046 怪力

 今、こいつは何て言った?


 言葉を喋ったよな。

 喋ったよなぁッ!


 しかも俺が分かる言葉で、だ。獣人語や辺境語じゃない。『共通語』でも無い。そう、こいつが喋っているのは共通語じゃない。


 なのに、こいつが喋っている言葉が分かる。俺には分かる。


 それが意味するところは……。


 って!


 俺がそのことを考えようとした瞬間――もう、目の前には棍棒が迫っていた。金属で作られた六角形の凶悪な棍棒。容赦ないフルスイング。俺はとっさに草紋の槍を縦にして構える。

 強い衝撃が走る。


 重い。


 体が滑る。足を強く踏みしめ踏ん張るが、それでも足が地面を削り滑っていく。


 何だ、何だよ。こいつの馬鹿力はッ! 俺だって見た目以上の、信じられないほどの怪力なのにッ!


「死んでろ」

 もう一度、棍棒が振り回される。俺は草紋の槍を縦にしたまま受け止め、踏ん張る。素早く、重い一撃。


 俺の体が浮く。


 耐えきれない。踏ん張りが利かない。


 な、何だ、こ、これ。


 そして、浮いた体へともう一度、棍棒が振り回される。早すぎる。だがッ! 受け止める。走る強い衝撃。

 俺の体が吹き飛ぶ。


 空を舞う。


 あー、何だろう、ホームランボールになった気分。


 空が、と思った次の瞬間には地面が迫っていた。とっさに受け身を取ろうとする。体が跳ね、転がる。

 強い衝撃と痛み。


 息が出来ない。


 か、はっ。


 あ、う、か、た。


 何が、地面? 空?


 何がどうなった?


 俺は?


 目が回る。吐き気がする。


 あ、あ、ああ?


 あ?


 不味い。

 俺は無理矢理、意識を覚醒させる。起きろ、起きろ。ヤバい、ヤバい。草紋の槍を握っていた手を見る。血まみれの手。


 その手は、まだ槍を握ったままだ。偉いぞ、俺。手放さなかったのは偉い。槍の状態は……?


 俺の体が吹き飛ばされるほどの一撃を三度も受けたのに草紋の槍は歪んでいない。そのままの形を保っている。さすがは魔法武器。偉いぞ、凄いぞ。


 いや、感心している場合か。


 急いで立ち上がれ。早く、次の一撃に備えないと、やられる。


 う、く。


 だが、次の一撃は来なかった。


 ゆっくりと上体を起こし、ヤツを見る。棍棒を持った筋肉野郎は俺を仕留めたと思ったのか、こちらへの興味を失ったかのように露店をたたき壊していた。

 俺が時間を稼いだからか、ここに居た人たちの何人かは逃げることが出来たようだ。だが、まだ人は残っている。


 筋肉野郎の標的になっている。


 だが、そこに武器を持った男たちが駆けつけた。それはギルドで見かけたことのある連中だった。昼間から飲んだくれてた連中だ。そいつらが手に武器を持ち、ここに駆けつけた。


 救援か? 間に合ったのか?


 これで……。


 だが、だが、だ。


 駆けつけた男たちは棍棒を持った筋肉野郎と対峙した瞬間、震え始めた。手に持った剣が、斧が、槍が、ガクガクと震え、揺れている。武器を持つのもやっと、いや、必死に武器にすがりついている。


「雑魚、雑魚、雑魚、雑魚」

 筋肉野郎が楽しそうに歌いながら棍棒を振り回す。


 男たちが吹き飛んでいく。何だ、これ。震えた男たちが何も出来ないまま蹴散らされていく。


「怯えろ、震えろ、死ね」


 棍棒を振るう。その度に人が刈られていく。


 ……。


 こんな、こんな、ことが。

 ギルドにたむろしていた、いけ好かない連中だが、それでも、こんな風に、こんな風にッ!


 立ち上がる。


 草紋の槍を握る。構える。


 俺はまだ大丈夫だ。やれる。戦える。


 正義感では無い。ただ、俺が、俺が気にくわないから。こんなことを許せないから。だから、俺は立ち上がる。


 こいつは、何で、こんなことをするんだ。


 こんな、こんなッ!


 こんなことをして楽しいのかよッ!


「待てッ!」

 俺は叫ぶ。


 棍棒を振り回し、男たちを吹き飛ばしていた筋肉野郎がゆっくりとこちらへ振り返る。


「何だぁ? 生きていたのか、だが、死ね」

 筋肉野郎が動く。


 早いッ!


 一瞬にして距離を詰められる。


 棍棒が振るわれる。


 迫る。迫る。迫る。


 俺は思わず、先ほどと同じように草紋の槍で受け止めそうになる。駄目だッ!


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。


 這いつくばっているのかと思えるほど体を低くする。俺の小さい体だからこそのッ!


 俺の頭上を棍棒が通り過ぎる。こいつは、何故だか分からないが、さっきから横振りしかやってこない。だから、こうしてッ!


 懐に入ってしまえばッ!


 だが、そこで気付く。俺が持っている武器は槍だ。そう、槍なのだ。


 相手の懐に入って? 距離を取って攻撃することを得意とした武器でどうするんだ? せめて短く持っていれば……。


「遅い」

 気付いた時には筋肉野郎に蹴り飛ばされていた。


 俺の体が転がる。


 恐ろしい力で蹴り飛ばされた。またも空と地面がくるくるとまわっている。


 かっ、はっ。


 息が、空気が口からこぼれる。強い衝撃と痛み。


 目眩がする。お腹がきゅるきゅると鳴き声を上げている。


 あー、くそ。


 寝不足で、疲れ切っていて、さらに空腹だ。手なんて血まみれでボロボロだぜ。それで、そんな状況で、こんな凶暴なヤツと戦う? 無茶な話だ。無茶苦茶な話だ。


 俺は何で戦おうとしているんだ? 何で戦おうと思ったんだ。


 無意識に手を伸ばす。


 そして、思い出す。

 ここが何処だったのかを。


 匂いを。


 そうだ。ここは露店の並んでいた広場だ。露店は壊され、燃やされている。だが、その残骸の中に、残っているものがあった。


 肉だ。


 食べ物だ。


 食べ物の匂いだ。食べ物の匂いにつられて無意識に手が伸びていた。


 そうだよ。


 空腹だから力が出なかったんだよッ!


 俺は、それを掴む。口に入れる。囓る。食べる。飲み込む。


 息を吐き出す。


 生き返る。


 ああ、空腹は駄目だ。


 立ち上がり、肉を喰らう。喰らう。


 よし、元気が出た。

 もう、大丈夫だ。


 俺は回復したッ!


「何をのんきに喰らってやがる」

 食事中の俺の目の前に筋肉野郎が迫る。


 またも振るわれる棍棒。


 草紋の槍では受け止めきれなかった。回避しても潰された。


 だがッ!


「こっちは食事中なんだよ!」

 骨付き肉を口に咥え、俺は棍棒を掴む。受け止めても駄目、回避しても駄目。ならば、掴むッ! 気合いを入れ、全力で踏ん張る。そっちも筋肉に見合った怪力みたいだが、俺だってなぁ、この体は力が有り余っているんだ。見た目よりもずっとずっと、ずーっと怪力なんだよッ!


「三下みたいな! よくある悪役みたいな口調で喋りやがってッ! 俺の食事を邪魔するんじゃねえ」

 体全体で受け止め、棍棒を止める。

「な、何を……」

 息を大きく吸い込む。全身に血が巡る。


 口の中に残っていた骨付き肉を骨ごと噛み砕く。踏ん張る。


 そして、持ち上げる。棍棒を持ち上げる。


 筋肉野郎の巨体がゆっくりと浮き上がっていく。


「俺の力を舐めるなッ!」

 そして、俺は浮き上がり無防備になった筋肉野郎を目掛け、草紋の槍を捻り込む。


 ひねり、貫くように、刺し込んでいく。


「ぎゃああぁ、止めろ、止めろ」

 筋肉野郎が悲鳴を上げる。

「うおぉぉぉぉぉッ!」


 喰らえッ!

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