041 落下

 朝。


 起きてすぐ草紋の槍があるかを確認する。我ながら少し神経質過ぎるかなと思うが、こればっかりはしょうがない。一度死んだ経験が俺を不安にさせる。油断するとまた同じようなことが起きるんじゃあないかと思ってしまう。

 これはもう、トラウマってヤツだな。


 そして、窓を開け、外を確認する。


 ……。


 よし、雨は降ってないな。これなら北の森を目指して出発が出来る。


 起きてすぐ出発だ。だが、その前に、と。


 俺は、まず最初に、露店の並んでいる広場へ向かい、そこで買い物をすることにした。準備は大切だ。


 露店をやっている人たちの言葉は分からなかったが、身振り手振りで買い物をする。辺境語の、これはいくらですか? くらいの言葉は覚えた方が良いかもしれないなぁ。


 そんな感じで買い物を終える。


 買ったのは小ぶりなリュックサックとみずみずしい果実だ。


 リンゴが背負い鞄を持っていたのを見て、ちょっとうらやましいと思ったんだよなぁ。それで慌てて購入したというワケだ。本当はもっと丈夫で大きなものが欲しかったのだが、お金が無くて買えなかった。

 だが、これで色々な道具を持ち運ぶことが出来る。火打ち石をお金の袋と一緒に入れて置かなくても良いし(まぁ、火打ち石自体は、まったく活用できていないけどさ)大猪戦で大活躍した紐を入れておくことも出来るのだ。

 果実は安かったので朝ご飯と昼食を兼ねて購入だ。このリンゴみたいな形をした果物は、なんと十個で辺境銅貨一枚だ。安すぎてちょっと怖いが、まぁ、腹の足しになれば充分だ。これも先ほど買ったばかりの小ぶりなリュックに突っ込んでおく。


 これで準備は完了だ。お金の入った袋は空っぽになったが、まぁ、何とかなるだろう。


 買い物を済ませ、町の門へと向かう。


 町の門の横に立っているのはいつもの犬頭の門番だ。朝早くからご苦労なものだなぁ。


「お嬢ちゃんか。今日は外へ遊びに行くのか?」

 犬頭の門番はニヤニヤと笑っている。ホント、いつも楽しそうだな。

「ギルドの試験だよ」

「へぇへぇ、それは凄いな。面白いものをぶら下げ……ん?」

 犬頭の門番が目を細めこちらを見ている。


「ん? えーっと、何?」

「いや、な。そいつは魔法の武器か」

 どうやら犬頭の門番は俺が持っている草紋の槍を見ているようだ。


「そうだぜー」

 俺は自慢するように草紋の槍を犬頭の門番に見せつける。

「この町に魔法の武器があったとはな。あっても鋼くらいだと思っていたが、こいつぁ、予想外だぜ」

 おー、やはり凄い武器だったのか。いやぁ、レアな武器が手に入って最高だな。


「良いだろ? どれだけお金を積んでも譲らないからな」

「イラねぇよ。俺の槍の方が遙かにすげぇからよ!」

 犬頭の門番は、言葉とは裏腹に物欲しそうな顔で草紋の槍を見ている。見ているように見える。

「まぁ、どうやって手に入れたか知らねぇが、上手くやったようだな」

 負け惜しみ、負け惜しみ。


 いやぁ、こう、自慢できる武器を持つって良いね。ちょっと前に玩具扱いされるような武器を持っていたのに、今は羨ましがられるような武器を持っている。短期間で、これって、俺ってば実は凄いのでは? まぁ、運が良かったってのもあるだろうけどさ。


「じゃあ、俺は行ってくるぜー」

「へぇへぇ、勝手にしな」

 犬頭の門番は俺を追い払うように手を振っている。


 いやぁ、すがすがしい気分だ。


 町の外に出て北の森を目指す。草原には雨の名残の水たまりが出来ている。そして、その水たまりの近くにはいつもの寒天の姿があった。

 おー、久しぶりの動く寒天だ。この町の近くでは姿を見なかったからな。


 うーん、もしかすると雨が降ったから増えたのか? この付近まで出てくるようになったのか?

 そして、その寒天を餌にしている鹿角ウサギの姿も見える。鹿角ウサギは俺の姿を見ても、こちらを無視して寒天を捕食することに一生懸命だ。これなら簡単に狩れそうだ。


 ……。


 まぁ、今、無理に倒す必要はないか。


 今の俺の目的は北の森で光草を見つけること――試験の突破だ。


 お金は欲しいが、行きに荷物を増やすのは得策じゃない。まぁ、帰りなら、狩りながら帰っても良いけどさ。

 倒すだけ倒して糧に、経験にする? レベルの上昇する仕組みが分からない現状だと、それが完全に無駄になるって可能性もあるしなぁ。ゲームみたいに経験値を溜めてレベルアップ、とは限らないからな。


 それに、だ。


 今は時間を無駄にしたくない。


 北の森に辿り着くだけでも昼前になってしまう。あまり時間をかけてしまうと帰る頃には夜になって、町に入れなくなってしまう可能性だってある。あの犬頭の門番は夕方でも門を閉めるようなヤツだもんな。


 というワケで急いで北の森に向かおう。


 帰りに余裕があれば鹿角ウサギや寒天を狩ろう。これでも小銭にはなるもんな。


 北の森を目指し歩く。


 途中、気付かないうちに尻尾が地面をこすっていたみたいで、泥水と混じって先端がカピカピになっていた。微妙に気持ち悪い。尻尾には感覚がないようでも、こうなると不快になるんだから、ちょっと不思議だ。

 今まで自分の体になかったものが生えているんだもんな。色々と戸惑うんだぜ。


 尻尾が水たまりに浸からないように、抱え持って歩く。うん、最初からこうすれば良かったんだよ。この方が断然歩きやすい。


 草紋の槍を持ち、尻尾を抱え、その状態で歩きながら、果実を囓る。

 囓りながら歩く。


 ……。


 水だ。


 少しだけ甘みはあるが、水を食べているようにしか思えない果実だ。


 う、うーん。安かったけど、これは微妙かもしれない。水腹になりそうだ。たぷたぷしそう。

 鑑定してから買えば良かった。いや、どうせ、鑑定してもろくな結果が出ないだろうから、同じか。

 まぁ、これは後で鑑定するとしよう。


 そんな感じで歩き続ける。


 そして、北の森に辿り着く。


 草は……残っているな。


 ここにも道しるべ代わりの草は残っている。俺が草魔法で作った雑草だ。魔法で作った草だから一定時間で消えてしまう、なんて可能性も考えていたが、大丈夫なようだ。


 ……。


 これは、つまり、だ。外来種である、俺の魔法で作った雑草が在来種を駆逐し生態系を破壊するなんてことも起こり得るってワケだ。


 おー、なんて恐ろしい魔法なんだ。

 おー、なんて気の遠くなるような可能性なんだ。


 ……。


 馬鹿なことを考えていないで進もう。


 道しるべ代わりの草を辿り、森の中を進む。


 森は静かだ。


 それが良いことなのか悪いことなのか、魔獣の姿はない。


 森は静かだ。


 不気味なくらいに静かだ。


 ……。


 俺たちが、この森のヌシを倒したからなのだろうか。


 そして広場に辿り着く。


 広場には戦いの跡が残っていた。大猪が大地を駆け回り削った地面に水がたまっている。


 地面を抉って進むほどの突進だったもんな。


「ん? おっ!」

 と、そこで光り輝く草を見つける。


 多分、これが光草だろう。


 大猪が暴れ回った後だが、ちゃんと残っていてくれたようだ。


 俺は間違いがないかどうか確認するため、タブレットを持ち光草へと近寄る。鑑定すれば確実に分かるからな。


 と、その時だった。


 足元が――地面が崩れた。


 落下。


 落ちる、落ちていく。


 な、何がっ!?


 俺は無我夢中で受け身を取る。


 そして、衝撃。


 いてててっ。


 何が起きたんだ。


 ふらつく頭を抱え、起き上がる。


 怪我はしていないようだ。体は動く。


 地面が崩れた? 大猪が暴れて脆くなった上に雨で――それで崩れたのか?


 上を見る。


 高い。かなりの高さを落下したようだ。三、四メートルくらいか? 昇るのは無理そうだ。


 ……俺、良く無事だったな。


 そして、気付く。


 穴? 穴が続いている。


 どうやら、ここは天然の洞窟のようだ。その天井をぶち抜いて落ちてきたらしい。


 なんて、不運。


 この洞窟を進むしかないのか? 地上に繋がっていれば良いが、繋がっていなかった時は……。


 ……。


 最悪を考えるのは後だ。とりあえず進んでみよう。

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