辻七瀬改造計画

 その時ガラガラと病室のドアが開いて、関くんが現れた。


「あ、目覚めたんですね」


 そう言って微笑む関くんはやっぱり眩しくて。ああ、大好きだなぁって実感する。


「じゃ、私お邪魔虫だから帰りますねー」

「えっ、あ、あの、亜美ちゃん!本当にありがとう!」

「いいえー。日曜日、約束忘れないでくださいねー。関くんもじゃーね」

「おう、ありがとうな」

「うん。あ、病室では盛っちゃダメだからねー」

「努力する」


 二人の会話に真っ赤になる私を置いて、亜美ちゃんは帰って行った。


「よかった、目覚めて」

「うん……あ、あのね、亜美ちゃん知ってたよ。私たちのこと……」

「だろうね」

「え、だ、だろうねって?」

「だって俺言われたし。センパイのお弁当美味しい?って」


 亜美ちゃん……結構前から気付いてたんだね……。


「関くんは、嫌じゃないの?」

「何が?」

「その、私と……」

「まぁ、仕事やり辛くなるのは嫌だけど。でも門倉って言い触らすタイプじゃないから」

「あ、うん……」

「七瀬さんが聞きたいのは、七瀬さんが彼女で恥ずかしくないかとかそういうこと?」


 関くんの真っ直ぐな言葉と視線が、気まずくて目を逸らす。でも関くんは、呆れたりうんざりしたりすることなく、真摯に答えてくれた。


「恥ずかしいわけない。俺が七瀬さんを好きになったんだから」


 と。関くんの言葉はいつも、真っ直ぐでいつも私と向き合おうとしてくれているのが伝わってくる。


「七瀬さん、寝不足って何で?俺のせい?」

「……っ」

「ごめん俺、七瀬さんの不安は消したいと思うけど言ってくれないと分からないこともあるよ」

「……、ごめん、」

「七瀬さん、ゆっくりでいいから」


 泣きそうになった私をぎゅっと抱き締めてくれる関くんの体温は心地いい。熱、ちゃんと下がったんだ。私はやっぱり、いつもの関くんがいい。


「関くん、わたし、ごめん」

「うん」


 私はゆっくりと、辿々しくも自分の不安を話した。関くんは頭を撫でながらうん、うん、と話を聞いてくれて、心が落ち着いていくのを感じた。関くんが私と向き合おうとしてくれるのが分かったから。私も関くんと向き合いたいと思った。今まで生きてきて、誰かのことをそんな風に思ったのは初めてだった。

 関くんは私の不安を聞いて、やっぱりみやちゃんの言っていた通りのことを話した。『よかった』と言ったのは横谷さんに知られたら面倒なことになると思ったから。横谷さんに冷たい態度を取ったのは気持ちに応えられないから。関くんの言葉に嘘がないことは、顔を見て分かった。

 私がそんなことで落ち込んでいたことを謝ると、関くんは大丈夫と微笑んだ。そして、全部ゆっくりでいいと言ってくれた。七瀬さんが不安になって逃げても何度でも追いかけるから、と。関くんはもしかして私が思っているよりずっとずっと私を想ってくれているのではと自惚れそうになって、一人赤面した。

 私はまだまだネガティブだし簡単に不安になる。いつか愛想を尽かされるかもしれないと怖いけれど、それより関くんを信じる努力をしたいと思った。恋愛経験値が2ぐらいアップした気がした。


***


「センパーイ、こっちこっちー!」


 日曜日。すっかり体調もよくなった私は約束通り亜美ちゃんと会っていた。亜美ちゃんは会社に来る時もとてもお洒落だけど、街で会うとやっぱりすごく可愛かった。私が行った時もナンパされていて、あしらい方から慣れているんだろうなというのも分かる。亜美ちゃんに必死で食いついていた男の人二人は、私を見て引いていく。うんまあ地味だからね。


「センパイが地味だから助かりましたぁ」


 オイそれ君が言うな。口の端を引きつらせながら、亜美ちゃんに引きずられるがまま歩き出した。

 亜美ちゃんは色々な店に入り、私に似合いそうな服をいくつもチョイスする。私は亜美ちゃんにされるがまま服を試着し、買い、フラフラになりながらついていった。


「んー、悪くないけど……やっぱりそのダサ眼鏡がダメですね」


 うわー、こんな服着たの初めて!亜美ちゃんが選んでくれたのは、肩が広く空いた白のカットソーと膝丈のタイトなチェックのスカート。そもそもスカートを履くことがないので足がスースーする。センパイ、スタイルだけはいいんですねぇ、なんて言っていた亜美ちゃんも満足気だ。


「後はコンタクトと美容院ですね」


 ま、まだ行くの?顔を引きつらせる私のことなど無視して、亜美ちゃんはまた私を引きずっていった。



「センパイ、可愛いですよ」


 初めて亜美ちゃんに可愛いって言われた!!感動しながら鏡を見ると、確かに今までの私とは別人がそこにいた。コンタクトを作った後、美容院で長かった髪を少し切って揃えてもらった。ずっとポニーテールにしていた髪が、サラサラと肩の辺りで揺れる。私に似合う化粧の仕方も教えてもらった。亜美ちゃんは横で満足そうに笑っている。


「これで関くんも横歩いてて恥ずかしくないですよぉ」

「……そうだね」


 今まで恥ずかしかったと言いたいんだな。口角をヒクヒクさせながらも笑う。でも、亜美ちゃんには本当に感謝だ。


「じゃあ最後、行きましょー」


 美容院を出て、まだ行くのかと思いながら亜美ちゃんについていった。でも、着いたのは予想外の場所だった。

 亜美ちゃんは最近人気らしいお洒落な創作料理屋さんの前で立ち止まった。今日はずっと歩いていたから疲れたしお腹ペコペコだ。


「亜美ちゃん見て!美味しそうだよ!入ろ!」

「センパーイ、今が一番嬉しそうですよー。色気より食気って、ぷっ」


 ……オイまた馬鹿にしたな。いい加減口角が疲れてきた。まぁでも今日はお世話になったし何か好きなもの奢ってあげよう。そう思いながらお店に入ろうとした時。


「あ、来た来た!」


 亜美ちゃんが誰かに向って手を振った。そっちの方向を見て、ドキンと心臓が高鳴る。


「……関くん……」


 私たちのところまで走ってきた関くんは、私を見てふっと笑った。


「七瀬さん、綺麗」


 と。やっぱり関くんに褒めてもらうとすごく嬉しい。顔が熱くなって、でもありがとう、と言うと横からゴホンと咳払いが聞こえた。


「ラブラブな夜は私が帰ってからにしてくださいー」

「え、亜美ちゃん帰っちゃうの?」

「おぇ、カップルの間に入ってご飯なんて勘弁ですよ」


 吐く真似まですることないよね?ね?


「センパーイ、明日仕事に今日買った服で来てくださいねぇ。じゃ、また明日ー」

「えっ?えっ、あ、ありがとう亜美ちゃん!」

「いいえー。男紹介してくれたらいいですよー。あ、やっぱりいいですセンパイの知り合いロクな男いなさそうだからぁ」


 ……だから一言余計だよ。手を振って帰って行く亜美ちゃんの後ろ姿に手を振っていたら。隣の関くんが優しい顔で私を見下ろす。


「本当に可愛い。今すぐ抱きたい」

「……!」

「先にご飯食べよっか」


 ご、ご飯食べた後……うわあああああ!真っ赤になって固まる私の手を、関くんがそっと握る。そして、目の前のお店に入った。

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