016 食事
猫人の給仕が運んできた料理の皿を受け取る。
料理を運んできた猫人の給仕が何か言っているが、良く分からない。とりあえず袋から銅貨の粒を一つ取り出す。
そして、その猫人の給仕は何だか良く分からない言葉で返事をすると、俺の取り出した銅貨を受け取り、そのまま厨房へと帰っていった。
この場所だけがそうなのか、それとも全てがそうなのかは分からないが、料理は、その場でお金と交換だ。前払いでも後払いでもなく、持ってきた料理と交換なのだ!
……。
毛がたっぷりの猫獣人が料理を運ぶなんて料理に毛が入って大変なことになりそうだ、とか、料理に携わる人が色々な人が触って不衛生なお金をその場で触るだとか、現代人としては色々と思うところもあるけれど、気にしたら負けだ。
郷に入っては郷に従え、だ。
衛生なんて気にしてたらお腹は膨れないんだよッ!
と言う訳でッ!
運ばれてきたお肉を食べる。筋張っていて硬い肉だ。まるでゴムでも噛んでいるかのような肉を鋭い歯で噛みちぎる。食べる。食べる。味は微妙だ。塩をふっただけのこんがり過ぎな肉だ。
だがッ!
食べる。
食べる。
食べ終わるッ!
「おかわりをお願いしても良いですか?」
「なんと! まだ食べるとは驚きなのだ!」
とても空腹なのだ。だから、仕方ない。
リンゴが給仕を呼び、先ほどと同じゴムとしか思えないほど筋張った塩味ステーキを注文してくれる。
さて、と。
テーブルの上にタブレットを置く。
「リンゴ、これを見たことはありますか?」
「何のことなのだ?」
先に食事を終えくつろいでいたリンゴが兜を傾け、首を傾げる。
分からない、か。
もしや、と思たが、予想通りだ。リンゴは、このタブレットを知らない。これが何かが分からないようだ。それはリンゴだけがそうなのか、この世界の住人全てがそうなのか分からない。だが、この情報は重要だ。
そして、もう一つ、確認するべきことがある。
「鑑定って分かりますか?」
「査定と同じこ……む、違うのだな」
「武器とか道具とかそういったものの説明を表示するというか、効果が分かるような不思議な力って――そういう魔法とかありますか?」
「なるほど。それなら、あるのだ」
あるのか。
無ければ、それを持っている自分は他よりも少しだけ――と思わないでもなかったが。
「商人どもにお金を払えば似たようなことをしてくれるのだ。後は神殿の神官も同じようなことをしてくれるのだ。だが、どちらも高額なので利用したことはないのだ」
お金を取るのか。しかも、高い、と。
……ということは、だ。このタブレットなら、時間だけはかかるがノーリスクで鑑定することが出来る。ならば、それを商売にすることも出来るんじゃないか?
出来るよな。うん、確実に出来るはず。
……。
だけど、だ。
止めるべきだろう。この力は隠しておくべきだ。こんなものがあるとバレたら、どうなるか分からない。やるにしても、もう少し――もっと自分の立ち位置が定まってからにするべきだ。それに、商人や神官とやらに目を付けられたら――うん、無いな。
「なっ、なん、なーなー」
声?
横を見れば、いつの間にかステーキを持った給仕の猫人が立っていた。やはり、言っていることは分からない。言葉が分からないのは不便だ。
……まぁ、うん、考え事をしているうちに次のステーキがやって来たようだ。
給仕に辺境銅貨を一枚手渡し、ステーキを受け取る。ここの料理はどれも銅貨一枚だ。その場で銀貨を崩して貰い支払っている。
はぁ、まぁ、食べよう。
俺は考え事を止め、ステーキに齧り付く。うん、筋張って硬い。それを無理矢理噛み千切り、食べる。
食べる。食べる。食べる。
もしゃもしゃもしゃ。
「うん、やっぱりあまり美味しくない」
「その割にはよく食べるのだな」
皿の数を数える。一、二、三……十、っと。
「それでも十皿しか食べていないです。銀貨一枚分だから全然です」
それに、だ。ステーキだけではなく、最初はスープやサラダもどきも食べたからな。栄養バランスは偏っていないはずだッ!
「充分、食べ過ぎだと思うのだ」
もしゃもしゃ。
最後の一切れを食べる。食べきる。
ふぅ。
うむ。さすがにお腹いっぱいだ。
「満足です」
「良かったのだ。あのまま、お金が尽きるまで食べるのかと思ったのだがな」
さすがに、それは無い。その途中で自制するさ。
ここでお金を使い切るワケにはいかないからなぁ。
「それで、どうするのだ?」
「戦う為の武器が欲しいです。それと簡単なもので良いから着るものが欲しいです」
「タマちゃんは戦うのだな。にしても、着るものよりも武器を優先するとは、何というか、らしいのだ」
戦う、か。それが一番、お金が稼げそうだからなぁ。こんな子どもみたいな自分を雇ってくれるところがあるとは思えないし、魔獣を売ればお金になるって分かったからな。それを知っちゃうと他の手段をやってみようという気になれないよな。
「ええ。武器が欲しいです。それで魔獣を狩って、売って、生活したいです」
それに、だ。この世界にはレベルがある。そう、戦うことで強くなれるんだ。なのに、それを行わないのは不味い気がする。
だから、俺は戦う。戦って、戦って、戦い抜いて、力を付ける。強くなる。この世界で生き抜くために戦う。俺は、もう、死にたくない。
「分かったのだ。では、さっそく武器を扱っているところに向かうのだ。私も、この武器を下取りに出したかったので丁度良かったのだ」
リンゴは、自身の背中に盾と一緒に背負っていた斧を指差す。って、え? 今、ちょっと聞き捨てにならないことを聞いたぞ。
「その斧、売るんですか?」
リンゴは頷く。
「扱えない武器を持っていても仕方ないのだからな。もう少し身の丈にあった武器にするのだ」
え、ええ!?
勿体ない気がする。いや、だってほら、立派な装飾も施されて、見るからに高そうで、凄そうな斧じゃあないか。きっと貴重な武器だよッ!
せ、せめて、売る前に鑑定だけでも、鑑定だけでも行いたい!
「では、行くのだ」
リンゴの案内で武器屋? へと向かう。
俺は、その途中でこっそりとリンゴが持っている斧を鑑定してみた。
「タマちゃん、その、その手をこちらにかざしているのは何なのだ?」
「き、気にしないでください」
ば、バレているような……い、いや、大丈夫だ。
そして鑑定結果が出る。
名前:真銀の斧退精霊
品質:高品位
錆びない金属である真銀で作られた斧。その刃は精霊界に属するものにも効果がある。
いやいや、これは何か凄い武器じゃないか。何で、このリンゴさんがこんな凄い武器を持っているのか分からないくらい、凄そうな説明なんだけど。
って、高……品位? 今まで疑問に思わなかったけど、よく考えたら、何で品質なのに品位なんだ? 位? これ、このタブレットの誤訳だろうか。まぁ、低級、中級、高級の誤訳だと思っておこう。
「リンゴ、えーっと、その武器を、斧を売るのは止めた方が……良い気がする」
「うん? 何故なのだ?」
「リンゴは精霊って分かる?」
リンゴが微妙に兜を傾げる。
「聞いたことはあるのだがな。森の妖精族などが扱う魔法が、精霊に力を借りるものだとか何とか……」
リンゴも良く分かっていないようだ。
……。
「とにかく、なんとなく、貴重な武器のような気がするんです」
「うむ。分かったのだ。これを扱えないのは私の技量不足。ならば扱えるようになれば良いだけなのだ。売らずに持っておくのだ」
リンゴは売るのを止めたようだ。
この斧はリンゴのものだ。売る売らないを決めるのはリンゴ自身だ。
でも、だ。
だから、こそ……リンゴが俺を信じて売るのを止めてくれたのは、少し嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます