055 結果

 町の門に向かう途中にある広場で呼び止められる。


 そちらへと振り返ると見知らぬ猫人が立っていた。うん? 誰だ? 言葉が分からないし、もしかして、俺の勘違いか?

 キョロキョロと周囲を見回す。


 だが、他には誰もいない。いや、人は居るんだけどさ。この広場にも仮設テントが作られ、そこに多くの猫人が座り込んでいる。だが、その呼びかけた猫人の先に居るのは俺だけだ。


 見知らぬ猫人は俺を見ている。俺は自分を指差す。すると、その見知らぬ猫人がうんうんと頷いていた。


 見知らぬ猫人は何かを言っている。言葉は分からないが何やら喜んでいるようだ。こういう時に言葉が分からないのは、不便だよなぁ。


 そして、その見知らぬ猫人は何かの果物をこちらへと差し出してくる。何だろう、くれるのかな?


「えーっと、獣人語も辺境語も分からないです。で、えーっと、くれるってことで良いのかな?」

 見知らぬ猫人が笑い、こちらへと果物を押しつけてくる。えーっと、まぁ、くれるってコトなんだろう。

 果物を受け取る。


「えーっと、良く分からないけど、ありがとう」

 ん? そういえば、この果実、何処かで見覚えがあるぞ。


 と、そこで別方向から声がかかる。

「何だ、嬢ちゃん、大陸語が分かるのか」

 この人も猫人だ。この広場で露店をやっていた人だろうか?

「いや、逆に共通語しか、はい、共通語しか分からないです」

「そうなのか。珍しいな」

 猫人が笑っている。

「ええ。それでもし良かったら通訳して貰えると助かるんですけど、これ、どういうことでしょう?」

 その猫人がこちらに拳を伸ばす。

「感謝しているってことよ」

「え?」

「ここにいる俺たちは、皆、嬢ちゃんに感謝している。嬢ちゃんが戦ってくれたのは見ていたからな」

 猫人が伸ばした拳の親指を立てる。


 ……。


 あー、そういえば、この広場でオークと戦ったな。その時の露店の人たちか。


「そいつは、そいつからのお礼だ。アダンの実と言う名前の魔力を回復させる果物よ。まぁ、半分の……ってすまねぇ、お嬢ちゃんには不要なものかもしれないが、俺たちも生活があるからよ、出来るお礼も限られる。って、ワケで俺からはこれだ」

 猫人が仮設テントの奥から串焼き肉を持ってくる。

「こんなものしかなくて悪いな」

 肉。


 肉だ。


 今、一番、嬉しいものじゃないか。


「ありがとうございます」

 串焼き肉を受け取り、齧り付く。そのまま串を引っ張って一気に頬張る。ちょっと冷たくなっているのが残念だが、うん、美味しい。空腹だからな。今なら何でも美味しく食べられるぜ。

「良い食べっぷりだな」

 おうさ、空腹だからね。


 他の猫人たちも集まってくる。二本足で立って歩く服を着た猫たちがわらわらと。いやまぁ、わらわらってほどの数は居ないけどさ。


 それぞれが俺に食べ物をくれる。


 串焼き肉、何かの野菜炒め、スープ、色々だ。保存できそうな干し肉や果物は後のために取っておく。


 美味しく頂く。


 これは門番の犬頭に奢って貰う必要がなくなったな。まぁ、でも、元気かどうか心配だから顔を見に行くくらいはしようかな。


 集まった猫人たちにもう一度お礼を言い、広場を後にする。


 そして、町の門へ。いや、違うな。もう、そこに門は無い。あるのは門の残骸だけだ。酷いな。本当に酷い。木で作られていた壁も燃えて無くなっている。以前の状態を知らなければ、ここに門があったとは思わないだろう。


 ん?


 門の残骸の近くに人影が見える。


 槍を抱え持って座り込んでいる――犬頭だ。


 倉庫の奥にでも眠っていたかのような何処か古くさい槍を抱え持ち、包帯まみれの犬頭が座り込んでいる。あの門番の犬頭だ。無事だったようだ。

「何をしているの?」

 話しかけてみると、その座り込んでいた犬頭がゆっくりと顔を上げる。

「ちっ、お前かよ。門番だからな、守っているんだぜ」

「えーっと、もう大丈夫なの?」

 包帯まみれの犬頭がその顔をしかめる。

「これが大丈夫に見えるならすげぇぜ」

「いやいや、それなら何で、ここに?」

「門番だからだろ。これが俺の仕事だからなぁ。かっこいいだろ?」

 包帯まみれの犬頭が片目を閉じる。


 あー、はい。


「そういえば、持っている槍がかわってるみたいだけど、どうしたの?」

「お嬢ちゃんよぉ、知ってるだろうがよぉ」

 あー、そういえば真っ二つになっていたな。

「ん? そう言うお嬢ちゃんは新しい槍かよ。二本持つことにしたのか」

 俺は首を横に振る。そして、草紋の槍の方を犬頭に見せる。

「これ」

 草紋の槍のヒビを見せる。

「おいおい、壊したのかよ! 魔法武器がどれだけ希少だと思ってやがるんだ」

「それはそっちも同じじゃん」

 手持ちの槍を真っ二つにされた犬頭には言われたくないよなぁ。


「俺は、仕方ねぇ。仕方ねえんだよ。あのくそオーク、魔法武器を持ってやがったからな。あー、思い出したら傷が痛むぜ、くそが」

 犬頭が腹を押さえて痛がっている。あー、体に斧が刺さっていたから斧でやられたのかと思ったが、違ったのか。あの青く輝く直剣にやられたのか。そっかー。

「同じ、同じ。この槍もあの青い直剣にやられたの」

「はぁ? お前、あいつとやり合ったのかよ。よく生き延びられたな。こいつぁ、驚きだぜ」

 犬頭は本気で驚いているようだ。まぁ、実際に戦って負けた犬頭なら、あいつの強さは良く分かっているよな。それで死にかけていたんだもんな。


 って、そうだよ。


「えーっと、命を助けたお礼をください。あなたを助けたから組合の試験が達成出来なかったんです」

 この犬頭を助けるために光草を使ったからなぁ。まぁ、光草はまた回収すれば良いし、命には代えられないけどさ。


 でも、俺にはお礼が必要なのです。


 犬頭がぽりぽりと頬を掻き、傷が痛んだのか顔をしかめる。

「明日、王都行きの馬車が出る。その馬車に席を用意してやるよ」

 ん?

「それって、えーっと」

「王都なら、その槍も直せるだろうよ」

 お、おう?


 いや、でもなぁ。

「その、えーっと、お金が無いです」

 そうなのだ。王都なら直せるって情報は嬉しいが、お金が無い。無料では直してくれないだろう? それに魔法武器なら、直すのも高そうだ。

「ああ、いいぜ。それくらいは俺が何とかしてやるぜ。命を、俺の命を助けてくれたお礼だからなぁ」

 犬頭が牙を覗かせて笑う。


 お、おう?


 それならお言葉に甘えようかなぁ。

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