012 獣人

 草狼を抱え、ふらふらと歩き、リンゴが落とした武器を探す。草狼の死骸を積み上げて抱えているからか前が見にくい。それでも足元に注意しながら頑張って探す。


 しばらく周辺を探していると、それはすぐに見つかった。このリンゴさん、逃げ始めてから、あまり遠くへとは動いていなかったようだ。


「リンゴ、これですか!」

 他の場所を探していたリンゴを呼ぶ。


 落ちていたのは鈍く銀色に輝く斧だった。結構な大きさがある。今のちびっ子になった自分の上半身くらいの大きさはあるだろうか。確かに、これは重くて扱うのが難しそうだ。リンゴが扱えなかったというのも分からないでもない。


「おお、それだ」

 金属鎧をガシャガシャと言わせて歩いてきたリンゴが頷く。この斧で間違いなかったようだ。


 これが『遺跡』とやらから手に入れた『遺物』か。よく見れば、両刃になった刃の部分には装飾が施され、確かに『遺物』と言った雰囲気だ。うん、これは高そうだ。これを投げ捨てて逃げるとか、このリンゴさん……いや、俺の考えだと危ないのか? 大切に抱え込んで、それが原因で死んだら洒落にならないもんな。武器ならまた手に入れることが出来るかもしれない。命あってこそだ。そう考えれば、このリンゴさんの行動は良い判断だったのかもしれない。


 リンゴが可動部の少ない鎧で窮屈そうに身を屈め、斧を拾う。


 ……うん?


 割とあっさりと拾ったな。重くて扱えなかったのかと思ったが、そうでもないようだ。よく考えれば全身金属鎧でも動いているような人だ。そんな人が非力な訳がない。


 となると、扱えないってどういうことなのだろうか? 今まで斧を使ったことがなくて上手く使いこなせなかったとか、そういう感じなのだろうか。


「えーっと、武器も見つかったみたいですね。えーっと、申し訳ないですけど、人里までの案内、お願いします」

「うむ。任せるのだな」

 リンゴが斧と盾を持ち、普通に立っている。


 ……うーむ。その斧、出来れば鑑定してみたかったな。今は草狼の死骸を抱えているからタブレットを使って鑑定してみることも出来ない。後で頼んでみようかな。

 それに、だ。鑑定といえば気になることもある。もし、人を鑑定してみたら、どう表示されるのだろうか。このリンゴさん、この世界で初めて出会った生きている人だからな。気になるよなぁ。ただ、こっちはこっそりやらないと不味そうだ。さすがに、あなたを鑑定させてくださいって言うのは問題ある気がする。


「それで何処に向かうのでしょうか」

「うむ。はじまりの町だな。すぐ近くなのだ。聞き覚えは……うむ、無いのだろうな」

 リンゴがこちらを見ている。はじまりの町なんて名前に聞き覚えはない。『はじまり』なんて名前が付いているとゲームの序盤の町みたいな感じがするな。実際は何かが始まった場所とか起源って感じで名付けられているんだろうけどさ。


 にしても、近く、か。意外と町が近かった! 最初の時、引き返そうとせずに進むべきだったのか。人は空腹でも二、三日は歩けるはずだから……頑張っていれば町に辿り着けていたかもしれない。これも判断ミスだったよなぁ。


 まぁ、近くと言っても結構な距離がある可能性だってあるけどさ。田舎のお婆ちゃんが近くにお店があるよって言うから向かってみたら数十キロ先だった、みたいなこともあるしさ。そんな可能性は充分にあるッ!


 その後、はじまりの町とやらへ向かいながらリンゴと会話する。

「リンゴはレベルいくつくらいなんですか?」

「レベル? まだ鉄の階級に上がったくらいだから、駆け出しなのだがな」

 鉄の……階級? なんじゃ、そりゃ。もしかして冒険者組合みたいなのがあって、そこでの階級を言っているのか? 狩猟者ランクとかそんな感じでさ。


 うーん。

「ん? どうやら聞いているのはそのことではないのだな。ああ、うむ。もしかすると位階のことなのだな。それならば、最近は確認に行っていないが、二十くらいにはなっていると思うのだ」

 レベルが二十だとう。間抜けそうで弱そうな、全身に鎧を着込んでいるだけのリンゴが『20』なのか。意外とレベルって上がりやすいのか。


 むむむむ。


「タマちゃん、ふらついているようだが、本当に大丈夫なのだな? 無理せず、運ぶのはいくつかでも良いと思うのだがな」

「あー、はい。大丈夫です。ふらつくのは重いからではなく、死にかけた時の傷が原因だと思うので大丈夫です」

「分かったのだ。だが、無理な時は遠慮無く言うのだ」

「あ、はい」


 さて、と。他に何を聞こう。町に向かうまでに色々と情報を手に入れておくべきだし、このリンゴ、聞けば親切に答えてくれるようだ。聞けることは何でも聞かないと……。


 ああ、そうだ。

「リンゴは魔法って使えますか?」

 魔法がある世界みたいだからな。それに魔法はタブレットの項目に表示されている。使い方を聞いておくべきだ。

 だが、しかし、リンゴは首を横に振る。

「すまぬのだ。私は魔法が使えないのだ」

 使えないのか。まぁ、使えていれば草狼との戦いで使っていそうだもんな。これは仕方ない。

「えーっと、はじまりの町に行けば教えてくれそうな人とか、いますか?」

 再びリンゴが首を横に振る。


 ……居ないのか?


「はじまりの町にも魔法協会はあるのだ。だが、タマちゃんが魔法を扱うことは出来ないのだ」

 どういうことだ?

「えーっと、それは?」

「魔法を扱うには資質が重要なのだがな、タマちゃんは生まれ的に無理なのだ。記憶が無い故、分からぬと思うが、こればかりは頑張りなどで何とか出来るものではないのだ」

 へ?


 もしかして獣人って魔法が扱えない種族とか、そういう感じなのか。魔法が発動しなかったのもそれが理由か? うーん、これはちょっとがっかりだなぁ。せっかく魔法がある世界なのに、使えないなんて……。


「ああ。それで思い出したのだ! タマちゃん、その格好で町に入るのは不味いかもしれないのだ」

 えーっと、ああ、そうか。今、俺は血まみれでボロ布を巻いただけのような姿だ。リンゴに出会った時、リンゴが俺のことを逃亡奴隷だと勘違いした。この格好は不味いのかもしれない。


「えーっと、何処かで体を洗って綺麗な服に着替えた方が良いのでしょうか?」

 最悪、このリンゴに町から服を買って来て貰うしかないのか。まぁ、今、抱えている草狼がどれくらいのお金になるか分からないが、安い服が買えないほどではないだろう。これは仕方ないか。


 ……しかし、リンゴは首を横に振る。このリンゴさん、首を横に振ってばかりだな。草狼を抱え持っていて前方が見えにくくなっている俺のために、歩く速度を抑えて横に並んでまで首を振ってくれているのだから、かなりの演技派だ。何というか、芸が細かい。


「そのことまで忘れているのだな。いや、住んでいた村が村で知らなかったということもあるのだな」

 ん? どういうことだ?

「その耳と尻尾なのだ。はじまりの町は、その由来の通り差別が少ない町だが、それでも心ないものは居るのだ。出来れば隠すことをオススメするのだ」

 耳と尻尾?


「えーっと、獣人は差別対象ってことですか?」

 なるほど。その可能性は……考えていなかった。確かにあり得ることだ。


 しかし、リンゴは首を傾げている。

「ん? 獣人は差別されていないのだがな」

 ん?


 どういうこと?


 獣人は差別対象じゃない? え? でも、獣耳に尻尾って……? え、どういうこと?


「おお、町が見えてきたのだ」

 そんなことを話しているうちに町に辿り着いたようだ。


 大きな木造の壁が見えてくる。


 あれがはじまりの町なのだろう。


 やっと人が住んでいる場所に辿り着いた。もう、空腹で倒れそうだ。


 色々と不安なこともあるが、ついに町、だ。


 町だぞーッ!

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