006 ここから、はじまる
歩く。
ふらふらと歩く。
歩くのが辛い。困難だ。それでも歩く。
歩くのを困難にしているのが尻尾だ。この良く分からない尻尾だ。これが右に左に、自分の意思を無視して動く。その度に体が振られて転けそうになってしまう。尻尾があっても邪魔にしかならない。苛々して引きちぎりたくなってくる。それでも我慢して、尻尾を意識的に動かせられるように集中して、そちらに意識を割きながら、ふらふらと歩く。
他の人が見れば千鳥足でふらふらと遊んでいるようにしか見えないだろう。まるで酔っ払いだ。本人は額から汗が流れ落ちそうなほど必死なのに!
犬や猫のような四つ足の獣と同じく四つん這いになった方が機敏に動けるかもしれない。それは分かる。それでも、俺は、二本の足で立って歩く。今は難しくても慣れるはずだ。
これは練習だ。
楽な方に流れるのは不味い気がする。もう一度死ぬのはごめんだ。あんな痛い思いはしたくない。
歩く。
歩く。
時々、干からびた芋のようなものを囓る。ぼそぼそとして美味いものじゃない。それでも囓る。干からびて硬くなった芋のようなものを牙の生えた丈夫な歯で噛み千切り、食べる。
喉が渇きそうだ。
水……。
そうだ、水だ。
ここは草原だ。草が生えているということは、何処かに水があるはずだ。それとも雨が多い地域なのだろうか。
適当に茎の長い草を千切り、そのまま茎を口に咥える。ちゅうちゅうと吸えば、少しだけ渇きが癒された。草はしっかりと水を蓄えているようだ。
うーん、水源を探した方が良いのだろうか。村があったくらいだから、なにがしかの手段があったはずだ。
まぁ、でも、それは後回しだ。
まずは自分を探そう。
自分探し、か。まぁ、探しているのは自分の死体なワケだけどさ。はぁ、嫌だなぁ。これで本当に自分の死体があったら……。
目の前に食いちぎられボロボロになった自分の死体があったら……。
それを見てしまうと、もう後戻りが出来ない気がする。いや、こんな少女の体になっている時点で、もう後戻りは出来ない、か。
歩く。
ふらふらと歩く。胸の傷は痛むが我慢できないほどじゃない。
自分が殺された場所を目指し歩く。
時々、例の寒天を見かける。やはりぶよぶよと草を食べながら蠢いているようだ。歩きながら適当にクワで叩いてみれば、寒天はぐちゃりと簡単に砕け散る。雑魚だ。
夜になり、それでも歩く。
すると少し遠くに犬のような四つ足の獣が見えた。もしかすると狼なのかもしれない。昼には姿を見かけなかったので夜行性なのだろう。こちらには、まだ気付いていないようだ。だからと言って、ふらふらと歩いて近づけば気付かれてしまうだけだろう。
草の間へと伏せ、ゆっくりと近寄る。細く伸びた背の低い草が鼻腔をくすぐる。青い草の匂いだ。
向こうはこちらに気付いていない。
伏せて何処かぼんやりと遠くを見ている狼もどき。その背後から思いっきりクワを叩きつける。狼もどきの頭が砕け、血と肉片が飛び散る。一撃だ。生きていないだろう。
飛び散った血によって体に巻き付けただけのボロ布が紅く染まる。
血の……嫌な臭い。だが、倒せた。倒せたんだ。
周囲を確認する。他に狼もどきは居ないようだ。
この狼もどきが俺を襲った奴らなのだろう。今回はたまたまこちらに気付いていない一匹だけだったが、これが複数だったら……。
手に持ったスキを握る。その時は、こちらの出番だ。
倒す。倒してやる。
夜の闇を歩く。疲れたなんて言ってられない。
喉が渇いたら……今度は、この狼もどきの血を飲んでやろう。野性的に、やってやる。
そして陽が昇る。
陽が昇ったところで座り込み、休む。夜の間、歩き続けたからか、それとも気を張り続けていたからか、体が疲れ切っている。
周囲の安全を確認し、少しだけ眠る。
……夢は見ない。
すぐに目覚める。どれだけ眠ったか分からないが、太陽が真上にあるのだから、あまり眠っていないだろう。
体が重く、筋肉痛にでもなったかのようにビキビキと痛む。
少しだけの空腹感と喉の渇きを覚え、そこら辺の雑草をむしり食べる。
もしゃもしゃ。
もぐもぐ。
吐きそうなほどの苦みと苦痛を覚えるほど青臭い匂い。それでも我慢して飲み込む。ゲホゲホと咳き込むが、喉の渇きは――うん、少しは癒えた。
大丈夫だ。動ける。頑張れる。
ゆっくりと立ち上がり、歩く。
ふらふらと歩く。
目指す場所はもうすぐのはずだ。
……。
そして、多分、この辺りだろうという場所に辿り着く。周囲の景色になんとなく見覚えがある。
探していた自分の死体は……無かった。
あのタブレットのようなものも落ちていない。太陽が昇っているからか、狼もどきの姿は見えない。
雨で流されてしまったのか血の跡も残っていない。だが、ほんのりと血の臭いが残っている。懐かしい血の臭い。それが、ここで間違いないと俺に告げている。
ここで座り込み、待つ。
夜を待つ。
動かない。俺は動かない。動かず体力を温存する。それに、だ。歩けば、すぐふらふらになってしまうような自分が動き回るのは難しい。
待ち構えるべきだ。
同じ場所に同じようにやって来るとは限らない。それは分かっている。だけど――予感があった。
俺を襲った、あのモンスターどもはまたやって来るはずだ。
きっとやって来るはずだ。
そして、陽が落ちる。
暗闇。
だが、狼もどきたちの姿は見えない。奴らの巣はこの近くではないのだろう。陽が落ちてから動き出したとして……いや、考えても仕方ない。待つだけだ。
暗闇の中、しばらく待ち続けると、遠くの草むらが動いているのが見えた。何かの集団が集まって動いている。
……。
現れた!
クワとスキを持ち、待ち構える。
向こうもこちらに気付いたようだ。うぅうぅと低い唸り声を発しながら、こちらへと近づいてきている。数は、七か、八……くらいだろうか。
倒せるか? いや倒してやる。
奴らの低い唸り声が大きくなった。その唸り声に怒りの気配が混じている。
……。
ああ、そうか、俺の体にこびりついた仲間の返り血に気付いたのか。
怒り――そうだ、怒りだ。お前たちが怒っているように、俺も怒っている。今! 俺を! 突き動かしているのは怒りだ。
俺の中の怒りがこんな無謀なことをさせている。無謀だと分かっていても、俺は、お前たちを倒さないと前に進めない。
だから、戦う。
集団の中から一匹が離れ、こちらへと迫る。偵察か、様子見か。
そのまま飛びかかってきた狼もどきの頭へとクワを叩き下ろす。狙い違わず、狼もどきの頭にクワが刺さった。そのまま地面へ叩きつける。俺の体はガリガリで、腕も細いのに、何処からこれほどの力が溢れてくるのだろうかという怪力で狼もどきの頭が砕け散る。
まずは一匹、だ。
「これでもなぁ、俺は! 反射には自信があるんだよ。かかってきな!」
叫ぶ。
狼もどきたちが吼え、こちらへと襲いかかってくる。迫る狼もどきをフォークのようなスキで牽制し、それでも抜けてきた相手をクワで叩き潰す。
見えていれば対応出来る、反応できる。あの時だって、暗闇でなければ、見えてさえいれば、何とかなったはずだ。
勝てる。
俺は勝つ。
こいつら全て耕してやる。
何匹か叩き潰していると狼もどきたちが飛びかかってこなくなった。遠巻きにこちらを見て唸り声を上げている。
「ああん! どうした、どうした!」
叫び、威嚇する。
すると、奥から他の個体よりも少しだけ体の大きな狼もどきが現れた。もしかすると、この集団のリーダー的存在なのかもしれない。
兄貴分狼か。
その兄貴分狼がこちらへと駆けてくる。
……早い。
すぐさまフォークのようなスキで突く。だが、兄貴分狼は走ったまま横にステップし、その突きを躱す。
クワの叩きつけは……間に合わない。スキと同じようにクワで突き、兄貴分狼を牽制する。これはさすがに走ったまま回避出来なかったのか、兄貴分狼は体勢を崩し、転ける。だが、転がり、すぐに立ち上がる。
他の個体よりも動きが機敏だ。だが、反応できない速度じゃない。
奴が転がったことで、再び、間合いが開いた。と言っても、向こうが飛びかかってくれば届く程度の距離でしかない。
またも兄貴分狼がこちらへと迫る。
すぐに間合いを詰められる。
その兄貴分狼を目指しクワを突き出す。だが、それはあっさりと横ステップで回避されてしまう。先ほどと同じだ。その勢いのまま兄貴分狼が飛びかかってくる。
そう、飛びかかってきた。
だから、俺は――もう片方の手を伸ばした。
その手に握られているのはフォークのようなスキ。叩きつけるよりも突く方が、動きは早い。そして、相手は空中だ。躱すことが出来ない、身動きの取れない空中だ!
俺の方が……早いッ!
スキを握った手に、重く、激しい衝撃が伝わる。
フォークのようなスキが、大きく口を開けた狼もどきを、その大きな口を斬り裂きながら貫いていた。
フォークは口から体へと刺さり貫き、斬り裂いている。
一撃だ。
これで生きているはずがない。
兄貴分狼の体を蹴り飛ばし、スキを引き抜く。
倒した。
さあ、次はどいつだ!
周囲を見る。奴らを見る。
しかし、俺が集団のリーダーを倒したからか、他の狼もどきたちは頭を伏せ、怯えたように逃げ去っていった。
追いかけることはしない――いや、正確には出来ない。走ることが出来ない、歩くことがやっとの今では追いかけることなんて出来ない。
今はこれで満足しよう。
勝った。
勝ったんだ。
恨みを晴らしたぞッ!
目の前にはいくつかの頭の潰れた狼もどき、そして口から斬り裂かれ臓物をまき散らした体格の大きな狼もどきの死体が転がっている。
生き物だ。
分かっていたことだけれど、これはゲームじゃない。こいつらは生き物だ。
生きていたものだ。
……。
……はぁ。
殺した。俺が殺したんだな。
……。
と、そこでリーダー的存在の狼の斬り裂かれた腹の部分が光っているのに気付いた。今は暗闇で明りなんて無いのに、何の光だ?
……。
……。
俺は思いきって狼もどきの腹の中に手を突っ込み、それを引っ張り出す。それは血まみれになっているが、見覚えのある透明なガラスの板――タブレットだった。そして、もう一つ、黒く輝く宝石があった。
この宝石の光をタブレットが反射していたのだろうか。
この狼もどきはタブレットと宝石を食べていた?
分からない。
だが、俺の手元にタブレットが戻ってきた。
そう、戻ってきた。
はは、振り出しに戻る、だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます