058 旅路

 ゆっくりと進む馬車を追いかけ、歩いて行く。


 黙々と歩く。


 草原を歩く。


 喋る気力もないくらい黙々と歩く。喋っていると疲れちゃうからね。喋る元気もないのさー。


 黙々と草原を歩く。


 いやぁ、俺も歩くことをさ、結構なれたよな。ちょっと前は歩いているだけで尻尾に振られて大変だったけどさ、今は、意識しなくても歩けるようになったし、気合いを入れれば尻尾も動かせるもんな。

 こんなに早く何とかなるとは思わなかったなぁ。やはり、歩くってのは毎日のことで日常的なことだから、なれるのが早いんだろうな。


 そんなことを考えながら歩く。


 すると馬車が止まった。


 何だろうと思ってみていると御者台に座っていたフォーウルフの少女が幌の中に入る。何をしているのだろうと思っていると、そこから食べ物を持って、こちらへやって来た。


 そして、俺には分からない言葉で何かを言っている。


 そういえば、この子、ちっこいから勝手に少女だと思っていたけど、どうなんだろうな。意外と結構な年齢なのかもしれない。話してみたいけど、顔が狼系だからか、ちょっと怖いんだよなぁ。つーんとしているから話しかけても無視されそうだしさ。


「リンゴ、彼女は何を言っているんです?」

 喋っているのは辺境語かなぁ。

「ああ。食事休憩のようなのだがな、勝手にやってくれと言われたのだ」

 あ、ああー。


 って、勝手にって。まぁ、確かに食料は持ってきてくれたけど、酷くない?


 ……。


 まぁ、良いか。


 持ってきてくれた食料を見る。黄色いパンのようなものと干し肉、それに陶器製の水差しだ。

 水差しの中には水がたぷたぷに入っている。


「水差しって、馬車に揺られて良くこぼれなかったですね」

 ズタ袋のリンゴが首を傾げる。


 ん?


 何かおかしなコトを言ったのかな。


「水は彼女が魔法で生み出したものなのだがな」

 へ?


 あ、ああ!


 魔法!


 そうか、この世界には魔法があったのだ。草を生やす魔法があるんだから、水を生み出す魔法があってもおかしくないよなぁ。


「魔法って便利ですね。御者をやって魔法も使えるなんて凄いですね」

 しかし、リンゴは微妙な感じで首を横に振る。ズタ袋で表情は見えないけどさ、目は見えるからなぁ。俺は、またおかしなコトを言ったのだろう。

「正確には水を生み出す力を込めた魔石を使ってなのだ。魔法の込められた魔石は普通の人なら誰でも扱えるのだがな」


 あ、ああ?


 なるほど、そうなのか。


 魔法は魔法だけど、誰でも扱えるものなのか。魔石って、そうやって使うものなのか。だから、必要とされているんだな。


 多分、一般常識なのだろう。それでもリンゴは説明してくれる。本当にリンゴは良いヤツだ。


 ……。


 魔法が込められた魔石、か。


 だけど、半分の子であるリンゴや俺には扱えないってコトだよな。いや、魔法が扱える俺なら、もしかすると使えるのかもしれない。だけど、それを大っぴらにやるのは……多分、不味いんだろうなぁ。


 リンゴは黄色いパンのようなものを半分に引きちぎり、その中に干し肉を挟む。そして、ズタ袋を少しだけ持ち上げ、食べる。食べている。


 ……。


 俺も食べよう。


 リンゴの真似をして黄色いパンもどきを千切る。硬い。結構、硬い。フランスパンみたいな硬さだ。


 間に干し肉を挟む。


 囓る。


 硬い。


 もさもさ。

 もさもさ。


 水が欲しくなる硬さだ。


 味は……何だろうなぁ。パンというよりはトウモロコシを囓っている感じだ。それに凄く硬い。そして干し肉は無駄に塩辛かった。塩の塊を食べている気分だ。広場で貰った干し肉は美味しかったのにな。こんなことなら昨日の夜に食べきるんじゃなかった。犬頭からはご飯が出るって聞いていたけど、これは酷い。


 もさもさ。

 もさもさ。


 うーん、凄い微妙。何というか味が足りないというか、物足りないというか。


 あ、そうだ。


――[サモンヴァイン]――


 草を生やす。


「た、タマちゃん!?」

 俺が草魔法を使ったことに気付いたのかリンゴが驚きの声を上げる。

「大丈夫です。向こうからは見えませんよ」

 狼少女とおっさんは幌馬車の方で食事中だ。こっちが何かやっていても気付かないだろう。


 そして、だ。


――[グロウ]――


 草を成長させる。そして、その成長させた草を引っこ抜き、千切ってパンもどきの中に干し肉と一緒に挟む。


 囓る。


 ……。


 うん、マシになった。

「リンゴもどうぞ」


――[サモンヴァイン]――

――[グロウ]――


 リンゴの前に草を生やす。


 歩いて疲れているのに、さらに魔法を使って疲れてどうするんだと思わないでもないが、その分の疲労は、今の食事で充分回収できるだろう。なんとなく、魔法を使っての疲労――その感覚が掴めてきたような気がする。


「ああ、うむ」

 リンゴが草を引っこ抜き、俺と同じように引きちぎってパンもどきに挟む。


 そして囓る。


「ああ、うむ。ああ、あ、うむ。タマちゃん、ありがとうなのだ」

 リンゴはとても微妙な反応をしている。口に合わなかったのかもしれない。まぁ、好みは人それぞれだからな。仕方ない。


 もさもさ。

 もさもさ。


 水、水が必要だ。


 水差しに手を伸ばす。リンゴも同じことを思ったのか水差しに手を伸ばしている。

「あ、どうぞどうぞ」

「タマちゃんが先で良いのだ」

 あー、はい。


 水差しを受け取り、そのまま口を付けて飲む。水差しが一個だと不便だよなぁ。


 その水差しをリンゴに渡す。リンゴは水差しを持ち上げ、少し首を傾げ見ている。


 あ。


 俺、そのまま口を付けて飲んでしまったぞ。


「あー、何だかすいません」

「良いのだがな。私よりもタマちゃんの方が気にするかと思ったのだ」


 水差し一個だもんな。二個あれば良かったのにさ。


 そう思っているとリンゴが背負い袋の中からコップのようなものを取り出し、そこに水を入れていた。


「残りはタマちゃんが」

 リンゴが水差しをこちらへ返してくる。


 あー、はい。


 俺もコップを用意しておけば良かった。いや、だってさ、こんな旅なんて初めてなんだぜ。何がいるか分からないじゃん。


 そんな食事も終わり、再び歩き続ける。そして、日が落ち始めたところで野宿となる。


 そう、野宿だ。


 護衛の俺とリンゴが交代で見張りをすることになったのだが、そこで俺はやらかしてしまう。

 先にリンゴが眠り、次に俺という順番だったのだが、交代の時間が分からなくてリンゴを起こすことが出来なかったのだ。リンゴは俺が起こすよりも早く自分で起き、交代になった。そして、朝、俺はリンゴに起こされるまで眠り続けてしまった。


 ……。


 いや、だってさ。時計がないんだぞ。目覚まし時計もない。そんな状況で正確に時間を把握して起こすとか、起きるとか、無理じゃん。

 いやまぁ、リンゴはなれれば自然と出来るようになると言ってくれているけどさ。


 でもなぁ。


 不甲斐ないよなぁ。徹夜なら得意なんだけどなぁ。でも、丸五日眠らずってぇのは無理だしなぁ。


 ま、まぁ、無理と思い込まず、頑張ってみよう。


 う、うん。前向きに頑張ってみよう。

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