009 鎧姿

 体が小さいことを活かし、背の低い草に隠れ、這いながら進む。立って歩くよりも這って進んだ方が早いのはなんとも言えない気持ちになる。しかし、今は仕方ない。


 のしのし、よいしょ、よいしょっと。


 草狼に食いつかれた鎧の歩みは遅い。簡単に追いつけそうだ。最初はゲームでふぁんたじーな世界ぽく鎧姿のモンスターかと思ったが、どうやら中に人が入っているようだ。


 あれは中に人が入っている動きだ。にしても遅い。子どもに抱きつかれ、それを振り払いながら動いているような遅さだ。あれでは逃げ切れないだろう。


 ……遅いのも当然か。金属製の全身鎧を着て走るなんて難しいに決まっている。


 金属鎧が体を振り回し、噛みついている草狼を振り落とそうとしている。だが、上手くいっていないようだ。金属鎧が手に持った盾を草狼に叩きつけ、何とか振りほどく。だが、すぐに次の草狼に噛みつかれている。相手の数が多すぎる。


 って、盾?


 ……盾。そう、盾だ。


 金属鎧は大きな盾を持っている。腕を全て覆うほどの大きさの盾。だが、それ以外には何も持っていない。武器を持っていない。盾が武器代わりなのか? それにしては随分とお粗末な動きだ。盾としてはもちろん、武器としても活用せず、ただの鉄の板のように扱っている。


 改めて思う。


 この鎧、モンスターではないだろう。人だ。この世界に来て初めて出会った人だ。初めて出会った生きている人だ。


 ……助けるべきだろう。助けに入って恩を売るべきだ。


 これが人と人が戦っている状況だったら、考えるところだったけれど、これは違う。今回は違う。動きの鈍い金属鎧が一方的に襲われている状況だ。


 背の低い草に隠れ、近寄る。まだ気付かれていない。草狼たちは金属鎧に夢中だ。


 そろり、そろり。


 そして、金属鎧に噛みついてた草狼をスキで貫く。一撃。そのままスキを振り回し、金属鎧に噛みついていた草狼の一匹をはぎ取る。だが、その一撃によって草狼に気付かれたようだ。

 他の草狼たちがこちらへと向き直る。


 数は、四、五、六……沢山!


 金属鎧に噛みついていた草狼もこちらの方が与しやすいと思ったのか、こちらへと襲いかかってくる。


 草狼の集団が迫る!


 俺は慌てず、すぐにクワを斜め下から横へと振り回す。


 ホームラン!


 何匹かの草狼が吹き飛ぶ。こんな細腕の何処にこれだけの力が秘められていたのだろうかという勢いで草狼が吹き飛ぶ。歯が欠けたクワでも、刺さり肉片が飛び散っているのだから、恐ろしい。


 そのまま這って進み、スキで草狼を貫く。数が多いからか、適当に突くだけで、草狼を貫ける。スキで、突いて、突いて、クワを振り回し牽制する。


 途中、金属鎧の方を見る。俺が頑張っている間に何をしているのだろうかと思えば、何もせず、ぼーっと突っ立っていた。こちらは助けるために参戦したんだから、少しは手伝ってほしいものだ。その金属鎧や盾は飾りか。飾りなのかッ!


 何度もフォークのようなスキで草狼を貫いていると、突きが弾かれるようになった。いや、草狼を弾き飛ばしてはいる。だが、刺さらない。よく見れば先端の尖った場所に草狼の死体が挟まり、その部分が見えなくなっていた。


 貫きすぎた、か?


 さらに不幸なことが起こる。その尖った部分が見えない状態で無理矢理突いていたからか、それとも元々の限界が来たのか、スキが折れてしまう。手元に残ったのは折れた木の柄部分だけ。こんなものは役に立たない。


 こんなものっ!


 投げ捨てる。


 ひょいっとなっ!


 投げ捨てた木の枝の折れた部分が偶然にも草狼の脳天に刺さる。草狼は、そのままコテンと倒れる。あ、死んだ。今の俺はとても運が良いようだ。


 この草狼たち、思っていたよりも弱い。手応えがない。これならスキが無くても何とかなるだろう。もしかすると夜行性の草狼が昼に動いているため、弱体化しているのかもしれない。


 スキが無くなったので、後はぶんぶんとクワを振り回すだけだ。寄ってきた草狼たちが面白いように吹き飛ぶ。本当に弱い。夜の草狼と比べれば雑魚過ぎる。動きが遅い。飛びかかってきたのを見てからクワを振り回しても充分に間に合う。


 ただただ、無心に振り回す。歩くのも難しい自分では軽快に動くことも出来ない。その場で、こんなことをするしか出来ない。座り込み、その場でクワを振り回す。


 金属鎧は動かない。もう噛みついていた草狼は居なくなっている。逃げるでも無く、こちらを見ている。


 そして、ついに草狼たちが逃げ出した。こちらに襲いかかるデメリットを理解したのだろう。


 ふぅ、終わったか。


 この草狼、集団で襲いかかってくるのは脅威だが、一匹一匹はそれほど強くない。昼間に襲ってくるのはさらに弱いようだ。これなら確実に一匹一匹を仕留めていけば――何とかなる。


 まぁ、そうは言っても、手持ちの武器が歯の欠けたクワだけになってしまったのは、かなり危険かもしれない。


 だが、その代わりに!


 人と出会った。人だ。人が居るということは近くに町があるはずだ。この全身金属鎧が問題のある人物でも、関わるとヤバい人物だったとしても、何とかなるはずだ!


 金属鎧の方へと振り返る。こちらはしゃがんだままなので見上げるような状況だ。改めて全身金属鎧を見る。随分とずんぐりむっくりな体型の全身鎧だ。ガチャガチャと金属がぶつかり合うような音がしているので、金属製なのは間違いないだろう。

 この金属鎧さん、あまり背は高くない。さすがにちびっ子になった自分よりは背が高い。だが、それでもちょっと背の高い子どもくらいでしかない。それがずんぐりむっくりに見えている理由だろう。


「あー、えーっと」

 とりあえず友好的に話しかけてみる。いきなり襲いかかってくる――ことは無いだろう。草狼に襲われていたところを助けたばかりだしね。


 ……。


 全身金属鎧が動く。


 そして、何かを喋った。頭全体を覆っている兜のバイザー部分の隙間から呼吸音とともにくぐもった声が聞こえる。声は少し高く、少年のようにも女性のようにも聞こえる。


 ……。


 そして、気付く。


 何を言っているか分からない!


 金属鎧は何かを言っている。言葉を喋っているのは間違いない。威嚇音だとか呼吸音だとでは無い、明確な意思を伴った言葉だ。身振り手振りでもこちらに何かを伝えようとしている。


 だが、言葉は――それは全く聞いたことの無い言語だった。


 考えていなかった。


 予想外だった。


 当たり前に言葉が分かって、言葉が通じると思っていた。


 これは――困った。

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