048 戦争

 オークの数は十人くらいだろうか。あまり多くはない。そうだ。少ないのはここだけじゃない。俺が倒した一人、途中で魔法使いたちと戦っていた四人、そして、ここで十人程度。この町全体に散らばった奴らを足したとしても、その数は――たかがしれているだろう。五十もいかないと思う。それだけの人数で、少数で町を落とすために攻めてきた。

 普通に考えればあり得ないことだ。だが、このオークたちは恐ろしく強い。俺が戦ったヤツが特別だったと思いたいが――違うのだろう。雑兵ぽい奴らですら魔法使いの魔法による爆発に耐えていた。


 コイツらは強い。


 俺が戦ったオークも使っている武器が六角形の棍棒だったから何とかなったようなものだ。掴むことが出来た。もし、あれが棘付きの棍棒だったならば――俺は対処できず殺されていたかもしれない。


 そんな奴らが十人『も』ここに集まっている。正直、回れ右をして逃げ出したいくらいだ。


 だが、逃げ出せない。

 俺は逃げることが出来ない。


 逃げることが出来ない理由は――音だ。

 戦いの音。


 二メートルを超えるオークの巨体が壁となってギルドへの道を塞いでいる。向こう側が見えない。見えるのは無事なギルドの建物くらいだ。

 そして、そのオークたちの壁の向こうから戦いの音が聞こえていた。金属と金属が激しくぶつかり合う音。

 誰かが戦っている。


 ギルドを守るために戦っている。


 ここに集まっているオークたちの殆どが上半身裸でムキムキに鍛え上げられた緑色の筋肉を晒している。そして、最初のヤツと同じく、コイツらも異様な臭さだ。いや、上半身をさらけ出している分、最初のヤツよりも酷い臭いだ。消臭剤をばらまきたくなるような、消臭スプレーが欲しくなるほどの異臭だ。鼻が曲がる。

 コイツら、何でこんなに臭いんだ。俺は鼻が普通よりも良い分、かなりキツい。


 キツいッ!


 俺は貫頭衣の一部を引きちぎり、手早く丸め、それを鼻に突っ込む。匂いによる感覚は完全に殺してしまうが仕方ない。異臭で戦えないよりはマシだ。


 くそ、コイツらッ!


 と、そこで俺の存在に気付いたのか、手と腰に斧を持った上半身裸のオークがこちらへと振り返った。

 オークがこちらを見てニタニタ、ニタァと笑っている。嫌な笑い方だ。


 そして、そのオークが、こちらへと斧を投げ放ってきた。


 反応が――早いッ!


 俺に気付いたと思ったら、すぐに攻撃とは……。


 敵か味方かの確認すらしない。話しかけても来ない。問答無用の攻撃だ。


 俺はこちらへと投げ放たれた斧を打ち落とすために草紋の槍を構える。


 ……。


 と、そこで気付く。思い出す。


 門番の犬頭はどうやってやられていた?


 斧を胸元に受けていた。

 持っていた強そうな槍が折れていた。


 そうだ。

 そうだった。


 俺は飛んできた斧を打ち落とすコトを止め、回避する。

 避ける。


 飛んできた斧が地面に刺さる。


 危険だ。

 コイツの攻撃は危険だ。


 今の攻撃は受け止めたり、打ち落としたり――とにかく触れるのは不味い。不味い気がする。


 オークが腰に差していた斧を引き抜く。また、こちらへと投げてくるつもりなのだろう。


 だが、俺の方が早い。槍のリーチを舐めるなよッ!


 飛ぶように間合いを詰め、そのまま草紋の槍でオークに突きを放つ。オークのむき出しになった緑色の肌は硬い。恐ろしく硬い。


 だが、それでもッ!


 俺は力を入れる。一歩、踏み込み、力を入れる。草紋の槍を捻り込む。力を入れ、全力で捻り込む。


 目の前のオークが「ぽぅ」と情けない悲鳴を上げる。


 そのままッ!


 草紋の槍がオークの体を貫くッ!


 だが、それでもオークは死んでいなかった。普通の人なら致命傷になる一撃を受けても生きていた。草紋の槍に貫かれた状態で暴れる。俺はとっさにオークを蹴り、草紋の槍を引き抜き、距離を取る。


 危ない、危ない。あのままだったら、殴り殺されていたかもしれない。


 恐ろしい生命力だ。


 そして、俺の戦いの音に反応したのか、ギルドの方を向いていたオークの集団が動いた。道を開けるように左右に分かれる。


 な、に!?


 俺は、こちらの戦いの音に気付き、反応したのかと思った。


 だが、違っていた。


 コイツらは戦いが終わったから道を開けたのだ。


 ここで行われた戦いが終わったから道を開けたのだ。


 そして、その開けたオークたちの先には見知った顔があった。


 ずんぐりな鎧。リンゴだ。


 リンゴが戦っていたのだ。


 リンゴの相手は――オークだ。だが。だが、だ。コイツの背丈は周りの連中とあまり変わらない。だが、コイツは違う。違うのだ。このオークはマント付きの鎧を身につけ、魔法の武器と思われる青く輝く直剣を持っていた。


 まるで騎士か将軍かのような威圧感を持ったオークだった。


 そして、俺の目の前で、リンゴが――崩れ落ちた。

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