047 戦場

 草紋の槍が筋肉野郎に刺さる。金属の鎧を貫き、中の肉を抉る。そのまま草紋の槍を持ち上げていく。筋肉野郎の自重で草紋の槍が深く刺さっていく。

 暴れる。筋肉野郎が大きな体を使って、手足を振り回し暴れる。だが、俺は、それに耐え、草紋の槍を持ち上げ続ける。


 ここで手を離してしまったら、俺は負ける。俺は、コイツに殺されてしまう。


 俺は草紋の槍を持ち上げ続ける。筋肉野郎が槍を引き抜こうと手を伸ばす。俺はそのタイミングに合わせて草紋の槍を捻り、ねじ込む。


 させない、させるかよッ!


 必死だ。とにかく必死だ。


 そんな戦いを続ける。


 それは数秒だろうか。それとも数分だろうか。いや、数十分だったのかもしれない。


 叫び、激しく暴れ回っていた筋肉野郎が動かなくなった。手足をだらんと伸ばし、動かない。顔は苦悶の表情のまま固まっている。


 やったのか?


 やったの、か?


 筋肉野郎は動かない。


 俺は筋肉野郎に足をかけ、草紋の槍を引き抜く。それでも動かない。動く気配がない。


 ……。


 ……。


 やった。ヤッタ、殺ってしまった。


 ついに殺してしまった。俺は言葉を使う、知能ある生き物を殺した。やらなければやられるという状況だったとはいえ、ついに殺してしまった。


 ああ、殺した。


 だけど、不思議と――何も思わなかった。こう、葛藤というか、忌避感というか、もっと何かあるかと思っていたのに、何も無かった。


 ああ、殺したんだな――という、ただ、それだけだった。


 この世界に、この異世界に、それだけ順応したということだろうか。それとも、コイツが、こいつらが、門番の犬頭をズタボロにして、町を燃やし、破壊している、コイツらが許せなかったから、だろうか。


 そして、気付く。

 こいつ、臭い。


 凄い悪臭だ。こんなにも臭いのに、俺は気付かなかったのか。それだけ戦いに無我夢中だったというコトか。

 何日もお風呂に入っていないような、生ゴミが腐ったような――そんな、酷い悪臭だ。


 臭い。だが、そうだ。


 ……はぁ。勝った。とにかく勝った。勝ったんだ。生き延びた。仇をとってやった。


 俺が、そんな勝利の余韻に浸っていると、生き延びた飲んだくれの一人がこちらに近寄ってきた。

 そして、俺の分からない言葉で何かを喋る。辺境語だろうか? 良く分からない。


 ……。


 だが、この筋肉野郎の死体を指差して「オーク」と呼んだのは聞き取れた。


 ……。


 どちらかというと吸血鬼や鬼という感じだが、こいつがオークで間違いないようだ。まぁ、たまたま同じ発音だったという可能性もある。気にしたら負けだ。


 飲んだくれは、そのままギルドの方を指差す。何を言っているか言葉は分からないが、その雰囲気からギルドに向かえと言っているようだ。


 言っている気がする。


 ……。


 ギルドに向かうか。


 俺は広場を抜け、ギルドの方へと走る。


 周辺の建物は燃えている。戦いの音はまだ聞こえている。と、そこに激しい爆発音が響いた。


 音の方を見る。


 そちらでは杖を持った連中が並び、先ほどの筋肉野郎と似た姿の連中と対峙していた。新手の筋肉野郎の数は四人ほど。それに対して並んでいる杖を持った連中は十数人ほどだ。


 並んだ連中が持った杖から一斉に火の玉が放たれる。それは拳ほどの小さな火の玉だったが、それでも十数人集まれば大きな力になるようだ。四人の筋肉野郎を中心として集まった火の玉が爆発した。

 魔法使いが火の魔法を使った、のか? この町に、何処に隠れていたのか、ちゃんと魔法使いたちが居たんだな。あー、そうか。汚れ水を作っているくらいだから、居てもおかしくないのか。


 並んだ魔法使いが杖を掲げ、そして再び一斉に火の玉を放つ。起こる爆発。


 ……。


 そして、その爆発の中から、ほぼ無傷の筋肉野郎たちが現れた。いや、無傷ではない。身につけていた鎧は砕けている。だが、その下にある鍛え抜かれた緑の肌に傷はなかった。


 四人の筋肉野郎がゲラゲラと笑い、剣や斧を持ち、魔法使いの集団へと襲いかかる。魔法使いの集団は杖を投げ捨て、腰に差していた剣を引き抜く。


 ……。


 戦争だ。


 これは戦争だ。


 魔獣と人の戦いじゃない。オークという姿、名前の人と人の戦いだ。


 俺はギルドを目指し駆ける。魔法使いたちの戦いには参加しない。草魔法しか使えない俺が向かっても足手まといになるだけだ。


 俺はギルドを目指す。


 そして、ギルドの建物が見えてくる。まだ、その建物は無事だった。そこだけ不思議なくらい燃えていない。無事だ。


 だが、そこにオークの集団が待っていた。

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