057 馬車
翌朝、門があった場所に馬車が止まっていた。幌がついた三、四人乗り程度の小さな馬車だ。そして、その馬車には、馬の代わりに手の小さなダチョウのような蜥蜴がくっついていた。一匹だけだ。一匹で引っ張るとか随分と力持ちな動物? のようだ。
馬車は小さい。王都まで行くのは少人数のようだな。
「おー、来たか」
昨日よりは少し元気そうな犬頭がこちらを見てニヤニヤと笑っている。
「来たぜー」
俺は犬頭に手を振る。
「お嬢ちゃんは変わらねぇな」
「犬頭も変わらねぇな」
俺が答えると犬頭はニヤニヤ笑いを強くした。本当に楽しそうだ。
「タマちゃんも一緒とは驚きなのだが」
そして、そこにはリンゴの姿もあった。以前よりも傷んでいるが形の戻ったずんぐりな全身鎧にズタ袋……って、ズタ袋!?
「リンゴ、その、その姿は?」
「うむ。鎧は何とか直ったのだがな。砕けてしまった兜までは無理だったのだ」
いやまぁ、無理だったのは分かるよ。分かるけどさ。でもズタ袋はないだろう。目の部分だけが開いたズタ袋をかぶっている姿は犯罪的だ。
オンボロの全身鎧にズタ袋。酷い、あまりにも酷い姿だ。持っている盾と斧だけが立派な分、酷さが際立つ。
何というか愉快な姿だ。笑っては駄目だと思うのだが、見ているだけで笑いそうになってしまう。
「リンゴ、その、それを兜代わりにするのは、ちょっと酷いと思う」
「そーだよなぁ。この騎士様はちょっとおかしいよなぁ」
犬頭は腹を抱えて笑っている。いや、痛がっている、か。
「えーっと、それで、護衛ってコトだけど、護衛はリンゴと自分の二人だけ? それで何を護衛するんですか?」
「それは一緒に行く人から聞くべきだと思うぜ」
ニヤニヤと笑い続けていた犬頭がそんなことを言っている。へ? ああ、そうだよな。
確かにその通りだ。
「と、言っているうちに来たようだぜ」
そう言って犬頭が振り向いた先から歩いてくるのは背の低いフォーウルフだった。つーんと気取った表情の――狼の頭を持った白毛のフォーウルフだ。
「えーっと、彼が?」
犬頭が手を横に振る。
「違う違う」
「へ?」
「種族が違うと分からねえか。雌だよ、女だよ、あれはよぉ」
へ? あ、ああ。
「すいません、彼女が護衛対象?」
犬頭が唇の端を少しだけ持ち上げる。
「そいつも違うぜ。あれはただの御者よ」
あー、馬車だもんな。操る人が必要だよね。
「えーっと、それじゃあ、誰を護衛するの?」
「そっちも来たようだぜ」
そう犬頭が言ったと同時に現れたのは……。
……。
普通のおっさんだった。
この町では殆ど見かけない人らしい人だ。
「えーっと……」
おっさんがこちらを見る。
「そちらは怪しげな騎士もどき、そしてこちらは忌み子ですか。あなたが護衛では駄目だったのですか」
おっさんが犬頭の方を見ている。犬頭はこちらを見て肩を竦め、そして口を開く。
「お言葉ですがね、俺が動ければそりゃあ俺がやりますぜ。それが無理だから、俺が代わりに、と選んだんですがね。二人とも、あのオークジェネラルと戦って生き延びた優秀な探求者ですぜ。それでも、こいつを忌み子呼びするなら護衛自体が無しになりますぜ」
おっさんがため息を吐き出す。
「情報は聞いている。こいつらは鉄に銅だという話でしょう。それに相応しい見た目もしている。これの何処をどう信じろ、と言うのですか」
「今は、ですぜ。こいつらならすぐに上にあがりますぜ」
「今後の話はしていません。今、それだから問題にしているのですよ」
犬頭とおっさんが見つめ合う。
「そんなにご不満なら他の連中で良いんじゃないですかねぇ。ただ、この二人以上は、このはじまりの町にはいないと思いますがね。ここは王都ほど人材が豊富じゃないってことを理解した方が良いと思うんですぜ」
犬頭とおっさんが見つめ合っている。いや、にらみ合っているというべきか。
「王都までです」
「それで充分じゃないですかねぇ」
犬頭がもう一度肩を竦める。
話が終わったのか、おっさんは俺たちを無視して馬車の幌の中に入る。
俺は犬頭の腕を引っ張る。
「あのおっさん、誰だ? 随分と偉そうだけど」
「お嬢ちゃん、おっさんは止めとくんだぜ。お嬢ちゃんの言葉通り、この町のお偉いさんなんだぜ。この町の復興のために王都の王族からお金や物資をねだりに言ってくれるお偉いさんだからよぉ、無礼を働かないようにして欲しいんですがねぇ」
犬頭は、その言葉の最後の方でズタ袋をかぶったリンゴの方を見ていた。
ズタ袋のリンゴが頷きを返す。
……。
何だ、そりゃ。
まるで俺が問題児みたいな扱いじゃないか。そんな露骨なことをされたら、さすがに俺でも分かるぞ。
「あのおっさんもですがねぇ、このお嬢ちゃんが大陸語を理解して使っている時点でただ者じゃないと思ってくれれば良かったんですがねぇ」
犬頭は俺を見てニヤニヤと笑っている。
って、うん?
「おいおい、犬頭さん、おっさん呼びは駄目じゃあなかったのか?」
「おいおい、半分のお嬢ちゃん、俺は分別ある大人だから良いんだぜ」
こ、この犬頭が分別ある大人だと!?
って、まぁ、良いさ。他に聞いておくことがある。
「護衛するもの、というか人は分かった。それで馬車の中は何?」
一応、護衛任務なんだよな。お偉いさん以外に守るものがあるなら、それを聞いておかないとな。俺は仕事が出来るから、そういうこともしっかりと把握しておくんだぜ。
「中は食料だぜ。お嬢ちゃんや騎士様の分もあるからよぉ、魔獣に襲撃されて無くすようなことがあれば、飯がなくなるぜ。頑張るんだな」
へ?
……。
あー、五日分の食料か。
俺とリンゴ、それに御者のフォーウルフとおっさん。四人の五日分だもんな。それなりの量になるか。
俺たちがそんなことを話していると御者台に座っているフォーウルフの少女? が何かを喋った。短い言葉だ。だが、言葉が分からない。
「えーっと、何て言ったんです?」
犬頭は頭を掻き、肩を竦める。俺はリンゴの方を見る。
「馬鹿は無視して出発すると言ったようなのだ」
ん?
誰が馬鹿だ。
って、へ?
馬車が動き始めている。おいおい、本当に置いていくつもりか。
「リンゴ!」
「タマちゃん、大丈夫なのだ。ちゃんとこちらの歩く速度に合わせるように速度を落としてくれているのだ」
「へー、それなら、安心……って、自分たちは歩きですか?」
俺は犬頭の方を見る。
「頑張れよ」
犬頭はニヤニヤと笑っている。こ、こいつ。
「タマちゃん、護衛の仕事とはそういうものなのだ。ただまぁ、うむ。タマちゃんは小さいので、頼めば馬車に乗せて貰えるかもしれないのだがな」
「いやいや、リンゴが歩きなのに、俺だけ馬車とか駄目でしょ」
「あ、うむ」
それに、だ。あんなおっさんと二人きりで馬車に乗るとか最悪だ。
はぁ、でも、五日間歩きかぁ。馬車に乗って楽できると思ったんだけどなぁ。
ホント、この犬頭は! さっきも護衛は何かを聞いたらやって来る人に聞けって言ってたけどさ、よく考えたら護衛対象に何を護衛するか聞くなんて間抜けじゃんかよ。こいつ、適当なことばかり言いやがって。
こちらに手を振っている楽しそうな犬頭を睨み付け、馬車を追いかける。
歩き疲れて魔獣が襲撃してきた時に満足に戦えなかったらどうするつもりだよ!
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