051 恐怖

 目が覚めると、そこは俺が利用している、いつものギルドの一室だった。


 布団も無いような硬いベッド――冬場はどうするのだろうか、と今から心配になってしまう。いや、そもそも冬が無い可能性もあるのか。


 ゆっくりと上体を起こす。体の調子を確かめる。あのマントのオークに吹き飛ばされたはずだが、怪我はしていないようだ。健康で丈夫な体に感謝だな。


 そのまま周囲を見回す。


 見れば部屋の壁には草紋の槍が立てかけてあった。ゆっくりと立ち上がり、近づいて草紋の槍を見る。草紋の槍の柄の部分にヒビが入っていた。


 ……。


 あのマントのオークが持っていた青く輝く直剣を受け止めたからだよな、これ。どれだけあの武器が優れていて、どれだけの力だったっかってコトだよな。そして、俺が、この槍を扱いきれなかった証でもある。

 ゴメンな。


 俺は弱い。本当に弱い。生き延びたのは運が良かっただけだ。弱い癖に、ちょっと戦えたからと調子に乗って、勢い込んで戦いに参加して、その結果がこのザマだ。


 悔しい。

 ああ、悔しい。


 俺は弱い。まだまだ弱い。


 ……。


 あー、この草紋の槍、直るよな? 直るよな? あの猫の爺さん、直してくれるよな。このままだと、ちょっと洒落にならない。戦うことも出来ない。


 準備のために全財産を使い切って、試験をクリアするための光草も使ってしまって、武器も駄目になったら――本当に終わりだ。


 何処か町中で出来る簡単なバイトでもするしかないのかなぁ。いや、むしろ、その方が安全で良かったかもしれないなぁ。


 ……。


 いや、もし、そうしていたら、俺は死んでいたか。この町が襲撃された時に、何の力も持っていなかったら、俺は簡単に殺されていただろう。そう思えば、魔獣を狩って儲けようと思った俺の判断は間違っていなかった。まぁ、結果論だけどさ。


 この世界では自身の力が重要だ。平和だと思っていた町の中ですら、これだ。戦う力が無ければ、死ぬだけだ。


「はぁ」

 ため息がこぼれる。


 何で、俺はこんな目に遭っているのだろうか。


 不運だ。


 突然、異世界に連れてこられて、殺されて、その後も何度か死ぬような目に遭って、何だ、これ。もっと、こう、さ。特別な力があっても良いんじゃあないだろうか。


 物語の主人公じゃあないけどさ、異世界に来たからには特別な力が欲しいよ。切実に欲しいよ。


 あるのは草を生やすだけの魔法と良く分からないタブレットだけだ。こんなもの程度で何が変わる?


「はぁ」

 もう一度、ため息が出る。


 タブレットを見る。



 レベル10

 称号:ボアキラー・ノービス・ごっこ勇者

 クラス:無し

 BP:4

 スキル:共通語3

     共通語書読1

     魔人語3

     辺境語0

     獣人語0

     音感0

     剣技0

     槍技1

     ・二段突き0

     斧技0

     盾技0

 魔法:草3

    ・サモンヴァイン2

    ・グロウ0

    ・シード0


 ん?


 魔人語とやらが増えている。しかもいきなり『3』だ。これがオークたちの喋っていた言葉か? でも、何で、いきなりこんなものが生えてきたんだ? 分からない。俺はてっきり、元の世界の言葉と同じだから、だから通じているのだと思っていた。違うのか? 自信がなくなる。このタブレットの力で言葉を覚えてから、どれが自分の元の世界の言葉だったのか、今、喋っているのがどの言葉なのか、分からなくなっていることがあった。今更、それに気付く。


 そうだよ。


 元の世界の言葉かどうか分からなくなる、自信が持てなくなるって、ヤバいぞ。危険だ。このタブレットは、何か危険な感じがする。


 後は音感ってのも増えているな。これまた良く分からない。


 後、気になるのは槍技が『1』に増えて技が表示されていることとサモンヴァインの魔法が『2』になっていることだろうか。


 俺はてっきりBPを振り分けないと数値は増えないと思っていた。だが、どうやら違ったようだ。何が要因かは分からないが、上がるようだ。使い続けて習熟することで増えるのだろうか? それとも何かの条件を達成したら増える? 分からないが、BPを振り分けなくても増えることだけは分かった。


 にしてもレベルが『10』か。『8』になってから倒したのはオークだけだ。オークを一人倒しただけで『2』も上がるなんて凄いな。オークを倒しまくればすぐにレベルが上がりそうだ。まぁ、今の俺では無理だけどな。


 BPも『4』だ。


 さあ、どうする。

 どうしよう。


 簡単に強くなろうと思ったら、槍技を上げるのが良いのかもしれない。素人同然の槍の扱いでは通用しなかったからな。だけど、だけど、だ。


 本当にそれで良いのか?


 言葉のこともある。俺は、これを上げるのが怖い。自分の世界の言葉だと思っていたのに、このタブレットの魔人語という表示を見てから、自分の世界の言葉かどうかに自信が持てなくなってしまった。一気に記憶があやふやになってしまった気がした。正直、怖い。


 自然では無い、自分自身を造り替えるような――このタブレットが怖い。


 何か条件をこなせば(鍛えることかもしれないが)数値が上がることは分かったんだ。槍技を上げるのは止めよう。まだ、無理をするときじゃない。


 となれば、魔法、か。


 元の世界に無かった力だ。これなら、うん。


 グロウとシードの魔法を『1』に増やしてみる。


 あ、痛ッ!

 その瞬間、頭の中にズキりとした痛みが走る。何とか我慢できるほどの痛みだ。


 そして、その瞬間、俺は理解する。この二つの魔法の使い方と効果を理解する。


 ……。


 そう、一瞬で理解した。


 いやいや、これ、本当に危険な力じゃないか。魔法だから、大丈夫だとか、無いぞ。魔法を習得するのも危険な気がする。


 怖い、怖いぞ。


 だが、このタブレットの力のおかげで言葉が分かるようになり、魔法を習得できたのも確かだ。それが生き延びることに繋がった。


 でも、これは……。


 考えよう。

 考えて使おう。

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