滲む幸せ

「な、んで、」

「ずっと探してた。七瀬さんがいなくなって、行きそうなところ」


 関くんは私を安心させるように微笑む。頬に添えられた手が温かくて、関くんの体温を感じただけで胸がいっぱいになってポロポロと涙が溢れた。


「七瀬さんが俺に何も言わずに消えるなんておかしい。だから、みやびさんに聞いたんだ。実家の場所」

「そう……。関くん、私、」

「部長だよね?」


 知ってるんだ……。無理矢理とは言え、他の人と結婚することになっている私を関くんは怒っていないだろうか。いやむしろ、とことん嫌われて私は身を引いた方がいいのかもしれない……


「七瀬さん」

「っ、」

「嫌だよ。俺は、どんな障害があっても七瀬さんと一緒にいる。他の男となんて絶対結婚させない」


 またぎゅうっと抱き締められて、もう我慢することは出来なかった。私はやっぱりこの人が好きだ。どんな目に遭ってもこの人と一緒にいたい。たとえ両親を捨ててでも……


「俺、約束した」

「え……」

「七瀬さんを迎えに行くって。七瀬さんを怖い人から守ってあげるって」


 それは幼い日の幼い約束。でも、一番美しい思い出。その小さな光を胸に、私は関くんを信じることに決めた。


「また来る。今はまだ準備も出来てないから。もう少しだけ我慢できる?」


 体を離して私の目を覗き込む関くんの手を握る。そして決意をこめて関くんの目をまっすぐに見た。


「……七瀬さん」

「関くん……」


 どちらからともなく唇を重ねる。関くんは私を抱き上げてドアの方へ行くと、鍵を閉めた。そしてドアのすぐ横の壁に私を押し付け服を乱していく。

 証が欲しかった。私は関くんのものだって証。

 いつも優しく丁寧に私に触れる関くんが、切羽詰まったように荒々しく私の素肌に触れる。私の中心はそれでも濡れてしまって、じっくり愛撫されなくても既に関くんを受け入れる準備が出来ていた。


「七瀬さん」

「んっ、ん……」


 関くんは私の片足を持ち上げて、腰を進めてきた。久しぶりの圧迫感に、生理的な涙が滲む。口から零れる甘い吐息には、抑えきれない幸せの色。

 お母さんにバレたら殺されるかも。でもいいや。このまま殺されたら、幸せなままだ。

 関くんにしがみついて、激しい律動を受け止める。この息苦しさも、快感も、甘さも切なさも。全部全部この人が教えてくれた。他の人の体なんて一生知らないままでいい。その代わり、関くんの全てを知りたい。関くんの全てが欲しい。関くんの全てを受け止めたい。

 歯がぶつかるほど激しいキスをして、私たちは獣みたいに混じり合う。関くんは胸の上辺りに歯を立てた。鋭い痛みも甘い刺激になる。私が関くんのものであるとしっかり刻んで、私たちは同時に果てた。


***


「絶対に迎えに来るから」


 窓越しに手を握り合って。関くんが微笑んだから私も微笑んだ。

 私は関くんを信じるだけ。お母さんに従順なフリをして、関くんが迎えに来てくれるのを待つ。


「これが消えるまでに」


 関くんの指が服の上からさっきの証をなぞる。それだけで官能的なさっきの出来事を思い出してしまって真っ赤になった。そんな私を笑って、関くんがもう一度手を引く。


「好きだよ、七瀬さん」


 微笑んだ関くんの手が離れる。私は去って行く関くんの背中を見えなくなるまで見ていた。

 まさか、もうあの温もりに触れられなくなるなんて想像もしていなかったから。私は関くんに抱かれた幸せを噛み締めていたのだった。

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