第2章

二度目の再会

 立花とさよならして1年後。


「っ、はあああああ?!」


 私は新居になるはずの部屋で絶叫していた。

 始まりは半年前。合コンで出会った男と意気投合しあれよあれよと言う間に結婚することになった。決め手は


「俺のこと好きじゃなくてもいい。依子ちゃんといるの楽しいから」


 という言葉。まぁ正直立花のことを引きずりまくっていたし、でもいい加減忘れなきゃと思っていたから。優しい人だったし、確かに一緒にいるのは楽しかったからプロポーズを受け入れた。彼の希望で退職、二人で新居を決めたところまでは順調だったはずだ。二人でお金を出し合って買った家具や家電は既にここにあるはずだったのに。

 どこからかヒラリと紙が落ちてきた。


『やっぱり好きな人と結婚したい』

 

 ふざけんな!!!


***


「お世話になってすみません……」

「いいよ気にしないで。それより災難だったね」


 あの後途方に暮れた私はちょうど電話をかけてきた一条に助けを求めた。一条は結婚式の日程について聞こうと連絡してきたらしいけど、私があまりに取り乱すからとりあえず牧瀬の家に行けと言った。牧瀬は今すずちゃんとの新居に住んでいるのだけれど、元々住んでいたマンションは月末に解約だからそれまでならいていいと。

 婚約者には何度も電話したけどもちろん繋がらない。何となく同志に裏切られた気分。


「そういやヨリちゃん、俺の結婚式日向も来るけど大丈夫?」

「……うん」


 自分が結婚してから会うなら平気だと思ってたけど、こんな状況になっちゃったし。もう頭がパニックだ……。


「とりあえず今日はゆっくり休みな」


 心配そうなすずちゃんと一緒に牧瀬は出て行った。

 私はどうしてここまで恋愛運がないのだろう。前世でとんでもない痴女だったのだろうか。だから現世ではまともな恋愛を出来ないようにされたの?そんなことを妄想してしまうくらい酷い。

 はぁ、とため息を吐いてベッドに寝転ぶ。ベッドからは牧瀬とすずちゃんの匂いがした。いいなぁ……私もちゃんと恋愛したい……

 その時ピンポーンとインターホンが鳴った。何か忘れ物だろうかと何も考えずにドアを開ける。


「翔ー、これ頼まれてた……」

「……!」


 そこに立っていたのは、1年ぶりに会う立花だった。


「ビックリした……え?え、結婚したんじゃないの……?」


 婚約者に逃げられました、だなんて。恥ずかしくて言えない。どう説明しようかと目を泳がせていると、立花はふっと笑った。


「ヨリ、もしかして結婚なくなった?」

「……!」

「あ、図星。さっき翔から突然ケーキ買って今すぐうちに来てって電話来た理由分かった」

「え……」

「とりあえず入るね」


 立花は私の横をすり抜けて部屋に入った。そして慣れた手付きで紅茶を淹れてくれる。


「ヨリこれからどうすんの?」


 相変わらず美味しい紅茶を飲みながら、ソファーに並んで座る。立花は少し髪の毛が短くなっている気がしたけれど、変わっていない。まぁ、1年だしね。


「行くとこないならうちに来る?」


 軽く言った立花に、私は目を見開いた。


「え、彼女とかいないの?」

「……今立花日向くんはとても傷付きました。胸の傷を抉られました」

「だ、だって寧々ちゃんは……」

「寧々なら結婚したよ」

「えっ?!吉岡と?!」


 立花はふっと笑って首を横に振った。よく分からなくて切なくなる。結局立花の恋は実らなかったのか……。しかも吉岡でなく、他の人に寧々ちゃんを奪われて。


「……つーかさ、ずっと思ってたけどヨリって何でそんなに寧々を気にするの?」

「だって、寧々ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「……」


 立花が目を見開いたまま固まった。


「た、立花?立花ー?」


 そして数十秒後、私の手首を掴んだ。


「……まさかヨリ、高校の時からそう思ってた?」


 近くなった距離と強い瞳にドキドキしながら頷くと、立花は深い深い、それは深いため息を吐いた。


「……ごめんそれ勘違い。おかしいと思ったんだよな、ヨリいつも『本当に好きな人と……』とか言ってたけど、あれ嫌味かと思ってた。本当に好きな人と今ちょうど別れたのに本人がそれ言う?!と思って」

「え、え?」

「……ヨリ、俺この1年ヨリのことばっか考えてたよ」


 勘違い。いや、そんなはずない。だって立花は寧々ちゃんのところに行った。私を置いて。


「言ったでしょ。寧々はすぐ自殺未遂するんだ。幼馴染なんだから、放っとけないでしょ」

「……」

「それにどっちかと言うと振ったの俺なんだけど。泣いてる寧々を口説き落として付き合いだしたのが文也。まぁ結局寧々は他の人と結婚しちゃったけど」

「……」

「俺が振ってから寧々は不安定になった。罪悪感はずっとあったけど……、俺は寧々のこと妹みたいにしか見られないからね」


 立花が切ない顔をしていた理由。寧々ちゃんを放っておけなかった理由。全部繋がった。


「ヨリ、好きだよ」


 温かい手が、ずっと欲しかった体温が私に触れる。まさか二回も同じ人に失恋した後、ようやく勘違いに気付くなんて。


「た、立花」

「ん?」

「私、婚約者に逃げられたばかりで……」

「うん」

「すぐ次とか、そんな風に思えないし……」

「うん」

「立花のことは、前向きに考えるとして、今は……」


 ちゅ、と唇が重なった。どうしても遠かった距離が、簡単に0になった。


「ヨリが結婚しなくてよかったって思ってるんだけど、嫌な男かな」

「……大分ね……」

「ははっ、ごめん。でももう我慢しない。ヨリを攫う」


 ソファーに押し倒されて、覆い被さってくる立花の手がスカートの中に入ってきて太ももを撫でた。もう一度顔が近付いてきた時、私は我慢できずに足を振り上げた。


「ぐ……っ」


 その足がちょうど立花の急所にヒットして、立花は床に倒れ込んで悶絶した。


「ご、ごめん……っ」

「ヨリ、勘違いしてるみたいけど俺、股間蹴られて喜ぶ趣味ない……」

「だ、だから、ごめんって……」


 立花の背中を撫でながら謝る。だって、だって、キスしただけでいっぱいいっぱいなのにそれ以上なんて……!処女じゃないけど立花が相手となると話が違う。ずっと触れたくても触れられなかった人なのだ。もう30なのにこんなウブな気持ちになるなんて思わなかった。それに、久しぶりに立花に再会してまさかこんなことになるなんて……。パニックのまま体重ねたりしたらよく分からないままズルズル行きそうだし。


「ごめん、立花。やっぱりちょっと時間ちょうだい」

「……」


 少し復活したらしい立花は私をじっと見た。とてもまじめな顔で。その顔が少し不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。……いやいや、股間蹴られてんだから不機嫌にもなるでしょうよ。


「あの、ほんとごめん」

「分かった。もうちょっと待つ。セックスはね。でもキスはさせて」

「え、そ、それはちょっと……」

「あー、痛いー、ヨリに蹴られた股間と心が痛いー」

「わ、分かったってば!」

「よし、そうと決まれば俺ん家行くよ」

「え゛、えええええ」


 そして私はズルズルと引きずられそのまま立花のマンションに連行された。

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