが、正直、人間離れした動きだったように見える。どう見ても簡単じゃあないよなぁ。
……。
もしかして、魔法と同じように、何か発動するためのトリガーがあって、それを行えば勝手に発動する感じだろうか? 動きを補正してくれるような感じでさ。
この世界は何処かゲーム的だ。その可能性は充分にある。
だが、そうなってくると、何度、練習を行っても発動させるのは難しいのではないだろうか?
……。
違う、違うな。
いや、よく考えろ、俺。
あの狼少女は、何故、俺に技を見せた?
そう、お手本になるように見せてくれた。それは、どういうことか? 真似すれば出来るようになるから、だよなぁ。
練習によって身につけることが出来る技だということだ。
だが、何か違う。
それだけじゃない。それだけじゃないはずだ。
……。
魔法。
そう、この世界は魔法がある世界だ。
俺の――俺が元いた世界の常識で考えては駄目なのかもしれない。
そうだ。そうだよな。
人間離れした動きだというなら、魔法のように何か不思議な力が関与しているのかもしれない。
だから、出来ない――ではなく、そういった力も練習で習得できる世界なのではないだろうか。
槍を持ち、もう一度、狼少女の動きを真似て突いてみる。だが、それは変わらない、ただ槍を前後に動かしただけの突きだ。どれだけ早くなるように、素早く行ってみても変わらない。俺がやっているのは人の動きだ。
何かきっかけがあれば、簡単に扱えるようになりそうな予感はある。だが、それが分からない。
きっかけ?
俺はタブレットを見る。
BPは『2』ポイント余っている。そう、BPはあるんだ。これを『二段突き』の項目に振れば、簡単に習得することが出来るだろう。
でも、それで良いのだろうか。
他の人たちが練習を行って、そう、努力して、頑張って習得した技を、それを、数字をポンと動かすだけで覚える。本当にそれで良いのか?
……。
今更か。今更だよなぁ。
考え方を変えよう。逆に、だ。そう、逆にだ。この世界は魔法も有り、生きるか死ぬかの、戦いが当たり前の世界だ。その中で、だ。力を得る手段があるのに、それを使わないのはどうなのだろうか? 生きるための――生き残るための努力を怠っていると言えるんじゃあないか。
そう、これは……。
コツを、きっかけを得るためだ。
言い訳かもしれない。言い訳だよな。分かってるさ。
だけど、このまま、先が見えない練習を続けるのもどうかと思うのだ。それで、力が及ばず、最初の時のように魔獣に殺されたらどうする?
練習すれば、鍛えれば、タブレットの数値が増えることは知っている。
だが――、
俺はタブレットの数値を動かす。
BPを『1』消費して『二段突き』を習得する。
その瞬間、頭の中に激痛が走る。脳みそをぐちゃぐちゃとかき回されているような、俺の体が、感覚が、色々なものが造り替えられているような痛み。
俺は頭を抱え、痛みに耐える。
……。
そして、痛みが退いていく。痛みが消える時はあっさりだ。今までの痛みが嘘のように綺麗さっぱりと消える。
頭の痛みは長く続いたように思えたが、実際は一瞬だったのかもしれない。その証拠に、木に寄りかかって眠っているリンゴが起きる気配はない。しっかりと眠っているようだ。
頭の痛み。激痛。
またしても、だ。もう二度と味わいたくないと思ったのに、またしても、だ。しかも、今回は言葉を覚えた時と同じくらいの激痛だった。
だが、それに耐えた価値はあった。
俺は理解した。
技、だ。
そう、考え方は間違っていなかったのだ。魔法と同じだったのだ。体内に存在する力を変換する。
そう、変換だ。
力に変える。
世界の法則をねじ曲げる。いや、違う。これこそが、この世界の法則なのだ。
コツは魔法を使う時と同じ。
発動させるッ!
――《二段突き》――
時間が止まったかのような世界の中、手に持った槍が動く。俺の動きを補正するように世界が書き換わっていく。
同時にしか見えない勢いで――槍を持っている俺ですら槍が二本あるようにしか見えない速度で突きが放たれる。
これが『二段突き』か。
感覚は掴めた。
技というものを理解した。しかし、だ。改めて思う。魔法といい、技といい、ゲーム的だ。ゲームが現実になったら、こうなるのでは、と思えるような形で存在している。
死んだ経験がなければ、ヴァーチャルリアリティなゲームの世界だと思ったかもしれない。
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