042 蜘蛛

 薄暗い洞窟だ。光は先ほど開いた大穴からのみだ。


 荷物を確認する。


 背負っていたリュックサックから水が滴っている。中を開けて確認してみる――果実が砕け散っていた。もしかするとこれがクッションの代わりになってくれたのだろうか。

 って、いやいや、さすがに無いな。果実程度で落下の衝撃が殺せるとは思えない。


 火打ち石や紐が砕けた果実の汁でぐちゃぐちゃだ。ベトベトしそうで最悪である。


 ……帰ったら洗おう。


 草紋の槍は無事だ。良かった。ホッとする。落下の衝撃で折れたり曲がったりしていたら、それだけで心が折れていたかもしれないからな。

 良かった、良かった。


 草紋の槍を手に持ち、天然の洞窟を進む。


 洞窟は何かで塗り固められたかのように硬くゴツゴツとしている。壁に触れてみると少し湿っていた。まるで鍾乳洞だ。

 そして、暗い。薄暗いではなく、真っ暗だ。今の自分は、少しくらいの暗闇は問題としない瞳を持っている。だが、それでも天井に開いた大穴がなかったら何も見えていなかったのでは無いだろうか。それくらい暗い。

 これはランタンとかが欲しくなるな。


 火打ち石はあるが、燃やせるものも無いしなぁ。


 ……。


 いや、草魔法で雑草を生み出せば良いのか? いくら乾燥していない草だと言っても頑張れば燃やせるだろう。だが、出口の分からない洞窟で火を起こすのか? う、うーん。まぁ、いざとなったら考えてみよう。


 暗闇の中、洞窟を進む。殆ど手探りだ。こう、音波とかで地形を把握できる能力でもあれば良かったんだけどな。


 この洞窟の進んだ先が地上に繋がっていなかったら……いや、そんなことはあり得ないだろう。地下にたまたま空洞があっただけなんて――うん、そうそう無いはずだ。


 暗闇の中を進む。


――[サモンヴァイン]――


 洞窟の道は広く、そして曲がりくねっている。その上、複雑に分かれていた。草を生み出し、道しるべとする。うん、草魔法、役に立っているな。最初はゴミ魔法かと思ったけど、意外に使える。要は使い方だよな。


 そして、その迷路のような洞窟を進み続けると、何かの気配を感じた。慌てて岩陰に隠れる。


 ……。


 ゆっくりと岩陰から顔を出し、気配の方を見る。


 そこには八つの真っ赤な点が浮かんでいた。点?


 よく見る。


 それは生き物だった。自分と同じくらいの大きさ。節を持った長い八本の足、鎌状になった牙。そして赤く輝く八つの真っ赤な瞳。

 その姿は蜘蛛だった。


 なんで洞窟に蜘蛛が? いやいや、それに大きさがおかしいだろ。人と――人の子どもと同じくらいの大きさの蜘蛛とか怖すぎるだろ。蜘蛛って確か肉食だったよな?

 それに、だ。なんで目が赤く輝いているんだ? 洞窟の中は真っ暗だ。光なんて無い。だから、光が反射しているってワケじゃあないはずだ。

 魔獣だから、か? 良く分からない。


 その大きな蜘蛛が首を伸ばし、キョロキョロと周囲を見回している。


 戦うべきか? いやいや、怖すぎるだろ。人サイズの虫とか洒落にならないって。


 蜘蛛の頭の動きが止まる。一点をじーっと見つめている。そのままカチカチカチと歯を打ち鳴らす。そして、蜘蛛がその口を開いた。牙の付いた大きな口が開かれる。

 何をするつもりだ?


 蜘蛛から魔力の流れを感じる。


 へ? え?


 次の瞬間には蜘蛛の口から火の玉が飛んでいた。突然の炎。眩しすぎるくらいだ。洞窟の岩壁に火の玉が当たり、爆発する。


 い、今、何をした? この蜘蛛は何をした? 蜘蛛が火の玉を吐き出したぞ? いや、魔法か? 魔法を使う蜘蛛とか、あり得ないだろ。蜘蛛の大きさも異常だが、さらに魔法まで使うとか。異世界らしいと言うか、なんというか。頭がおかしくなりそうだ。


 しかし、何のために火の玉を放ったんだ? その意図が分からない。いや、虫の考えることなんて分かるはずがないんだけどさ。でも、うーん。


 壁に穴を開けるため? 何かの気配を感じて、それを捕食するため?


 何か?


 何かって何!?


 大きな蜘蛛はキョロキョロと周囲を見回し、そして、カチカチカチと歯を打ち鳴らしている。とても大きな音だ。


 カッチ、カッチ、カッチ。


 結構、長く打ち鳴らしている。何の意味があるんだ?


 そして、音が止まる。


 蜘蛛が再び首をキョロキョロと動かす。何かを探っているような感じだ。


 そして、蜘蛛が再び歯を打ち鳴らす。


 カッチ、カッチ、カッチ。


 今度は一定のリズムだ。まるで数字でも数えているかのように同じリズムで歯を鳴らしている。


 この蜘蛛、何がしたいんだ?


 そして音が止まった。


 蜘蛛の頭が動く。蜘蛛がこちら側に頭を向ける。蜘蛛がこちらを見ている。


 見ている。


 気付かれた? いや、最初から気付いていたのか?


 蜘蛛が口を開く。蜘蛛がこちらを見たまま口を開ける。


 ま、まさか!?


 不味い。不味い。不味いぞ。


 そして、その口に火の玉が生まれ、吐き出される。こちらへと飛んでくる火の玉。


 俺は慌てて岩陰から飛び出る。その隠れていた岩に火の玉が当たり、砕ける。岩は簡単に砕けた。だが、それは最初の時の火の玉ほどの威力では無かった。意図的にか、強い威力を連発出来ないからなのかは分からないが、その威力は弱くなっていた。


 しかし、俺はその火の玉を躱すために飛び出てしまった。この大きな蜘蛛の前に姿を晒してしまった。


 肉食。

 虫。

 大きな蜘蛛。


 喰われる。


 俺はとっさに草紋の槍を構える。


 だが、大きな蜘蛛は襲いかかってこなかった。


 こちらを見て大きな音で歯を打ち鳴らしている。


 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。


 威嚇行動か? 俺が武器を持っていることを理解しているのか?

 そうだよな。魔獣だもんな。野生の動物とは違う。それくらいの知能があってもおかしくない。


 カチ、カチ、カチ、カチ。


 蜘蛛の歯を打ち鳴らす音だけが流れる。草紋の槍を持つ手に力が入る。魔法を扱う大きな蜘蛛の魔獣。強敵の予感だ。今まで俺が戦った中で一番の強敵かもしれない。もしかすると、あの大猪よりも厄介な相手ではないだろうか。


 どうする?


 こちらから攻めるか?


 いや、危険だ。虫って恐ろしいほど俊敏だからな。このサイズの虫になれば、人よりも俊敏だろう。


 だが、逃げ出せるような隙があるとは思えない。


 どうする、どうすれば?


 蜘蛛とのにらみ合いが続く。


 そして、蜘蛛が動いた。


 大きな蜘蛛が背を向け、来た道を帰っていった。


 へ?


 逃げた?


 何で?


 良く分からない。良く分からないが助かったようだ。戦わなくて済んだようだ。俺の秘められた力に恐れをなしたのだろうか。


 ま、まぁ、何にせよ、助かった。


 ……。


 この道を進むのは危険そうだ。あんなのがうじゃうじゃと出てきたら洒落にならない。分かれ道まで戻って他の道を進もう。

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