060 宿場

 盗賊の一人が大きな声で叫ぶ。


 だが、何を言っているのか分からない。

「リンゴ、これは何と言ってるんですか?」

 盗賊を指差す。

「あまりよろしくない言葉なのだがな。簡単に言うと食料を寄こせ、なのだ」

 ああ、なるほど。


「盗賊ですか?」

「盗賊なのだ」

 つまり敵だ。


 俺は青銅の槍を持ち、動く。


 槍の間合いまで近づき、そのまま盗賊の持っている剣の刃を狙い、突く。その一撃に耐えきれなかったのか、盗賊はあっさりと手に持っていたボロい剣を落とした。


 まずは一人。


 そのまま連続で隣の盗賊の手を狙い突く。コイツが持っているのは短剣だ。剣のように武器を狙うのは難しい。だから、手を狙う。盗賊がうめき声を上げ、錆びた短剣を落とす。


 弱い、遅い。これなら余裕で勝てる。


 と、そこで頭の上の耳が右手の方からの音を感知する。見れば矢が迫っている。


 だが、その次の瞬間には盾を持ったリンゴが矢を叩き落としていた。俺はすぐにそちらへと動く。遠距離から攻撃出来る相手を仕留めるのは重要だ。

 跳ねるように弓使いへと一気に間合いを詰める。


 そのまま青銅の槍で威嚇するように突く。


 弓を持った盗賊はのけぞるように転け、そのまま弓を手放し逃げていく。


 ……次だ!


 周囲を見回す。


 ……。


 次の相手に向かおうと思ったが、そいつらはすでに逃げ出していた。


 逃げ足だけは速いなぁ。


 俺みたいな子どもが余裕で勝てるとか、盗賊としてどうなんだ?


「えーっと、追いかけますか?」

「いや、良いのだ。護衛することが仕事なのだ」

 リンゴは盾を持ったまま、盗賊たちが逃げていった方を見ている。

「でも、えーっと、逃げたヤツが仲間を呼んでくるとか」

「大丈夫だと思うのだ。奴らが余程の馬鹿でない限りは割に合わないと分かったはずなのだ」

 割に合わない、か。盗賊だもんな。次に狙うならもっと楽な相手にするだろう。確かにそうかもしれない。俺たちの仕事は護衛だ。盗賊の殲滅じゃない。そこまで面倒を見る必要は……ない、か。


 だけど、だ。疑問が残る。


「やつら、どうやって隠れていたんだろう。こんな、何も無い、草だけしかないような草原なのに」

 そう、奴らは、まるで魔法でも使ったかのようにポンと現れた。


 ……。


 魔法!?


「えーっと、魔法ですか?」

「気配を消したり、姿を見えなくしたりする魔法は割と高度な魔法なのだがな」

 ズタ袋のリンゴは肩を竦めている。となると、先ほどのようなボロい格好の盗賊連中が扱えるのはおかしいか。装備も雑魚い上に実力もたいしたことが無かったもんな。高度な魔法とやらが使えるような連中には見えなかった。


 まぁ、考えても分からないことをこれ以上考えるのは止めよう。


 俺はとりあえず盗賊連中が落とした武器を拾う。

「タマちゃん、それをどうするのだ」

「売ります」

「売っても小銭にしかならないと思うのだがな」

 いーや、それは違うぜ。

「小銭にはなるんですよ」

 そう、今の無一文の俺には少しのお金でも必要だ。それに、だ。どうせ、馬車の中には余裕があるんだ。これくらい運んでくれてもばちは当たらないだろう。


 幌馬車の方へゴミのような武器を抱え持っていく。


 すると馬車の外に狼少女が立っていた。いつの間に、外に出てきたのだろうか。


 その狼少女は大きなため息を吐き出している。そして、そのまま、ぴょんと飛び上がり、幌に刺さった矢を引き抜いた。

 あー、そういえば最初に飛んできた矢が幌に刺さっていたな。


 狼少女はこちらの存在に気付いたのか、引き抜いた矢をへし折り、何か呟いている。まぁ、言葉が分からないので何を言っているのか分からないのです。にしても、この狼少女、寸胴だよなぁ。いや、今だとスリムと言うべきなのか。ストンとした体だから、女の子だと分からなかったもんな。ま、まぁ、それは俺も似たようなもんか。御者だからか、男みたいな格好だしさ。


 俺がそんなことを考えている間に、狼少女はもう一度大きなため息を吐き残し、御者台の方へ歩いて行った。


 あー、うむ。


 幌馬車に矢が刺さったのは護衛として不味かったのかなぁ。リンゴは周囲の気配を感知するのが苦手みたいだし、俺が頑張らないと駄目かな。まぁ、リンゴもさ、敵と相対した時の動きは凄いんだけどさ。あれは熟練の戦士の動きだよなぁ。本来のリンゴは仲間と一緒に戦う方が得意なんだろうな。それが、何故、一人でいるのか、ちょっと考えてしまう。だけど、それを聞くには――聞き出せるほどには親密とは言えないよなぁ。


 ……。


 と、俺は抱えた武器を幌の中に入れないとな。狼少女は御者台に上がったから、もう出発するつもりだろうし、急がないと。


 集めたゴミのような武器を置こうと幌の中を覗く。すると、おっさんが優雅にお茶を飲んでいた。あれは多分……お茶だよな? 俺やリンゴは魔法で生み出したクソ不味い水なのに、このおっさんは優雅にお茶かぁ。


 そうなのだ。魔法で作られた水は……あまり美味しくない。


「それは?」

 おっさんが話しかけてくる。

「盗賊から回収した武器です。後で売ってお金にするつもりです。ここに置かして貰っても?」

「好きにすれば良い」

 ごねられるかと思ったが、意外にあっさりと許可された。ん? そういえば、さっきまで戦闘中だったんだよな。このおっさん、さすがに、その戦闘に気付いていないってことはないよな? 外は戦闘中なのに、優雅にお茶していた? 随分と図太いな。見た目通りのおっさんじゃないのだろうか? うーん、良く分からないなぁ。


 ま、まぁ、俺は護衛の仕事をするだけさ。


 ……。


 盗賊の襲撃はあったが、その後も王都への旅は続く。


 黙々と歩き続ける。今、どれくらいなんだろうなぁ。もう半分くらいは歩いたんだろうか。


 その歩いている途中、突然、リンゴが首を傾げた。

「どうしました?」

 また盗賊でも襲いかかってくるのだろうかと思ったが、どうも違うようだ。

「うむ。王都方面に向かっているのは間違いないのだがな。だが、道を外れているのだ。本来なら峠を越えるための宿場によるはずなのだがな」

 ん?


「どういうことです?」

「あえて宿場を外れた道を通っているようなのだ」

 どういうことだろう。


「その方が近道なんですか?」

 リンゴは顎に手を置き、少し考えるような仕草をする。

「道を外れたことがないので分からないのだ。だが、何かあると思うのだ」

 普通は宿があるのか。


 そうか、そうかー。


 そうだよな。道の途中に宿場があってもおかしくないよな。


 俺は宿でのんびりしたかったなぁ。ギルドの硬いベッドじゃなくて、ふんわりなベッドで眠りたかったなぁ。人のお金で泊まりたかったなぁ。

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