008 黄金
血まみれのボロ布に包まり朝まで待つ。追加の草狼は現れないようだ。
陽が昇り始めたので、そこらの雑草を適当に摘まむ。草の茎を舐め、囓り、夜の間に付着していた露などから水分を補給する。
……苦い。
せっかくタブレットが手元に戻ってきたんだから、鑑定してから囓ってみれば良かった。もし毒でもあったら……ああ、不注意だ。
そうだ、鑑定だ。
手持ちの干からびた芋のようなものを鑑定してみることにした。これも残りわずかだ。水があれば、鍋があれば、火がおこせれば――色々と思うところはある。それに火がおこせれば俺の目の前で異臭を放っている草狼の死体も焼いて食べることが出来る……はずだ。
サバイバル知識の無い俺には火を起こすことなんて出来ない。こう、こすって摩擦で火を起こすみたいな感じなのは知っているが、それを実際にどうやれば良いかが分からない。無理だ。
あー、火魔法でも使えれば、なぁ。燃やすことが出来るものは周囲にいっぱいあるのにさ。
そんなことを考えているうちに鑑定が終わった。
名前:アピス芋乾燥
品質:低品位
主に家畜の餌として育成されている芋。干からびている。
あ、あう。
か、家畜の餌だとおぅ。お、おう。俺は家畜の餌を食べていたのか。そういえば、あの村には、他に食べられそうな物は残っていなかった。これ、干からびていたから残っていたのかと思ったが、家畜の餌だから残っていたのか。でも、あの村に家畜の姿は見えなかった。
……。
家畜は逃げたか盗まれた、か。食料は盗まれたんだろう。そういうこと……か。
ああ、一気にこれを食べる気分じゃなくなってきた。そうは言っても他に食べ物はないし……ああ、もう。
干からびて硬くなっているアピス芋とやらを囓る。美味くない。当然だ。家畜の餌だもんな。人が食べるのに向いていないから、家畜の餌にしているんだろうしな。でも、家畜が食べているのなら、毒じゃないはずだ。それに、すでに俺は何個か食べている。これから、食べる数が一個、二個増えたところで……今更だ。
囓る、囓る、囓る。丈夫過ぎる歯でかみ砕き、食べる。
はぁ、早くまともな食事にありつきたい。
と、そこでお腹に異変を覚える。傷が痛むワケじゃない。
これは……もよおしてきた!
う、嘘だろう。
こ、こ、こ、こ、この体だぞ。た、確かに、今まで起きなかったのが不思議なくらいだ。生理現象だ。今までは緊張していてそれどころじゃなかったからか? あの草狼たちを倒して張り詰めていたものが無くなったからか? でも、だ。
……。
……。
……。
……ふぅ。
そして、俺は一線を越える。
越えてしまった。
身に纏っていたぼろ布を切り裂き、その布で拭いていると何とも言えない、ぐんにゃりとした気分になってくる。
……は、う。
いや、駄目だ。俺は慣れるべきだ。これに慣れるべきだ。この体と付き合っていくなら、慣れないと駄目だ。
が、頑張ろう。
気分を落ち着かせた後、移動を開始する。昼まで眠るにしても、目の前に異臭を放っている草狼の死体が残っているような場所では無理だ。それに、だ。この死体が、他の何かを呼び寄せてしまうかもしれない。
草原を移動し、周囲に何も居なさそうな、そんな手頃な場所を探す。そして、それはすぐに見つかった。この草原は比較的安全な場所なのだろう――夜以外は。
俺はそのまま横になる。ゴツゴツとした地面が少し痛い。それでも眠る。
……。
目が覚めた時には日が傾いていた。
……。
……寝過ぎた!
ここには目覚まし時計もないのだから、仕方ないのかもしれない。だが、寝過ごした!
慌てて飛び起き、動く。眠っている間にモンスターどもに襲われた様子は無い。それは良かった。しかし、寝過ぎたのは不味い。夜になれば、また、あの草狼たちが現れる。いくら倒すことが出来たと言っても、油断は禁物だ。それに、今の俺の手持ちの武器は歯が欠けたようなクワといつ折れてもおかしくないスキだ。農具だ。いつまで戦えるか分からない。
ああ、もう。
とにかく移動を開始する。
目的地は……不明だ。出来れば水があるところに移動したい。この血まみれでカピカピになったボロ布を洗いたい。体も洗いたい。それに、だ。水があるところなら人も住んでいるはず――はず、だ。
水、水だ。
塔は見えている。塔に向かうべきだろうか。見えている塔は、どう考えても人工物だ。それなら、誰かいるかもしれない。
でも、塔だよな。
うーん。
塔って言うと、俺のイメージからするとモンスターの巣窟だったり、盗賊が巣くっていたり、と、そんな印象しかない。今の状況で近寄るのは危険な気がする。
人里が、町が、ああ……。
とにかく歩く。
ふらふらと左右に揺れながら、倒れそうになりながら歩く。移動する。目印になる塔があるから、同じ場所をくるくる回っているということは無いはずだ。
歩く。
寒天や鹿角ウサギを耕しながら歩く。不思議と草狼に出会わない。生息エリアを外れたのだろうか。と言っても油断は出来ない。夜の間も移動し、朝から昼まで眠る。そして歩く。
そんなことを繰り返し、移動を開始してから四日ほどが経ち、手持ちのアピス芋が尽きたところで、俺はそれに出会った。
「鎧が……歩いている」
鎧がガシャガシャとここまで聞こえてくるほどの大音を立てながら動いている。鎧までの距離は――まだかなり離れている。
新手のモンスターか?
いや、よく見れば、その鎧を追いかけているものがあった。草狼たちだ。まだ夜じゃないのに、草狼たちが鎧を追いかけている。その草狼の何匹かは鎧に齧り付いている。鎧は齧り付いた草狼をくっつけたまま逃げるように動いている。
襲われているのか?
俺はその場に伏せ、体を隠す。
さあ、どうする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます