054 お礼
ギルドマスターの部屋を出る。
あー、そうだ。あのオークたちが何者だったのかを聞いても良かった気がする。まぁ、何者って聞いても『襲撃者です』で終わりそうだけどさ。
さて、何処に行こうか。
空腹だ。
丸一日寝ていたみたいだからなぁ。そりゃあ、お腹も空くよね。
まぁ、でもさ、まずは武器屋だ。あの掘っ立て小屋に住む猫人の爺さんのところだな。草紋の槍のヒビが気になるからね。
酒場になっているギルドの入り口には誰もいない。たむろしていた連中の姿が無い。俺は連中をうざいと思っていたが、誰も居ないのは、それはそれで少し寂しい。どれだけの負傷者が、死者が出たのだろうか。
ギルドの外に出てる。
そこには酷い光景が広がっていた。燃えかすとなった建物の残骸。崩れた建物。形が残っているものを探す方が大変だ。随分と見通しが良くなっている。
本当に酷い。
そして、その建物の残骸の近くにはテントが並んでいた。多分、崩れた建物に住んでいた人たちの仮設住まいなのだろう。
何だか、ご飯を食べるどころじゃあ無いなぁ。これじゃあ、飯屋がやっているかどうかすら分からない。武器屋の爺さんは無事だろうか。
少し早足で武器屋へと向かう。
……。
そこには、あったはずの掘っ立て小屋が無くなっていた。瓦礫と燃えて黒くなった木材の山だ。近くの建物の残骸も混じっているのかもしれない。ここも酷い状況だ。猫人の爺さんは無事だろうか。
俺は猫人の爺さんを探し、見回す。すると、座り心地が良さそうな石の上に力なく座っている猫人の爺さんがすぐに見つかった。まるで灰になったかのような、うなだれ具合だ。あー、生きていてくれたか。良かった。
「えーっと、あのー」
「何だ」
うなだれていた猫人の爺さんがゆっくりと顔を上げる。
「えーっと、これ、直りそうですか」
俺は猫人の爺さんに草紋の槍を見せる。
「お前なぁ、空気読めよ」
猫人の爺さんが大きなため息を吐き出す。
「えーっと、駄目かな」
猫人の爺さんがもう一度ため息を吐き出す。
「見せてみろ」
俺は猫人の爺さんに草紋の槍を渡す。
「たくよぉ、って、何じゃこりゃあ! 確かに仕方ねぇ、武器が壊れるのは戦いの常だ、仕方ねぇとは言ったけどよぉ!」
猫人の爺さんが涙を流しながら草紋の槍を見ている。
「お前がよぉ、これを買ってからどれだけしか経ってないと思っているんだ」
どれだけしかって……まぁ、言いたいことは分かるけどさ。
「オークと戦った時に、相手の青く輝く剣を受け止めたら、こうなった」
猫人の爺さんが涙を止め、こちらを見る。
「魔法の武器か! ちっ、それなら仕方ねぇ、納得できないが仕方ねぇ」
猫人の爺さんがまた涙を流し始める。
「えーっと、それで直ります?」
そう、それが一番重要だから。買ったばかりの、なけなしの金貨二枚を使って買った、大切な武器だから。これが使えなかったら洒落にならないから。
だが、猫人の爺さんは首を横に振る。
「えーっと、それは……」
「無理だ。出来ねぇよ」
で、出来ないですとぉ。
「そ、そこを何とか」
「いや、頼まれてもな。直したいぜ、直したいが、直せるほどの腕を持ってねぇんだよ。そんな腕があれば王都で店を構えているだろうがよ」
爺さんが涙を流しながら嘆いている。
あー、うん。何だか悪いことを聞いた。聞いてしまった。この猫人の爺さんが王都では無く、寂れたこの町に武器屋を開いたのには色々なドラマがあったんだろうな。まぁ、そのー、うん。
「えーっと、それで、その槍を使い続けるのはどうでしょうか?」
ま、まぁ、ヒビが入っただけだからな。使えないことも……無いか?
「どう、だと? ば、ばっかやろう! こ、こいつを再起不能にするつもりかぁ!」
猫人の爺さんが怒っている。本気で怒っている。
あー、はい。再起不能になってしまうか。でもなぁ。
「えーっと、でも、自分はそれ以外の武器を持ってないんです。戦えなくなってしまいます」
猫人の爺さんが無言で俺の方へと草紋の槍を突き出す。俺は慌てて、その草紋の槍を受け取る。
「えーっと……」
「武器なら、その辺に転がっているだろうよ。探せばまだ使えるのがあるはずだ。好きに持って行きな」
猫人の爺さんはそれだけ言うと、ゆっくりと深く頭を下げ、ため息を吐き出した。ここで見つけた時と同じうなだれ具合だ。
「えーっと……」
声をかけるが、猫人の爺さんからは反応が返ってこない。もう口を開く気力も無いようだ。
……。
仕方ない。
お言葉に甘えて武器を探すか。
瓦礫や燃えた木材の山の中から武器を探す。折れてしまった武器、燃えて歪んでしまった武器、色々なものが見つかる。あのオークどもは、本当に酷いことをする。
それでも残骸を漁り続け、何とか槍を見つける。
青銅製の槍だ。そう、短槍ではなく槍だ。二メートルほどの長さの柄に青銅製の刃がくっついている。この青銅の槍は大切に保管されていたのか、他とは違い無傷の状態で残っていた。でも青銅製だ。青銅製なんだよなぁ。
「お、おい、そいつは……」
うなだれていた猫人の爺さんが青銅の槍を見つけた俺の方を見る。
「えーっと、何でしょう?」
まだ使えそうだから、売り物になりそうだから、やっぱ駄目とか言われるのだろうか。
「そいつは、お前が短槍を扱えるようになったら、次に、と保管していた……」
え?
あー、そういえば、もっと長い槍がないかと聞いた時に、それっぽいことを言っていたような……。
「えーっと、駄目、でしょうか」
猫人の爺さんが首を横に振る。
「いや、いい。持っていけ。お前のために用意していたものだ。お前も、この町を守るために戦ったんだろ? そのお礼だ。お礼だよ、ちくしょう」
何だか悪いな。
爺さん、俺がお金持ちになったら、必ずお礼をしに来るよ。本当は、手持ちがあれば、今でも払いたいんだけどさ。今、俺は、まったくお金を持っていない。所持金ゼロだ。無いものは払えない。
「ありがとうございます。これでお金を稼いできます」
俺は猫人の爺さんに頭を下げる。
猫人の爺さんは無言でこちらを追い払うかのように手を振っている。
猫人の爺さんのおかげで武器は手に入った。
まだ、何とかなる。これで戦える。
後は飯だ。ご飯だ。
あの犬頭の門番は門のところだろうか? 自宅を知らないもんなぁ。奢らせるにしても会わないことには、なぁ。まぁ、門の方に行ってみれば分かるか。
うん、町の門に行ってみよう。
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