011 林檎

 目の前の全身金属鎧に事情を話す。


 と言っても異世界から来たとか、一度、死んでしまったとか、そういうことは伝えない。伝えても信じて貰えないだろう。それどころか、正気を疑われるかもしれない。


 自分が村で目覚めたこと。

 自分以外の全ての村人が死んでしまっていたこと。

 記憶の一部が失われていること。


 そうだ。俺は記憶喪失のフリをすることにした。これでおかしな言動やおかしな行動を取ったり、色々、聞いてみたりしても、それは記憶喪失だからだと言い訳が出来る。

 我ながら上手い考えだと思う。ナイスアイディアだ。


 俺は殺されかけたショックで記憶がない可愛そうな獣人の少女なのだ。


 どうだ。完璧だろう?


「なるほど、様子がおかしかったのはそれでなのだな」

 全身金属鎧は分かってくれたようだ。うんうんと何度も頷いてくれている。

「あー、はい。そうです」

 我ながら、少し――いや、かなり白々しい。だが、一部は本当だ。


 それで、だ。


 どうしよう。


 聞きたいことが多すぎる。それに、いや、そうだ。まずは町だ。人里だ。そこへと向かいながら色々と聞きだそう。そうだ、そうしよう。


「あー、あのー、それで……」

 と、そこで自分のお腹がきゅぅと鳴く。そういえば空腹だった。まともなものを食べていない。食べたのは――あの家畜の餌くらいだった。

「すいません。まともなものを食べていないので……」

「なるほど。しかし、私も食料は持っていないのだ。あのグラスウルフに襲われた時に落としてしまったのだからな」

 全身金属鎧が鎧をガチャガチャと震わせながら笑っている。いや、笑っている場合じゃないだろう。大丈夫か、この人。


「あー、えーっと……」

「大丈夫だ。この、君が倒したグラスウルフを売れば昼食代くらいにはなるのだ。その手続きくらいは任せて欲しいのだからな」

 そこは昼食をおごってくれるじゃないんだ……って、ん?


 お、おおー!


 いやいや、これは重要な情報だぞ。つまり、この草狼は売れるってことだよな。モンスターの死骸を売ることが出来るんだ! しかも売るということはお金があるということ。通貨のある世界だ! それに、だ。この全身金属鎧の口ぶりからすると町は近いぞ。

 何とかなりそうだッ!


 運が向いてきたぞッ!


「お、お、おっ! 案内を頼んでもよろしいか」

「うむ。私に任せるのだな」

 全身金属鎧が鎧を軋ませながら動く。手に持っていた盾を地面に叩きつけ、それを支えにして立ち上がる。可動部分の少ない金属の鎧で器用なものだ。


 にしても盾、か。この全身金属鎧さんは何で盾だけ持って、こんな場所に居たんだろうな。倒す手段が無いから、草狼の集団に襲われて大変なことになっていたじゃないか。


 ……聞いてみれば分かるか。


「えーっと、あの、あなたは、なんで……」

「ああ。私の名前だな。私はリンゴなのだ。ただのリンゴと呼んで欲しいのだ」

 全身金属鎧がガシャガシャと金属の鎧を鳴らしながら胸を叩く。こちらが聞く前に答えている。しかも、何を勘違いしたのか名乗りを上げている。しかもッ! 何処か自慢気だ。


 リンゴさん、か。何というか変な名前だな。これも翻訳による結果なのだろうか。本当にこれであっているのだろうか? 自力で言語を習得したワケではなく、スキルを上昇させてポンと獲得したものだからか、少しだけ不安が残る。


 ……あまりスキルに頼らない方が良いのかもしれない。


「えーっと、そのリンゴさんは何で、ここに居たんですか?」

「君よ、リンゴで良いのだ。私はただのリンゴなのだからな!」

 ……。


 えーっと、これは俺も名乗った方が良いのだろうか。


 でも、どう名乗る? 本名を伝える? それこそ、こんな異世界では違和感しかない名前だ。いや、名前でリンゴなんてあるくらいだから、そうでもないのか?

 それに、だ。今は獣人の少女の体だからな。それにあった名前の方が良いかもしれない。


 となれば……。


 獣耳に尻尾か。


 猫ぽいよなぁ。まぁ、猫にしては尻尾の毛が多すぎる気もするけどさ。


 猫、猫か。


「えーっと、俺はタマだ。よろしく」

 猫のタマちゃんだ。


 いやまぁ、冗談みたいな名前だが、偽名を名乗るなら、これくらいが丁度良いだろう。相手が信じないくらいの名前で良いのさ。


「なんと! いや、うーむ。すまぬのだ。君のことを、いや、タマちゃんのことを軽く見ていたようだな」

 何故か全身金属鎧が驚いている。えーっと、もしかして名乗ったことに問題が? 何かあるのか?

「えーっと、名前に何か……」

「いや、記憶を無くしながらも名前を覚えていたことに驚いただけなのだがな」

 ……。


 あー、そういえば記憶がない設定だった。


「あ、はい。えーっと、名前だけは覚えていたんです。いや、違う。た、多分、これが自分の名前かなぁっと思っただけです、はい」

 誤魔化そう。有能な俺はしっかりと誤魔化すのだ。


 ……。


 ……。


 誤魔化せた……よな?


「それでリンゴは、何故、こんな場所に?」

「あー、うむ。それがだな……正直に答えるのだがな。遺跡から手に入れた遺物だと思われる武器で試し切りをしようと弱そうな魔獣の居るこの地に来たのだがな。今の私ではまだ扱いきれなかったようでな、この程度の弱き魔獣には後れを取ることは無いと思っていたのだがな、思っていたよりも数が多くてな、しかも予想以上に凶暴でな、うむ、あー、まぁ、そういうわけなのだ」

 何だか、このリンゴさん、駄目な人のような気がする。


 いや、まぁ、でもさ、気になる単語は出てきたな。『遺跡』に『遺物』か。その武器とやらが気になるな。

「えーっと、それで、その武器はどうしたのでしょう」

「あー、うむ。扱いきれず……その、な。逃げるのに必死だったのだ」

 落としたかぁ。落としちゃったかぁ。本当に駄目な人ぽいなぁ。


「えーっと、落としたのは近くですか? 拾いに行きましょう」

「あ、ああ。うむ。それは有り難いのだが、この魔獣はどうするのだ?」

「持っていきます」

 お金になるんだろう? 捨てるワケがないッ!


 その後、血まみれになりながら草狼の死骸を集めた。ふらふらになりながらも十匹近い草狼の死骸を抱え持つ。ふらふらなのは重いからじゃない。この体が歩くことに慣れていないから、だッ!

 ホント、力だけはあるんだよなぁ。


「さあ、行きましょう!」

「う、うむ。本当に大丈夫なのだな? 無理に全ての死骸を運ばなくても、魔石を運ぶだけでも小銭にはなるのだがな」

「大丈夫です」


 さあ、出発だ。今の俺には何も無い。ならば、売ってお金になるものは重要だ。お金は重要だ。


 これくらい余裕だ!

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