013 犬頭

 木造の壁だ。ずらーっと木で作られた壁が並んでいる。端が見えないほどだから結構な大きさと長さだ。

 町を守るために、その町自体をぐるーっと囲っているのかもしれない。モンスター……えーっと、この世界だと魔獣か――その、魔獣という人を襲うような凶暴な奴らが住んでいる世界だもんな。守るための壁が必要か。

 でも、木の壁かぁ。あっさりと破壊されてさ、侵入されそうな気もするけど、大丈夫なのだろうか。


「それで、どうするのだ?」

 リンゴが聞いてくる。どうするとは?


 って、ああ。そうか。


 この獣耳と尻尾を隠すかどうかってことか。町の中には入らず、リンゴに全てを任せるって選択肢もあるんだろうけど……それはなぁ。どうしても人が住んでいる場所に行ってみたいという気持ちが強い。


 それに、だ。


 差別の少ない町だと言っていた。それならッ!

「このまま行きます」

「うむ。良いのだな?」

「はい。えーっと、差別が少ない町なんですよね?」

「ああ。表向きは、なのだがな」

 表向きは、か。それでも差別が少ないのならば、多分、大丈夫だろう。それは、つまり、だ。最低でも差別が悪いことだって理解している町だってことだからな。それに、だ。


 俺は、この獣耳と尻尾を隠したくない。それは、何だか、この元々の体の持ち主だった少女に悪い気がするんだ。


 否定はしたくないなぁ。


 そのまま歩き続けると木の壁へと続く道が見えてきた。道だ。その道の先を見れば、木の壁にくっついた建物と門があった。だが、人の姿を見ない。


 せっかくの道なのに誰も通っていない。

「人の姿を見ないですね」

「ああ。それは仕方ないのだ。この周辺の『遺跡』はあらかた探索し尽くされ、弱い魔獣ばかりで獲物として美味しい魔獣も生息していない。狩人は寄りつかぬのだよ。それに、この時間なのだ。行商人も通らないと思うのだ」


 ……。


 えーっと、アレか。大きな町に見えるが寂れているのか。寂れてしまっているのか。


 そんなことを話ながら道を歩く。門を目指す。


 門だ。ああ、門だ。木で作られた外へと開く形の門だ。今は外側へと大きく開かれている。


 そして、その門の近くには人が立っていた。リンゴに引き続いて二人目の人だ。


 ……って、ん?


 革製の鎧を着込み、手に槍を持って立っている門番風の人だ。暇そうに欠伸をしている。そう、人……だよな? 二本足で立っている。鎧を、服を身につけている。槍という武器を持っている。


 だが、その頭に問題があった。


 犬の頭が乗っかっている。そう、犬だ。人の体に犬の頭がくっついている。その犬頭が暇そうに大あくびをしている。


 獣人だ。見るからに獣人だ。いや、頭だけじゃない。槍を持った手なんか毛玉だ。肉球とかありそうな手だ。尻尾もあるぞ。膨らんだ犬の尻尾だ。


 獣人だッ!


 俺は自分の姿を見て、この世界の獣人は、てっきり普通の人の姿に獣耳や尻尾が付いているのだと思っていたが、こういう二本足で歩く犬みたいなタイプの獣人も居るのか。


 犬頭の獣人がこちらに気付いたようだ。鼻をヒクヒクと動かし、こちらを見る。

「騎士様、随分と早かったじゃないですか」

 犬頭がこちらを馬鹿にしたような顔でニヤニヤと笑っている。あー、異人種でも犬だと表情が良く分かるなぁ。


「台車を貸して欲しいのだがな」

「随分と匂いますが、奴隷でも雇ったのですかい?」

「台車を貸して欲しいのだがな!」

 リンゴが語気を強める。それを聞いた犬頭は肩を竦めていた。


「辺境銀貨でなら一枚ですよ。それと規則なんで証を確認しますぜ」

「分かっているのだ」

 リンゴが首筋から何かの首飾りを取り出す。四角い小さな金属の板が結びつけられた首飾りだ。そして、そのまま鎧の中に手を入れたかと思うと小さな袋を取り出した。その中から歪んだ銀色の塊を取り出し、犬頭に渡している。


「確かに。知っていると思うんですが説明しますぜ。台車は貸し出しなので壊したり、無くしたりしたら弁償として大陸金貨で三枚。逃げれば資格剥奪と罰則ですぜ」

 犬頭はニシシシと笑っている。何というか野良犬オーラが凄いなぁ。門番がこれで大丈夫なのだろうか。


「台車は詰め所横の小屋にありますぜ」

「分かったのだ」

 リンゴはそれだけ言うと、フンという感じで金属鎧を大きく鳴らしながら小屋の方へと向かう。俺も行くべきだろうか。

「タマちゃん、台車を取ってくるので、そこで待っているのだ」

 あ、はい。待っていれば良いのか。


 うーむ。


 リンゴの言う通り草狼の死骸を抱え持ったまま待つ。


 ……。


 待っている。


 ん?


 犬頭がこちらを見ている。何かニヤニヤと笑ってこちらを見ている。間抜け面だなぁ。

「何か?」

「うお。共通語が分かるのかよ。お前は、あの騎士くずれの荷物持ちか」

「いや、これは俺が倒した草狼……グラスウルフだが?」

 犬頭が大きく目を見開き驚いている。どうだ、凄いだろう?


「こいつぁ、驚きだ。共通語が分かるのも驚きだが、俺らが話しかけても普通に答えるとは随分と面白いヤツだな」

 ん? 草狼を倒したことに驚いていたワケじゃないのか。

「それが?」

「いんや、いんや。お嬢ちゃん、大物になるぜ」

 犬頭がニシシシと楽しそうに笑っている。何だろう、本当に野良犬みたいだ。むかつく面なのに憎めない感じだなぁ。


 そんな会話をしているとリンゴが木製の台車? を引っ張ってきた。大きな二つの車輪に持ち手が付いている。あー、これはリヤカーとか荷車ってヤツだな! 分かり易い形だ――って、これ、台車じゃなくて荷車だよなぁ。


「うん? タマちゃん、何か話をしていたのか?」

「いや、何でも無いよ」

「うむ。それではこれに、そのグラスウルフを乗せるのだ」

 なるほど。この荷車は、俺が抱え持っている草狼を乗せるために借りてくれたのか。いや、まぁ、ちょっと考えれば分かることだけどさ。別に普通に持っても運べそうだったから、うん。


 お言葉に甘えて荷車に抱えていた草狼の死骸を乗せる。えーっと、これのレンタル料が銀貨一枚だったか。それの価値がどれくらいなのか分からないけどさ、これ、元が取れるんだろうか。元が取れないなら借りるだけ損だよなぁ。


「それでは行くのだ」

 リンゴが荷車を引っ張って門へと進む。俺はその後ろを持ち、押していく。まぁ、抱え持っているよりは楽だよな。それに荷車へと寄りかかっているからか、とても歩きやすい。ふらふらしないぜ。


 門を抜け、町の中へと入る。


 そこは確かに町だった。


 道があり、数は少ないが人も歩いている。木や石で作られた建物が並んでいる。歩いている人の中には、先ほどの犬頭と同じような獣人、自分と同じくらいの――子どもくらいの背丈の二本足で歩く服を着た猫、普通に人らしい人、それに二本足で歩く蜥蜴なんて姿もあった。


 人だ。色々な人種が居るようだが、人だ。いかにも異世界って感じの異人種が普通に歩いているのは、ちょっと驚きの光景だ。


 荷車を押し、道を歩いて行く。これを持っていって換金してくれる場所があるのだろう。

「リンゴ、何処に向かっているんですか?」

「まずは換金のために組合に行くのだ。換金率は下がるが、直接やりとりできるツテもないので、そこは我慢して欲しいのだ」

 組合か。


 冒険者組合みたいなところなのだろうか。まぁ、それが何処でも換金してくれるなら問題無い。お金が手に入ったら、体を洗って、飯だな!

 たらふく美味しいものを食べよう。


 後は身に纏っているボロ布よりはまともな服とそれに武器か。


 いや、色々と楽しみだなぁ。

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