056 入物

 えーっと、でも、王都か。何処にあるかは分からないが、そこまでの旅費ってなると結構なお値段なんじゃあないだろうか。


「えーっと、それって結構、お高いのでは?」

「あーん? 命を助けてくれたお礼だろう?」

 犬頭が口を大きく開けて笑う。笑いすぎて傷に響いたのか、そのまま、お腹を押さえて動かなくなった。


「えーっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃない、見えるかよ」

 あ、はい。


「それで、えーっと……」

「まぁ、あれよ。俺の代わりに王都まで護衛するだけだからぁよ。飯も出るし、お小遣いも出るぞ。オークジェネラルとやり合って生き延びられた実力なら大丈夫だと思うぜ。こいつぁ、同じ槍使いとしてのよしみだぜ」

 ん?


 ちょっと待て、ちょっと待て。


 今、ちょっと聞き捨てならないことを言わなかったか?


 護衛? 代わり?


「いやいや、それって仕事を押しつけただけじゃん!」

「何をー、言ってるんだぜ。お金を持っていないお嬢ちゃんのために、この俺が美味しい仕事を探してやっただけよ」

 犬頭が大口を開けて笑っている。こ、こいつは……。


 はぁ、まぁ、でもありがたいのも確かか。


「えーっと、それで、王都までってどれくらいかかるんだ?」

「いててっ……って、あん? 馬車なら五日もあれば着くんじゃねえか?」

 五日かぁ。結構遠いな。

「明日の朝一で、ここに来るんだぜ。俺もセンパイが戻ってきたら、ここの守りを任せて後を追うからよ」

「え? 来るの?」

「俺が行っちゃあ悪いかよ。俺だって槍を直す必要があるんだぜ」

 あー、そうか。


 この町では槍を直せる人が居ないのか。猫人の爺さんも言っていたもんな。この犬頭も最初から王都のことを話していた。


「ところで、気になったんだがよ、その抱えているものは何だぜ」

 抱えているもの?


 あ、ああ。


 さっき貰った保存の利く食べ物たちだ。


「そこの広場で貰った食べ物だよ」

「少しくれよ」

 犬頭が座り込んだまま手を伸ばす。


「やらないよ。これは露店の人たちが俺のために用意してくれたものだからね」

 犬頭が大きなため息を吐き出す。

「それを持ち運ぶのは大変だよなぁ。少し分けてくれるなら、倉庫からお前のために鞄を持ってきてやるんだけどなぁ」

 何という白々しい態度だ。


「特別だからな」

 俺は犬頭に干し肉を一切れだけ渡す。

「おー、これ、結構良いヤツじゃねえか」

 犬頭が嬉しそうな顔で干し肉を囓っている。犬だけあって肉が好きなようだ。


「えーっと、ちゃんと渡したよな」

「もう少しくれよ」

 この犬頭は……。


 その犬頭が、いつの間にか俺の背後に立っていた。へ? 気配を感じなかった?


 って、もう、そんなに動けるのかよ! 油断した。


 犬頭が俺の背後から手を伸ばし、俺が抱えていた食べ物の中から干し肉だけを選び、ひったくる。


「こ、この犬頭がぁ」

「おいおい、犬頭は差別だぜ、半分の」

 言葉とは裏腹に怒ってないようだ。犬頭がニヤニヤと笑いながら干し肉を囓っている。


 う、うーん、犬頭は差別用語だったか。まぁ、心の中では思っても口には出さないようにしよう。


「えーっと、それじゃあ、何て呼べば良いんだよ。名前か? それとも獣人か?」

「お嬢ちゃんは偶に面白いことを言うねぇ。獣人よりはフォーウルフって呼ぶ方が良いんだぜ」

 フォーウルフってのが種族名? この門番の名前じゃあないよな。まぁ、良いさ。それが差別的じゃない呼び方だって言うなら、そうしよう。


「分かったよ。それで、そのフォーウルフさんは、いつ、鞄を持ってきてくれるんだろうな」

「お嬢ちゃん、フォーウルフは俺の名前じゃないんだがな」

 犬頭が頭を掻いている。誰がお嬢ちゃんだよ。こいつは……。

「分かってるよ。まぁ、あんたのことだけはこれからも犬頭って呼ぶことにするけどさ」

 目の前の犬頭が肩を竦める。


 そして、そのまま後ろ向きに手を振りながら歩いて行く。歩いて行くのはリンゴが荷車を取りだしていた場所だ。そこが倉庫なのだろう。


 しばらくして犬頭が埃かぶった継ぎ接ぎだらけの背負い鞄を持ってくる。


 ん? んん?


 もしかして、これ?


「どうだ。良い背負いだろう?」


 革製の、ああ、確かに元々は丈夫でかなり良いものだったのだろう。だけど、破れた部分の補強は元々よりも安そうな布だし、何より埃をかぶっているような代物じゃん。


「ボロボロじゃん!」

「ボロボロに見えるだけなんだぜ。俺が昔に使っていた背負いだからな」

 この犬頭の中古かよ。


「いやいや、埃かぶっているとか、どれだけ使ってないんだよ!」

 犬頭がぽかんとした様子で宙を見る。そして、手を叩き、背負い鞄の上に乗っていた埃を叩き落とす。

「いやいや、埃を叩き落としたって、ボロなのは変わらないから!」

「いやいや、俺の大切な背負だからよ」

 その大切な背負い鞄が埃だらけなのはどうなんだ?


「これを見ろ」

 犬頭が鞄を背負う。

「そして、こうだぜ」

 犬頭が背負い鞄にくっついた紐を引っ張ると、背負い鞄が犬頭の背中からストンと落ちた。


「えーっと?」

「戦いになれば、こうやってすぐに外せるから邪魔にならないだろうがよ。それに、だ!」

 犬頭が地面に落ちた背負い鞄を開ける。そして、手を振り俺を呼ぶ。


 俺は犬頭のところへ向かい、鞄の中を覗く。


 ん?


「中が別れているのは分かるだろう? こっちは汚れにくく防水になってるからよ、魔獣からはぎ取った魔石を入れるのに便利だろ? こっちは食料を入れる用のスペースだぜ。探索に便利な道具も」

 犬頭が背負い鞄の中から小さな金属の棒や長く丈夫そうな紐、良く分からない針金などを取り出す。

「それは?」

「探索に便利な小道具だぜ。これも付属品だ。どうだ、役に立つだろうがよ」

「はいはい、そうですね」

 俺は犬頭から背負い鞄を受け取る。


 まぁ、外見はボロだけど、有用そうだ。それに、だ。


 こんなでも、この犬頭の気持ちだからな。


「ありがとうございます」

「おうおう」

 犬頭がニヤニヤと笑っている。


 まったく、こいつは……。


 まぁ、でも、これで王都に行く準備をしなくても大丈夫そうだ。保存の利く食料もあるし、ボロいけど新しい背負い鞄も手に入った。


 何だろうなぁ。失ったものもあったけど、返ってきたものもある。


 何だろうなぁ。


 頑張って良かったよな。


 俺が戦ったのは無駄じゃなかった。

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