061 槍技

 さらに歩き続けると、それに合わせて周辺に生えている木の数が増えてきた。草原が終わろうとしているのかもしれない。

 そして、その木の数が増えるほど陽が傾いていく。


 夜が近い。


 完全に木々に囲まれたところで馬車が速度を落とし始める。ここで野宿になるようだ。わざわざ宿場を外れて野宿か。しかも、野宿に適したような場所ではなく、落ち葉や雑草が生えているような森の中だ。

 おっさんや狼少女は幌馬車でゆっくり快適に眠れるから良いだろうけどさ、俺やリンゴは地面にそのまま寝る形だもんなぁ。こいつぁ、キツいぜ。


 今日も最初に俺が見張りで、その後にリンゴという順番だ。今日こそはしっかりと時間を計ってリンゴを起こすぜ。さすがに三日目ともなれば、しっかり、ばっちり、こなしてみせるのだ。そこはもう、獣耳を持っているからな――野生の勘だぜ。


 リンゴは木に寄りかかり、そのまま眠っている。ズタ袋に開いた穴の向こうにある目が閉じられているから、多分、眠っているのだろう。布団や毛布もなく、地面に直接で、しかも鎧を着たままとかよく眠れるものだと感心する。いや、鎧の上にのせた盾が毛布代わりだろうか。


 まぁ、後で俺も似たような状況で眠る訳だけどさ。うーん、考えると最悪だ。


 それに、だ。最近、尻尾が膨らんできたんだよなぁ。もちろん、中の芯が膨らんでいる訳じゃない。毛が増えたというか、もっさもっさになってきたというか、そんな感じなのだ。細長かかった猫や猿のような尻尾から、狐のような、ふかふか尻尾に変わり始めている。その尻尾がかなり邪魔になるのだ。いや、まぁ、ふかふかになったから布団代わりになりそうだけど、微妙に長さが足りないというか、枕にしようとしたら、折れて痛いというか、寝返りを打つと体に挟んで痛いというか、とにかく邪魔になるのだ。


 せっかく、歩くのに慣れたと思ったら、今度は寝る邪魔になるんだもんな。不便な体だぜ。


 リンゴは蜥蜴のようなしっぽと蝙蝠のような羽根を持っていたはずだが、鎧の中で大変なことになっていないのだろうか。それとも、そんなことは慣れっこなのだろうか。リンゴの場合は生まれた時から、だろうからなぁ。俺みたいに、途中から、この体になった訳じゃないだろうし……うーむ。


 ……。


 まぁ、アレだ。そんなことを考えるくらい暇なのだ。


 月明かりしかない夜の闇の中、起きているのは俺だけだもんな。蠢く虫の音、そよぐ風、揺らぐ木の葉、夜行性の動物が動く音、そんな音に包まれて俺一人。


 ……。


 暇だ。


 はぁ、本当に暇だ。


 せっかくだから、槍を扱う練習でもするかな。まぁ、何がせっかくかは分からないが、槍の練習だ。


 今のこの獣耳少女の体は夜目が利くからな。月明かりだけでも充分に見えるんだぜ。だから、問題なしだ。


 そういえば、タブレットの槍技の項目に『二段突き』って技が増えていたよな。BPを振り分けることなく、自力で習得できないかな。


 せっかくだ。試してみよう。


 多分、二連続で突きを放つって感じだよな。


 こうかな?


 しゅしゅっとな。


 青銅の槍で突く。出来る限り素早く突く。


 うーむ。何か違う気がする。これ、単純に、二回突いただけだよなぁ。いや、でも、どうなんだ? これも二段突きじゃないのか?


 もっと早く突いた方が良いのかな?


 出来る限り力を抜き、素早く連続で突く。お、早い。かなり早い。


 ……。


 いや、だけどなぁ。こんな力を抜いた突きを放って、何の意味があるんだ? ただ、早いだけじゃん。


 何か違う気がする。


 そんな感じで俺は練習を続けた。


 あー、うん。夢中になって突きの練習をやっていたからさ、当然のようにリンゴを起こすのを忘れていたのだ。今日もリンゴが自力で起きてきて、それに気付いてハッとするのだった。


 駄目だなぁ。


 そして、四日目。


 この日も歩き続ける。すぐに木々は減り、岩肌が見えるようになってきた。森を抜けたのだ。

 そして、馬車でこんな山道を進むのかというような険しい岩だらけの道を進む。そう、山道だ。

 上へ上へと登っているのだから、これは山道なのだろう。


 にしても、今日で四日目だぞ。本当に五日で王都に辿り着けるのだろうか。


 王都って山の中腹にあったりするのかなぁ。そんな訳ないよなぁ。この山を越えた先だよなぁ。


 ……。


 どう考えても無理だ。


 五日でなんて辿り着けない。


 ……。


 山道を歩き続ける。


 そして、その日は山の中腹辺りで野宿になる。そう、また野宿だ。


 日が落ちた後は昨日と同じように青銅の槍を持ち、突きの練習を繰り返す。まぁ、盗賊に出会ったくらいで魔獣も現れないんだけどさ。それでもさ、練習を繰り返して損はないはずだからな。


 昨日と同じように突きの練習をしていると、いつの間にか目の前に狼少女が立っていた。


「あ、あぶない!」

 思わず、狼少女を目掛けて突きを放ちそうになる。だが、狼少女は動じない。それどころか、狼少女は、こちらを見て大きなため息を吐き出していた。


「えーっと、何か用でしょうか?」


 俺には分からない言葉で狼少女が喋り、こちらへと手を伸ばす。そして、何か催促しているように、その手を動かす。


 ん?


 んんー?


 もしかして、槍を貸せって言っているのかな? 俺の練習がうるさかったのだろうか。


 でも、武器を渡すのはなぁ。


 俺が迷っていると、狼少女は、再び、大きなため息を吐き出し、幌馬車の方へと戻っていった。


 何だったのだろう?


 って、うん?


 その狼少女が戻ってくる。そして、その手には槍が握られていた。短槍じゃない、槍だ。馬車の中に用意していたものなのだろうか? 鉄製の槍だと思われるが、そこまで高そうな代物じゃない。ありふれた槍って感じだ。


 えーっと、何だろう? その槍でどうするつもりだ?


 狼少女が俺を指差す。そして、槍を構える。


 ん?


 次の瞬間、槍が煌めく。


 狼少女の槍が残像を残し、突きの軌跡を描く。


 へ?


 槍が二本に見えた? 残像? 閃光を描くような綺麗な軌跡。


「えーっと、今のは?」


 狼少女がこちらを見る。


 そして、

「二段突き、初歩」

 俺にも分かる言葉でそれだけ呟くと槍を持ったまま幌馬車の方へと戻っていった。


 ……。


 狼少女は戻ってこない。


 ……。


 今のが二段突き?


 もしかして、技を見せてくれたのか?

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