045 襲撃

 町の方が明るい。何だ、何で真っ赤に染まっているんだ。空まで紅くなるかのような……嫌な予感がする。


 寒天とか鹿角ウサギを狩っている場合じゃない気がする。


 俺が地下の洞窟で一日過ごしていた間に何があったんだ? 急いで戻った方が良いよなぁ。戻った方が良いよな。

 ああ、嫌な予感しかしない。


 草原を走る。


 走る。


 町を目指し走る。


 走る。

 走る。

 走る。


 体力は限界で、お腹が空きすぎて空腹で倒れそうだったはずなのに、自分でも不思議なくらい何処からか力が湧いてくる。


 走る。

 走る。


 そして、町が見える。


 ……嫌な予感が当たった。


 町が燃えている。

 町が燃えていた。


 何だ、これは。何が起きているんだ。


 走る。

 走る。


 町を覆っていた壁が燃えている。門は砕け散り、その残骸だけが残っている。そして、町の中からは大きな悲鳴と金属と金属がぶつかり合う戦いの音が聞こえている。


 何だ、これは?


 そして、門の残骸の側に見知った顔を見つける。俺は走る。そこへ走る。


「何だ……、お嬢ちゃん……か」

 それは崩れた門に寄りかかるように倒れた犬頭の門番だった。手には槍がある。だが、その手にある自慢していた輝くほどの槍は――途中から折れていた。


 そして、その門番の犬頭の体は……。

「逃げろ、いい……から……逃げ、ろ」

 胸元に大きな斧が刺さったままになっている。そこからは血が流れ続けている。

「何だよ、何だよ、これッ!」

 門番の犬頭は生きているのが不思議なくらいだ。喋るのだって辛いはずだ。


 逃げろって、どういうことだよ。

「ちっ……オークどもの……襲撃だ。いいから、逃げろ……」

 犬頭の門番はそれだけ言うとゆっくりと目を閉じ、動かなくなった。門の残骸に寄りかかっていた体が滑り、崩れ落ちる。


 もう、動かない。


 動かないッ!


 何が起こったんだよ!


 この犬頭、口は悪いし、俺には絡んでくるし……でも、何処か憎めない奴だった。買ったばかりの草紋の槍を自慢したのが昨日だぞ。それが、何で、こんなことにッ!


 オークの襲撃だと?


 確か、よくあるファンタジーだと、オークって豚みたいなデブのモンスターだよな。それで女好きみたいなイメージがある。そいつらが、この町を襲撃した?


 ……。


 この犬頭は俺に逃げろと言った。それくらいヤバい状況なのだろう。


 ああ、分かっているさ。逃げるのが正解だ。ゲームや漫画の主人公みたいに格好つけて、それで自分の命を危険に晒して、それで本当に死んだらどうするんだ。俺一人の力で出来る事なんてたかがしれている。正直、居ても居なくても同じだろう。その程度の力にしかならないのに、自分の命を危険に晒す?

 格好つける必要なんて無い。生きることの方が大切だ。


 俺は一度死んでいる。あんな思いはもう嫌だ。あんな経験はもうしたくない。


 だから、逃げるのが正解だ。ここ以外にも町はあるだろう。それこそ、王都とやらを目指しても良いさ。


 うん、それが正解だ。


 正解だろうさ。


 俺は正解を選ぶべきだ。

 運がなかった。この町の人たちは運がなかった。俺はたまたま外に出ていたから助かった。今なら逃げ切れるだろう。ここを襲撃したオークとやらは町の中を荒らすことに夢中のようだ。今なら逃げられる。大丈夫だ。

 俺は運が良かった。


 割り切るべきだ。そうだ、納得するべきだ。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……かよ。


 ……出来るかよッ!


 納得できるかよッ!


 知るか、知るか、知るか、知るかッ!


 俺は、俺がやりたいようにやる。


 この犬頭の仇を討ちたいから討つ、それだけだ。それで危なくなったら、その時はその時だ。その時は必死に逃げよう。意地汚く逃げよう。だけど、それは今じゃない。


「俺が仇を討つよ」

 草紋の槍を強く握る。槍の柄に血がにじむが、そんなことはどうでも良い。


 俺はあぁぁぁッ!


「……勝手に、殺す……な」

 と、そこで小さな、とても弱々しい声が聞こえた。


 へ?


 声の方を見る。


 ……。


 犬頭の門番が薄く片目を開けていた。


 生きている?

「生きてるのかよッ!」

「あ、あ、くっ」

 犬頭の門番はまだ生きている。生きていた。くそ、俺が覚悟を決めたのが馬鹿らしいじゃないか。たく、さすが、この町で三、四番目に強いだけあるよ!


「お、おい大丈夫……じゃないよな?」

 犬頭は生きていた。だが、かなり苦しそうだ。


 ……。


 そうだッ!


 俺は犬頭の胸元に刺さっていた斧を引き抜く。

「ぐぼぁ、な、なにをしや……」

 叫び声を上げられるくらいには元気なようだ。良かった、良かった。


 本当、びっくりさせやがって。


 って、このままだと本当に死んでしまう。

 俺は慌てて背中のリュックサックから、それを取り出す。


 レイグラス。説明では薬草だったはずだ。これならッ!

 俺はその根っこを絞り、犬頭の傷口にぶっかける。

「ぎゃう、ぎゃうッ!」

 犬頭は犬の鳴き声のような声で叫ぶ。そして、そのまま気を失ったように泡を吹いて動かなくなった。俺はそのまま傷口に薬草を乗せる。死んじゃあいない。弱々しいが呼吸をしている。気絶しているだけだ。これだけ元気になったのなら大丈夫だろう。さすがは薬草だ。


 えーっと、薬草の効能だよな? 血も止まっているみたいだし、うん。


 生き延びろよ、犬頭。俺が試験達成のための光草を使ってまで――試験を後回しにしてまで助けたんだからさ。


 犬頭が生きていたことだし、逃げようか。仇を討つ必要がなくなったからなぁ、うん。


 もう無理しなくて良いよな。


 ……。


 ……。


 さあ、行くか。


 俺は崩れ落ちた門を抜ける。至る所で火の手が上がっている。町が燃えている。そして、戦いの音が聞こえている。

 建物は燃えている途中だ。


 ……。


 オークとやらが襲撃してから、まだそれほど時間は経っていないのだろう。数時間前くらいか? だが、ここまで町の中に入られてしまったら――もう、この町は終わりかもしれない。


 だけど!


 だけど、だ。


 俺は走る。救える命があるなら、救おう。俺は、俺が出来ることをしよう。


 駆ける。


 そして、俺が昨日、リュックサックと果実を買った広場へと辿り着く。そこでは一人の巨漢が暴れていた。

 手に持った鉄の棍棒で露店をたたき壊し、逃げ惑う人々を吹き飛ばしている。無茶苦茶だ。


 二メートルを超える背丈、身につけた金属の鎧の隙間からは全身筋肉で出来ているかのような引き締まった体が見えている。そして、その皮膚は植物のような緑色をしていた。


 ……こいつが、オーク?


 武器を持った俺の気配を察知したのか、そいつが振り返る。ギラギラと真っ赤に燃える瞳、そして、その大きな口からは牙が覗いている。髪をキザったらしくオールバックにしている。


 これがオークだって言うのかッ! どちらかというと、鬼、いや、吸血鬼だ。


 ……もしかしてオークではなく、オークの仲間の吸血鬼とか、か?


「何だ、このクソガキは? ぶっ壊されたいのか?」

 そして、そいつは俺の分かる言葉で喋った。

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