053 御礼
「あれから丸一日が経っているのだ。タマちゃんが目覚めなかったので心配したのだ」
目の前のズタ袋がそんなことを言っている。俺よりも死にかけでヤバい状況だったはずのリンゴが元気いっぱいだ。一日でここまで回復するとは、恐ろしい回復力だ。これが竜人とやらの力なのだろうか。それともハーフだから特別なのだろうか。
「えーっと、それで……」
俺の言葉にズタ袋が頷く。
「今回の襲撃で多くの死者、負傷者が出たのだ。でも、最悪の事態は避けることが出来たのだ」
最悪、か。俺のこの体の持ち主の村のようにならなくて良かった。良かったけどさ、でも、それでも、死者や負傷者は出ているんだよな。俺は勇者でも英雄でも無い。俺自身が一歩間違えれば死んでいた。だけどさ、それでも、救えるなら救いたかったよ。
「何故、オークたちはこの町を襲ったのでしょう」
ズタ袋が首を横に振る。
「分からないのだ。今更、オークたちが、この町を襲う価値があるとは思えないのだがな」
正直、この町は寂れている。他はもっと賑わっているのだろう。
うーん。
「もしかして、ですけど、他の町は、もっと賑わっているんですよね? て、ことはもっと防備がしっかりしているだろうし、ここが、ここの方が簡単に、うん、襲いやすそうだったから、ここを狙ったとか?」
ズタ袋は少し首を傾げる。
「ここには、あのセンパイも居るのだ。それに、門番もかなりの強者なのだ。他より劣るとは思えないのだがな」
センパイ、か。あの芋虫が、どれだけ強いって言うのだろうか。
うーむ、しかし、しかし、だ。
俺は人が多いところや道具や武器が揃ってそうなところの方が、と思った。だけど、故人の力量の方が重要なのか? 人の数より個人の力の方が重要というのは、異世界らしいな。
まぁ、あの芋虫が本当に強いかどうかは分からないけどさ。強いと思われているだけで、本当はクソ雑魚ナメクジの芋虫かもしれないしさ。
「タマちゃん。タマちゃんが目覚めたら二人で来るように、と、ギルドマスターが言っていたのだ。まだ体調が優れないのならば、私がギルドマスターに伝えて待って貰うのだがな。どうするのだ?」
おう? クロイさんだったか。黒猫のギルドマスターだな。これは、あれか、この町を守った報酬が出る感じなのか。期待して良いのか。
「だ、大丈夫です。もう元気です」
「分かったのだ。では、一緒に行くのだ」
ズタ袋をかぶったリンゴと一緒にギルドマスターの部屋へ向かう。
リンゴがギルドマスターの部屋の扉をノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
扉を開け、中に入る。
ギルドマスターのクロイは机に向かって何か書き物をしているようだ。そのクロイが顔を上げる。
「ああ、お二人ですか」
「うむ。一緒に来たのだ」
リンゴがズタ袋のまま答える。
黒猫のクロイが俺とリンゴの顔を見比べ頷く。
「病み上がりの二人の負担にならないよう、ええ、こちらも事後処理で忙しいので手短にします」
病み上がりと言っても二人とも元気って感じだけどな。まぁ、俺は空腹ではある。起きてすぐ魔法を使ったので、余計、空腹度が増しているしさ。
「まずは、二人ともよく頑張りました。これからもよろしくお願いします」
クロイが微笑む。あー、はい。お褒めの言葉だね。そして、俺の方を見る。
「特にタマさんは、ギルドに入ったばかりとは思えない活躍です。商いを行うものたちからお礼の言葉が届いています。この町では、もう、あなたを半分の子と蔑むものは居ないでしょう」
次にクロイはリンゴの方を見る。
「リンゴ・ファフニールさん、改めて、このギルドを守っての戦いお見事でした。多少の物取りには遭いましたが、あなたのおかげでギルドは無事です」
ズタ袋のリンゴが首を横に振る。
「オークジェネラルから、このギルドを守ったのはタマちゃんなのだがな」
リンゴの言葉にクロイは首を横に振る。
「あなたが、そちらのタマさんに功績を譲りたいのは分かりますが、行き過ぎた干渉は相手の頑張ろうとする意志を奪います。過保護になりすぎですよ」
う、うん?
ズタ袋の奥から大きなため息の音が聞こえる。
ど、どういうことだ?
俺がギルドに辿り着くまでリンゴは一人で戦っていた。そこから、俺も頑張ったよな? 命を賭けて頑張ったと思うのだが……。
そういえば俺がオークの将軍と戦っているところって誰か見ていたか? リンゴしか居なかったような……。
え、えー。
二人で頑張ったのに、それは、無い。
俺は思わずリンゴの方を見る。
「すまぬ。昨日から説明しているのだが、信じて貰えないのだ」
えー。
えーっと、そりゃまぁ、確かに俺は気絶していた。リンゴの回復力は凄い。多分、ギルドマスターが出てきた時には、もう元気だったのだろう。元気なリンゴと気絶している俺……。
いや、分かる。分かるけどさ。はぁ、何だかなぁ。
「お二人には感謝しています」
クロイはにこにこと微笑んでいる。何処か、これで話は終わりだという雰囲気だ。
オークの将軍からギルドを守ったのがリンゴの功績――いや、まぁ、それは良いさ。俺が来るまでリンゴが頑張っていたんだしさ。それは良い。
それよりも重要なことがある。
言い出しにくいが、これは言っておくべきことだ。なぁなぁにしては駄目だ。
「あのー、えーっと、頑張った見返りとかは……」
「昇級の査定へ還ってくることでしょう」
クロイはにこにこと微笑んでいる。
へ、いや、えーっと、それは、どうなんだ?
「試験免除ってことですか?」
「いえ、試験は試験です。期限はないので頑張ってください」
いや、俺、この町まで光草を持って帰っていたんだけどなぁ。あの門番の犬頭に使ったから無くなっただけなんだけどなぁ。
「えーっと、目に見える報酬とかは?」
クロイが少しだけ申し訳ないような、困っているような顔になる。
「ギルドの依頼として頼んだワケではないので、そこは申し訳ないのですが……」
あー、はい。
……。
俺が個人で好きにやったことだもんなぁ。
……そうなるのか。クロイは、この町の王様ではない。多分、ギルドマスターというのも、何処か本部とやらに雇われて、なのだろう。感謝はしてくれているのだろう。それは間違いない。昇級の査定に、というのも、クロイが出来る範囲でのお礼なのだろう。ああ、雇われのクロイに言っても仕方ないのか。でもさぁ、でもなぁ。クロイ個人の懐から出せとは言えないし、さ。これが、俺がクロイの命を救って、とかなら話は違うのだろう。でもなぁ、でもさぁ。ぐぬぬ。
今、俺は一文無しだ。懐に余裕があれば、こんな意地汚くはならないさ。感謝だけで充分です、とか、余裕を見せたさ。でも、なぁ。感謝ではご飯が食えないんだぜ。
マジかぁ。
「後はリンゴ・ファフニールさんと個人的なお話があります。残っていただけますか?」
「あー、うむ。それは構わぬのだが」
ズタ袋のリンゴがこちらを見る。
……。
はぁ、仕方ない。
「分かりました。では、これで」
「タマさん、ありがとうございました」
クロイが頭を下げる。
はぁ、マジか。
マジかぁ。
……。
いや、気持ちを切り替えていこう。そうだ、気持ちを切り替えて、門番の犬頭にたかりに行こう。こっちは命を助けたんだ。ご飯くらいは奢って貰うからなッ!
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