063 峠道

 今日は山歩きだ。


 木々が少なく、岩肌がむき出しとなった山道を歩いて行く。気を付けなければ地面から見えている岩に躓きそうになる。そんな、殆ど道とは言えないような道だ。そんな場所を馬車で走らせているのだから、御者台の狼少女の腕は確かなのだろう。


 このまま山頂まで登り続けるのかと思ったが、中腹辺りで道を変える。崖沿いの道を進む。


 崖、か。


 それにしても、だ。


 今日で五日目だ。五日で王都に辿り着くという話だったが、とてもではないが、今日、辿り着けるとは思えない。


 黙々と崖沿いの道を進む。手すりやガードレールなんて存在しない。ちょっと油断して足を滑らせでもしたら、崖下に真っ逆さまだ。


 崖下までは数十メートルはありそうに見える。落ちたら助からないだろう。


 ……。


 自分たち以外の旅人の姿を見ない。道はあっているのだろうか。


「リンゴ、王都まで、後、どれくらいなのでしょう」

 周囲を警戒しながら歩いていたリンゴに声をかける。

「峠を越えれば、すぐなのだがな。だが、この進み具合では、早くて明日の夜には、というところだと思うのだ。いや、うむ。明後日、到着だと思った方が良いと思うのだがな」

 早くて、明日か。本来なら五日で到着出来る距離を一週間かぁ。


 うーむ。


「それにしても人の姿が見えませんね」

「うむ。まるで襲ってくださいと言わんばかりなのだ」

「今度は、山ですから山賊ですか」

 他に人の姿がない、こんな崖沿いの道を歩いている俺たちは、賊連中には、さぞ美味しい獲物だろう。

「タマちゃんも警戒して欲しいのだ」

 俺はリンゴの言葉に頷く。


 山を遠回りに一週するかのような崖沿いの道を歩く。一本道だ。これだけ見晴らしが良ければ、急な襲撃はあり得ないだろう。そう思えた。


 太陽が真上に来た、そろそろお昼休憩かな、と思った時だ。


 俺の頭の上の耳が何かの音を感知する。


 違和感。


 その時には体が動いていた。青銅の槍を手に持ち、幌馬車の前に立つ。そして、そのまま青銅の槍を振るう。


 青銅の槍が何かを打ち落とす。


 ……。


 それは――矢だった。


 見えなかった。音しか聞こえなかった。


 いや、それどころじゃない。

「襲撃だッ!」

 俺は叫ぶ。


「タマちゃん、前は私に任せるのだ」

 盾を構えたリンゴが動く。俺はリンゴと入れ替わるように後ろへと下がる。矢が飛んできた前はリンゴ、後方は俺だ。


 二人で武器を持ち、幌馬車を守る。


 そして、岩陰から武装した男たちが現れた。前方から三、後方からも三だ。合計六人。草原で出会った盗賊と同じような、みすぼらしい格好だ。ところどころ裂けている外套、カビているのか青くなって傷だらけの革鎧、ボサボサの髪にひげ面――酷い格好だ。だが、手に持っている斧や剣、槍などは、よく手入れされているのか、鋭い輝きを放っていた。


 前方は、剣が一、槍が二、後方は、剣が一、斧が二だ。俺の相手は剣と斧、か。それにしても、何処に隠れていたのだろうか。気配を全く感じなかった。後方からも来たということは……俺たちの後をつけていたってコトだよな? どうやって? 前方の連中だってそうだ。岩陰に隠れるにしても限度がある。矢を放つなら身を乗り出さないと駄目なはずだ。


 だが、矢が飛んできて、その音が聞こえて初めて気付いたくらいだ。


 って、ん?


 矢?


 弓持ちがいないぞ。


 ……。


 いや、でも、コイツら以外に気配はない。音も匂いもない。感じない。他にはいない……はずだ。まぁ、近接戦闘になれば弓は邪魔になるからな。岩陰にでも置いたのだろう。


 とにかく、目の前の連中を倒せば問題なしだ。


 斧を持った二人が、じりじりと間合いを詰めてくる。俺が、今、持っている武器は槍だ。接近されてしまえば斧の方が有利だろう。だが、近寄らせなければ圧倒的に槍の方が有利だ。


 青銅の槍を構える。


 すると、斧持ちの一人が口を開いた。


 だが、何を言っているか分からない。多分、抵抗するな、とか、荷物を全て渡せ、とか、そんな感じじゃあないだろうか?


 もう一人の斧持ちも口を開く。

「止せ」

 それは俺にも分かる言葉だった。制止の言葉だ。


 うん?


 分からん。この場面で「止せ」はおかしくないか? あー、最初の山賊が皆殺しだーとか言っていたら、あり得るか。


 まぁ、良いさ。


 いきなり矢を放ってくるような連中だ。間違いなく敵だ。倒すべき相手だ。戦うべき相手だ。


 山賊たちの言葉なんてどうでも良い。


 とにかく近寄らせたら駄目だ。


 ならばッ! 先制攻撃だッ!


 こちらから一気に青銅の槍の間合いまで詰める。そして、使う。


――《二段突き》――


 二本の槍が存在しているかのような残像を伴った鋭い突きが放たれる。


 ……。


 だが、その一撃は、盾のように広い面をこちらに向けた斧によって防がれた。


 へ?


 え?


 防がれ……た?


 いやいや、せっかく激痛に耐えて習得した技だぞ。そんなあっさり防がれるとか、無しだろ。ここは気持ちよく倒されろよ。覚えたての技の力をさー。


 ……。


 まぁ、そうだよな。そう上手くいかないよな。それに、だ。あの狼少女は『二段突き』を初歩の技だと言っていた。つまり、たいしたことがないのだろう。こんな山賊にも防がれるくらいだもんなぁ。


 せっかく覚えたのによぉ。あんまりだぜ。


 そんなことを俺が考えている間も戦闘は続いている。斧持ちが俺の青銅の槍を払いのけ、そのまま一気に間合いを詰めてくる。目の前に振りかぶられた山賊の斧が迫る。


 青銅の槍を強く持ち、払いのけられた、その槍の動きを止める。握った手を滑らせる。そのまま両手で青銅の槍を水平に持ち、斧の刃と持ち手の間に刺し込む。動きは俺の方が早い。間に合う。


 斧を止める。


 相手が大ぶりで助かった。


 そのままッ!


 俺は山賊を蹴る。蹴って、自身は後方へと跳ぶ。そのまま近寄らせないように突きを放つ。

 技じゃない。ただの突きだ。


 すぐ後ろは馬車だ。もう、後がない。


 近寄らせないために必死で槍を突く。だが、全て躱されてしまう。


 くそ、コイツら。


 コイツら、強いッ!


 だけど、だ。躱すので精一杯なのか、間合いを詰めてくることはない。このまま突きを放ち続ければ時間は稼げるだろう。時間は、だ。


 だが。だけど、だ。時間を稼いでどうする? リンゴが応援に来てくれるまで粘るのか? リンゴだって三人を一人で相手している。キツいはずだ。


 リンゴが助けに来てくれるのを期待しては駄目だ。俺の力で、俺一人の力で何とかしないと……。


 くそ、コイツら、盗賊より何倍も強いじゃないか。


 盗賊が楽勝だったから、甘く考えていた。


 どうする、どうする?

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