049 理由
リンゴが……。
リンゴ以外に人の姿は見えない。リンゴが一人でオークたちと戦っていた。戦っていたのだ。
特徴的なずんぐりとした鎧は砕け散りボロボロになっている。大猪との戦いで限界が来ていたのかもしれない。
マントのオークが倒れたリンゴの頭を掴み、持ち上げる。
不味い。
このままでは不味い。
他に、他に誰か居ないのか。何でリンゴが一人で守っていたんだ。
何で、何でッ!
そうだ。あのセンパイって呼ばれていた芋虫は何処に行った。みんなから凄い、凄いって言われていたんだ。今こそ、活躍する時じゃあないのか。
何で、誰も……。
……。
誰も?
いや、居る。
居た。
ここに居た。
そうだ。俺が居た。
誰が、じゃない。ここは俺が、俺が頑張るところだ。
目の前に居るオークは十人ほど。それにリンゴと戦っていた思われる偉そうな一人。オーク一人でも苦戦した俺からすれば絶望的な数だ。
だけど――そう、だけど、だ。
初めてリンゴと出会った時と同じシチュエーションだ。あの時、リンゴは草狼に絡まれて大変なことになっていた。今度はオークだ。
どうやら、俺が助ける運命だったようだ。
そう、こいつぁ、もう運命だ。
助ける。
だから、声を張り上げる。
俺は叫ぶ。
「待てッ!」
オークたちが一斉にこちらへと振り向く。道を開けるために並んでいたオーク、偉そうなオークがこちらを見る。
俺はもう一度叫ぶ。
「その手を離せッ!」
こちらを見ていたオークたちが楽しそうに――嘲るように顔を歪める。子どもだと思って馬鹿にしているのかもしれない。今の俺の姿はちっぽけな獣人の少女だ。安物の布を身に纏っただけの少女でしかない。
でも、だ。
叫ぶ。
「何故、こんなことをするッ!」
俺の言葉を聞いたオークたちが腹を抱えて笑う。笑われた。
こ、こいつら……ッ!
だが、これで確実になったことがある。こいつらは言葉を理解する。意味まで分かっているのかは分からないが、会話をするだけの知性がある。
マントのオークがリンゴの頭を持ったまま、こちらへと歩いてくる。こいつは圧が違う。見ているだけで押し潰されそうな気分になってくる。
だが、そのマントのオークの足を止めさせる者が居た。
「将軍、将軍が自ら相手をする必要はありません」
それは、さっき俺が草紋の槍で貫き、蹴りを入れたオークだった。胸元の傷は筋肉によって塞がっている。もう血も流れ落ちていない。草紋の槍で貫いて死んでもおかしくない傷だったはずなのに、もう元気なのかよ。こいつら、どうなってるんだよ。
「ひ、ひ、ひ、ぶっ壊してやる」
そのオークが舌なめずりをしながら、こちらを見る。その視線に寒気がする。
将軍と呼ばれたオークが、その舌なめずりしているオークを見る。そして、次の瞬間には、そのオークが吹き飛んでいた。錐揉みしながら、くるくると綺麗に宙を舞っている。
マントのオークが殴り飛ばしたのだ。
マントのオークは最初から、そのオークなんて居なかったように、こちらへと歩いてくる。マントのオークがこちらに迫る。
そして、草紋の槍の間合いに入るか入らないかの位置で止まった。
マントのオークが牙の生えた口を開く。
「戦うことの理由を問うか」
それは俺にも分かる言葉だった。だが、それは辺境語でも獣人語でも共通語でもない。
「ああ、問う。こんなことを、何で、こんなことをするんだッ!」
言葉が通じるのに。会話が出来るのに。
なのに、何で戦うんだ。
まずは話し合えよッ!
……。
「た、タマちゃん……に、逃げるのだ……」
俺の言葉で目が覚めたのか、マントのオークに頭を掴まれているリンゴが喋った。兜越しで表情は分からない。
「リンゴ、今、助けます」
「に、逃げるのだ……」
マントのオークが無言で腕に力を入れる。それだけでリンゴの兜が砕け散った。リンゴの素顔が露わになる。マントのオークはそのままリンゴの頭を掴んでいる。
「ぐ、ぐわあぁ」
リンゴが叫ぶ。リンゴの頭を潰そうとしているのか、ギリギリと嫌な音が聞こえている。
「やめろッ!」
俺は草紋の槍を構える。
くそ、くそ、くそ、くそッ!
そのまま突撃する。
「竜の血か。存外に丈夫な」
マントのオークがリンゴを投げ捨てる。そして、そのまま青く輝く直剣を構える。
俺はマントのオークに突きを放つ。無我夢中の一撃。
だが、その一撃はあっさりと青く輝く直剣に弾かれた。
なッ!
「恐怖し、ひれ伏せ」
マントのオークの言葉。それだけで俺に強い圧がかかる。膝を折ってしまいそうになるほどの恐怖。震えが来るほどの恐怖。
恐怖、恐怖、恐怖。
恐怖が俺の心の中を支配しそうになる。だが、それでも俺は耐える。
踏ん張る。
ここで折れたら、何も出来ず殺されてしまう。だから、俺は耐える。
草紋の槍を強く握る。すると、不思議に心が落ち着いた。恐怖が静かに消えていく。
な、何が……?
いや、今は戦いの最中だ。
マントのオークが青く輝く直剣を構える。構えている。
もう戦いは始まっている。言葉は通じなかった。
もう会話は終わったのだ。
戦うしかない。
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