015 硬貨
「辺境貨と大陸貨の違いについて聞いてもよろしいですか?」
黒猫に聞く。すると、この猫人は再びこちらを指差していた。
「いやいや、本当にコイツは何なんだよ」
俺を無視してリンゴの方へと向き、聞いている。だが、リンゴは何も答えず、器用に兜を動かして首を傾げているだけだ。
「それで違いはなんでしょう?」
「何で大陸語が使えるのにわからねえんだよ」
猫人が頭を抱えている。
「うむ。タマちゃんに教えてあげて欲しいのだがな」
リンゴは楽しそうに笑っている――兜の向こうからくぐもった笑い声だけが聞こえている。
猫人が大きなため息を吐き出し、腰部分に取り付けていた袋を開き、何かを取り出す。
それは小さな赤黒い金属の粒だった。
「これは?」
「辺境銅貨よ」
辺境銅貨?
その粒をよく見ると、粒の上側に模様が入っているのが分かった。判子か何かを押したのだろうか。とても雑だ。
「そして、これだ」
猫人が腰部分の袋からもう一つ、何かを取り出す。
それは小さな円形の板だった。先ほどの銅貨と同じように赤黒い金属で作られている。そして、その表面には何か花のような模様が描かれていた。
「これは?」
「これが大陸で使われている銅貨よ」
おー、なるほど。言われてみれば、確かに、こちらはいかにも銅貨という感じだ。円形で平べったくて模様もあるなんて、いかにもだよな。
大陸で使われているのが銅貨らしい銅貨で、この辺境で使われているのが銅の粒に判子を押しただけみたいな感じだろうか。
「えーっと、それで違いは?」
「違い、違いだと? 偽造されやすいかどうかよ」
銅貨だけに? いや、他の銀貨や金貨も一緒か。硬貨として信用出来るかどうか、か。それ以外が同じなら辺境貨にするべきだろう。
「あー、後は辺境貨は、な、この辺境でしか使えないくらいか」
なるほど。となると、やはり換金は辺境貨で大丈夫か。偽造されやすかったとしても換金はしっかりとした施設でやるだろうし、使うのもしっかりとした場所だけだろうしな。裏取引とか、怪しいところで換金、うん、個人間でのやりとりをしなければ大丈夫だな。
「分かりました。辺境貨でお願いします。それと、これも換金出来ませんか?」
猫人に、今も大事に持っていたボロボロのクワを見せる。
クワを見た猫人が大きなため息を吐き出す。
「はぁ、何でも屋じゃねえんだけどよ。まぁ、溶かせば使えそうだから個人的に買い取ってやるよ」
そう言って猫人は先ほど取り出していた銅貨の粒をこちらへと持ってくる。辺境銅貨一枚だ。
えーっと、たった、それだけ? いや、買い取ってくれるだけ、マシ、なのか。ここまで俺の命を繋いでくれた武器が、それだけ、かぁ。まぁ、でもさ、他に使い道もないし、持っていても仕方ないからな。処分代を取られなかっただけヨシとするべきか。
クワと魔石を渡し、辺境銅貨一枚を受け取る。ボロボロのクワの代金だ。
ん? 草狼のリーダーの魔石と草狼自体のお金がない。どういうこと?
「えーっと……」
「全て換金で良いんだよな? 代金は受付で……」
言葉を続けようとした猫人が、その言葉を途中で止める。
リンゴはじーっと猫人を見ている。兜で表情は分からないが、何やら思い詰めて見つめているような――そんな気がする。
「あー、分かった、分かった。お金、取ってきてやるよ」
猫人がガシガシと頭を掻いている。黒い毛が飛び散って、何だか大丈夫だろうかと心配になる掻き方だ。
「助かるのだ」
猫人が肉球の付いた手を振り、建物の方へと歩いて行く。
そして、すぐに戻ってきた。その手には小さな袋が握られている。
「持ってきたから確認しな」
猫人が、その小さな袋をリンゴの前へと突き出す。しかし、リンゴはそれを受け取らず首を横に振る。そして、俺を指差す。
ん、俺?
「タマちゃんが受け取るのだ。それはタマちゃんのものなのだ」
俺、俺か。
俺は頷き、猫人から袋を受け取る。ゴワゴワ、ざらざらした袋だ。革紐のようなもので口の部分が軽く縛ってある。紐をほどき、中を見る。
中には銀色の粒が十三個ほど入っていた。確かに換金分だ。これが辺境貨、か。今の俺の全財産だ。うーん、お金の価値が分からないから、これが多いのか少ないのか分からないなぁ。
まぁ、それはそれとして、だ。
袋の中から銀色の粒を二つだけ取り出す。
「はい、これ」
「む?」
そのままそれをリンゴへと突き出す。
「荷車……台車を借りてくれたお金とお礼です」
「いや、それは、む。お金はあって困るものではないのだ。それはタマちゃんが持っておくべきなのだ。台車の分など助けて貰ったお礼だと思えば良いのだ」
俺は首を横に振る。そして、再び、リンゴへと突き出す。
「えーっと、俺は記憶が無いので、色々と困ると思うんです。なので! もう少し手伝って貰えませんか? そのお礼です」
……。
リンゴが固まっている。動かない。
……。
そして、兜越しでも分かるくらいの大声で笑う。
「分かったのだ。これは有り難く貰っておくのだ」
リンゴが銀色の粒二つを受け取る。
後は、と。
俺は猫人の方へと振り返る。
俺は袋の中から銀色の粒を一つ取り出す。そして、それを猫人へと突き出す。
「これを」
「はぁ? お前は何を言っているんだよ」
えーっと、だ。
「査定してくれた……お礼?」
「いやいや、その分はすでに含まれているからよ」
「えーっと、この袋の分?」
俺は硬貨の入った袋を持ち上げ、首を傾げてみる。
「おいおい、それを貰うつもりだったのかよ! しっかりとしたヤツだな! ああ、分かったぜ。貰っておくよ」
猫人が頭をガシガシと掻き毟り笑う。笑い、俺が突き出した銀貨を受け取る。
これから、この猫人とは付き合いが長くなりそうな気がする。換金所の猫だもんな。なら、心証を良くするのは悪くないはずだ。
これで銀貨は十枚。銀貨十枚と銅貨一枚。多いのか少ないのか分からないが、これが俺の全財産だ。後は買い物と……。
と、そこで俺の腹が鳴った。
ぐぅっとな。
そうだ、まずはご飯だ。
飯だ。
「おいおい、こっちにまで聞こえるほどの音だったぞ」
「そうだったのだ。ここで換金したお金でご飯を食べに行く予定だったのだ」
それを聞いた猫人が大きなため息を吐き出す。
「あー、よ。それならこの向かいの建物の裏通りにある店にしな。そこの騎士くずれは、この辺に詳しくないだろうから、知らないだろうがよ。そこのそいつでも問題無い店だ」
猫人が俺を指差している。
あー、そういえば差別があるんだったな。まぁ、どうせ食べるなら美味しく楽しく食べたいからな。
これは良い情報だ。
さっそく賄賂を渡した効果があったぜ。
効果はてきめんだ。
「ありがとうございます」
「あー、いいってことよ。お前も強く生きろよな」
猫人がこちらを追い払うように手を振っている。照れ隠しだろうか。
まぁ、何にせよ、これでご飯だ。
そう、ご飯だ。
だが、その時の俺は知らなかった。この猫人が言っていないことがあることに……。
と言う訳で猫人の案内で食堂へと向かい、リンゴに助けて貰いながら料理を頼んだ。そして、運ばれてきた料理を食べ、猫人が伝えていなかったことの意味を知る。
何かの肉を焼いたもの、植物の茎みたいなものが浮いたスープ、ぐちゃぐちゃになったポテトサラダもどき……。
「……こ、これは」
「え、ええ。あまり、美味しくない……です」
そう、あの猫人、味までは保証してくれていなかった。
差別は無いかもしれないが、味は……。
うん、独特だなぁ。ま、まぁ、食べられないほどじゃないから良しとしよう。
「というわけで、さっきと同じのをもう一つください」
「タマちゃん、まだ食べるのか」
リンゴは面頬の下部分だけを開けて器用にご飯を食べている。その顔はよく見えない。
そのリンゴがこちらの言葉を通訳して、食堂の定員さんに伝えてくれる。食堂の定員さんは辺境語しか分からないようだった。
まぁ、味はともかく、久しぶりのまともな食事だ。食べられるだけ食べよう!
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