依子のそれから

 二度目の大きな失恋をしました。


「最後に好きって言えてよかった」

「そうだね」


 ズーンと落ち込む私の頭を撫でてくれる牧瀬と、背中を撫でてくれるすずちゃん。牧瀬の部屋に押し掛けて二人の邪魔をしているのは分かっている。でも少しだけ許してほしい。


「こんなに好きになれる人、きっといないだろうな……」


 想うだけで苦しくなって、切なくなって、胸が熱くなる。胸の火傷はヒリヒリと痛い。今すぐ忘れるなんて無理だ。だって今すぐにでも立花に会いたいと思っている。馬鹿みたいだ。


「きっとまだ、早かったんだね」

「え?」

「日向とヨリちゃん。うまく行くにはもう少し時間が必要なのかも」


 牧瀬の言葉に首を傾げる。もう立花には会わないって決めたのだ。私だってもう28だ。結婚だってしたいし子どもだって産みたい。もう会わないと決めた立花をいつまでも想っているわけにはいかない。


「俺はね、昔から思ってるよ。ヨリちゃんにとっての王子様は日向だけだって」


 ……あれが王子様って柄か?確かに見た目は王子様でも通用する。だが中身は……いや、ないない。「ぶち犯したい」だなんて笑顔で言う王子様なんて嫌だ。


「いつかうまく行くよ。今回は無理だったけど。ほら、三度目の正直って言うでしょ?」

「できればもう立花とは二度と会いたくないんですが……」

「無理だよ。強く惹かれあってる二人がまた出会わないなんて、ありえない」


 牧瀬は美しく微笑む。そうなのかな……。ぼんやりとして、脳は働くことをしなくなった。

 それから半年後、合コンである男の人に出会った。とても楽しくて優しい人だ。すぐに意気投合して付き合うことになった。立花のことを思い出して今でも苦しいけれど、付き合う時に彼が言った。


「忘れられない人がいてもいいよ。好きじゃなくても、依子ちゃんの気が紛れるなら」


 と。私は素直に彼に甘えることにした。彼氏が出来たと報告したら牧瀬は「おめでとう」と微笑んでくれた。


「言わないの?日向がいるのにー、とか」

「うん。ヨリちゃんが寂しくないならいいと思うよ」

「え?」

「日向にもう一度出会うまで、いっぱい恋して笑えばいい。そうしたら日向にまた会った時、ヨリちゃんはもっともっと綺麗になってるよ」


 牧瀬は立花と私がまた出会うと確信しているようだった。穏やかに日々は過ぎて行った。彼氏といると楽しかった。でも立花のことは忘れたことはなかった。胸にまだある想いは大切に、徐々に風化させていこうと思った。こんなに好きになったのは立花だけなんだから、辛い記憶でも消してしまうのはもったいない。

 仕事して、友達と遊んで、彼氏とも上手く行っている。満たされた日々で、私は思い出していた。


「うまく行くにはもう少し時間が必要なのかも」


 牧瀬の言葉を。

 そして、運命の日は刻々と迫っていた。

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