010 会話
さて、どうしよう。
目の前の全身金属鎧は今もこちらに話しかけてきている。身振り手振りを交え、何かを伝えようとしている。時々、喋るのを止め、首を傾げ、また話しかけてくる。
だが、言葉が分からない。
獣人語なんてある世界なんだ。異世界の言語で当然か。
……。
……ん?
獣人語?
そういえば獣人語はタブレットのスキルの欄に表示されていた。そうだよ。
言葉もスキルの扱いだ。
このタブレットを使えば言葉が覚えられるんじゃないか! 何で思いつかなかった! 馬鹿か俺は!
早速タブレットを見る。
レベル5
称号:ノービス・ごっこ勇者
クラス:無し
BP:5
スキル:共通語0
辺境語0
獣人語0
剣技0
魔法:草2
・サモンヴァイン0
・グロウ0
お、レベルが五に上がっている。あれだけ倒したのに、一しか増えていないのか。これは先が長そうだ。
じゃなくてッ!
共通語に辺境語が増えている! もしかして、この全身金属鎧が、時々、喋るのを止めて考え込んでいたのは、言語を変えていたから、か? 俺が分かる言葉がないかと色々な言語で話しかけていたのか?
……。
決めよう。
今、決めよう。
これは言語スキルを上げるべきだ。せっかく出会った人を逃すワケには行かない! これは俺の生命線だ。
となると、どの言語を伸ばすか、だ。
まず獣人語は除外だ。獣人語は獣人が使う言語だと思うが、この全身金属鎧が獣人だとは思えない。鎧を着込んでいるから分からないが……多分、違うよな? それに、だ。俺が甦った、あの村は人里離れた隠れ里のような感じだった。そこで使われていた言葉だろう? どう考えてもメジャーな言語じゃない。
となると、だ。
選ぶべきは共通語か辺境語。それなら、もう共通語しかないだろう。だって、共通だぜ、共通。何処でも使える言葉だから共通語だろう。
となれば、共通語に振るべきだ。
タブレットの共通語の項目部分を触る。これで大丈夫か?
……。
どうだ!?
タブレットの共通語の項目がポンと『1』に変わった。もちろんBPが一つ減っている。
さあ、これでどうなる?
……。
しかし、目の前の全身金属鎧の言葉は分からなかった。
あ、あれぇッ?
いや、待て待て、もしかして、たまたま、今だけ、他の言語で喋っているのかもしれない。この全身金属鎧はいくつかの言語を操れるようだ。その可能性はある。
となればッ!
「あ、あのう……」
話しかけてみる。
すると全身金属鎧が反応した。何やらポンと手を叩いている。この動作の意味くらい――言葉が分からなくても分かる。
「おー、共通、語る、分かれ、逃げ、奴隷、意味、どう?」
全身金属鎧の言葉。兜を通したくぐもった声だが、その言葉が分かる。分かるようになったぞ! 劇的だ。このタブレット、凄い性能だ! 一瞬にして言語を習得した……のか? いやいや、それよりも、だ。た、確かに、分かる言葉に変わった。変わったよ。だが、その意味が分からない。
もしかして共通語のレベルが低いから、なのか……。
えーい、仕方ない!
共通語のレベルを『2』に上げてみる。BPが勿体ない気もするが仕方ない。
「すみません、もう一度お願いします」
言葉が通じることを祈って話しかけてみる。今の俺は共通語を喋っているはずだ。
「む? 聞き取れ? 言葉は分かる? 一度? 再び?」
駄目だ。
『2』に上げても分からない。いや、『1』の頃よりは理解出来るようにはなったけどさ。まだ片言だ。キツい方言を聞いているような、そんな感じだ。
えーい、仕方ないッ!
共通語のレベルを『3』に上げる。これだけでBPを三つも消費したぞ。なかなかレベルが上がらないことから考えても、BPは凄く貴重だろうにッ! いや、これを操作するだけで言葉が習得できることを考えたら破格の性能なのだろうが、それでも、だ。
「もう一度、喋って貰えませんか?」
話しかける。俺は、今、共通語で話しかけているはずだ。
「何だ。普通に喋れるのだな」
全身金属鎧の言葉が分かる。やっと分かる言葉になった。
……。
今、普通に喋れるようになりました。今なんです、今。
にしても『3』で普通かぁ。『0』が習得できるようになったという状態で、『1』で使えるようになっただけ、『2』で少し習熟、『3』で普通って感じだろうか。こうなってくると、もしかして、このスキルの上限ってヤツは低いのかもしれない。『5』か『10』くらいで最大になりそうな気がする。
いや、今は、それよりも、だ。
会話だ、会話。
やっと会話が出来る人に出会ったんだ。情報を、それに食べ物や水、いやいや、まずは人里にッ!
……そういえば、さっき気になる単語が出ていたよな。奴隷?
奴隷?
「えーっと、そのー」
こちらが話しかけようとすると、全身金属鎧はうんうんと頷き、それに待ったをかけた。
「言葉が分かるなら教えて欲しいのだがな。その姿……逃亡奴隷なのか? 悪いようにしないのだ。正直に教えて欲しいのだがな」
……。
えーっと、逃亡奴隷?
ああ、そうだよ!
今の俺の格好ってボロ布を巻いただけ。しかも、そのボロ布は血まみれだ。体も細々でげっそりと痩せこけている。
こ、これは不味い。
いくら、違うと言っても信じて貰えないかもしれない。逃亡奴隷の扱いを受けたらどうなる? ろくなことにならない気がする。
ああ、もう!
せっかく人と出会ったのに!
この世界は奴隷制度がある世界なのかよ! いや、まぁ、確かに文明は発達してなさそうだったけどさ。
どうする、どう答える?
奴隷じゃないと否定して信じて貰えるか?
……。
「あー、えーっと、その……」
返答に困っていると全身金属鎧が動いた。ポンといった感じで軽く膝を叩く。その軽い動作とは裏腹に金属の鎧はガシャンと大きな音を立てて鳴り響いていた。
そして、全身金属鎧は、そのままドサリとあぐらをかいて座り込んだ。重そうな鎧だ。座り込んで立ち上がることが出来るのだろうか? 要らないことを心配してしまう。
「その姿――それに、この辺境の地では珍しい、大陸の共通語を使っているのだ。何か訳ありなのは分かるのだがな。話してみてはどうなのだ?」
全身金属鎧からは相変わらずくぐもった声が聞こえる。少し高めの声だ。もしかすると中に入っている人は意外と若いのかもしれない。
いやいや、それよりも、だ。
あー、えーっと、辺境?
辺境?
辺境だと!
そっちが正解だったのかよ!
こ、この全身金属鎧ッ! 無駄に色々な言語で話しかけてきてるんじゃあないよ。失敗した! 失敗したぞ。
すでにBPは三も使ってしまっている。残りは二だ。今から辺境語に振り分けても片言にしかならない。それに、だ。これ以上、言語にBPは振り分けたくない。
あー、もう。
どうする、どうすれば!?
仕方ない。
ああ、そうだ。これ以上は考えても仕方ない――ある程度、誤魔化しながら事情を説明するか。
こうやって、わざわざ、重い金属鎧を着ているのに座って、こちらに敵意がない姿を見せながら話しかけてきているんだ。悪い奴じゃないはずだ。
信じてみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます