鎖の先
「辻、関には連絡したのか」
部長の言葉に首を振る。
部長にとってもこの結婚は本意でないはずなのに、どうしてこんなに平然としていられるんだろう。恋人とかいなかったのかな。
そもそも、どうして部長が私の婚約者なんだろう。
「どうして部長なんですか……?」
自分の声が思ったより弱々しくて驚いた。部長は私をチラリと見て口を開き、けれど躊躇うように閉じる。
私はきっとひどく冷たい顔をしていると思う。みんな、みんな。私を閉じ込めようとするんだ。
「辻のご両親に昔、俺の両親が世話になった。俺も独身だしそろそろ結婚しろってうるさく言われてて、辻ならいいと思った」
「私と関くんのこと、知ってたのに……?」
部長は少しバツの悪そうな顔をして、口を噤んだ。
普通に恋愛がしたい。関くんと私は不倫をしているわけじゃない、血も繋がっていない、何の障害もないはず。私の両親があんなに頭の固い人たちじゃなければ、私たちは……
「結婚なんて、しません」
「……辻」
「結婚なんてしたくありません。私は……」
「辻、無理なんだよ」
「……っ」
「無理なんだ」
部長が取り乱す私の肩を掴む。至近距離で目が合って、初めて部長の顔をこんなに間近でじっくり見た。綺麗なチョコレート色の瞳にひどく憔悴した私が映っていた。
「辻、あの人たちに逆らうのは無理だよ」
「……」
「関にはもう会えないと思ったほうがいい」
すーっと感情が消えていく音がする。また、感情を殺せばいいのだ。そう。そうしたら、関くんのことも……
「……辻」
困ったように、少しだけ怒ったように部長が私を呼んだ。私に伸ばしかけた手をぎゅっと握った部長を見ても、何も思わなかった。ただどうにもできない気持ちだけが涙となって零れ落ちていく。
……会えなくても私はどうせ、関くんのことが好きだ。
***
それから日々は瞬く間に過ぎて行った。何も言わない私にお母さんは満足そうに笑っていた。
部長は仕事に行って実家に帰ってくる。関くんのことは聞きたくても聞けなかった。
部長は特に私に話しかけるでもなく、ただ私のそばにいた。どうしてもぼんやりしてしまう私のそばに、ずっと。
仕事を休み、関くんと会わなくなってから二週間が過ぎた。今日も私は一日中ぼんやりと窓辺に座って外を眺めていた。夜になって部長が帰ってくると彼はそんな私を見て一つため息を吐いた。
「……辻」
「……」
「少し外に出ないか」
「……」
「たまには酒でも飲みに」
「……いりません」
忘れようとすればするほど会いたくなる。もう会えないんだと思えば思うほど恋しくてたまらなくなる。お母さんは勘違いしている。会わなければ忘れるなんて、そんなはずないのに。
部長が部屋を出て行った。パタンと閉まるドア。一瞬の静寂の後。コツンと何かが窓に当たる音がした。無意識のうちに窓を開けて、私はそこにいる人を見て夢を見ているのではないかと思った。
「……せき、く」
「七瀬さん、遅くなってごめん」
大きく開け放った窓から関くんが入ってきて、私の頬に触れる。その瞬間今まで我慢していたものが全部弾け飛んだ。大きな声を出したら誰かが来るかもしれない。だから、必死で声を抑えて。ぎゅっと抱き締めてくれる関くんの温もりを、肌で、脳で感じた。
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