社員旅行の罠

 目が覚めると立花の顔がすぐそばにあった。慌てて起き上がると、ソファーの上で寝ていてちゃんと毛布が掛かっていたことに気付く。立花はソファーにもたれて眠っていた。……別に、私のことは放っておいてベッドで寝ればよかったのに。私は毛布を立花に掛けて、物音を立てないように家を出た。

 もう会わない。次会ったら私はもう誤魔化せない。だから、もう会わない。そう決意して会社に行った。

 そのお昼。


「ヨリー、昨日はありがとー」


 私の決意も虚しくまた商談で来ていた立花に遭遇してしまった。本当に神様ってやつは意地悪だ。


「私忙しいので」

「あれ、旅行の計画?」


 立花は私の言葉を無視して持っていた温泉地のパンフレットを覗き込んできた。


「……社員旅行のね」

「ふーん。ヨリが決めるの?」


 私って訳じゃない。毎年上から候補地を言われて、順番にその中から好きなのを選べる。今年はうちの部署が選べる年なだけ。そう説明すれば、立花はふーんと言ってそのパンフレットをパラパラと捲った。


「いつ行くの?」


 日程を言うと、立花はふーんと首に手を当てる。そして、「ここオススメ」と指を差した。立花はその温泉地のいいところをたくさん言ってきて、聞いてしまうとそこに行きたくなってしまう。私は次の日の朝礼でそこを推し、そのまま社員旅行はそこに決まった。


***


「あれっ、こんなところで会うなんて偶然」


 そして社員旅行に行った先で、立花に遭遇した。ハメられた……!そう思った時には遅い。イケメンと話していることで周りの女性社員から注目を浴びる。私は立花の腕を掴んで人気のないところに引っ張った。


「騙したでしょ!」

「失礼だな、俺はここを勧めただけだよ。ヨリがここがいいって言ったんでしょ?」

「っ、そうだけど!日程も聞いてきたし、おかしいと思うべきだった……」

「まぁ、楽しもうよ。混浴もあるみたいだし」

「何があってもあなたとは入りません。では」


 本当に、悪魔のような男だ……!

 旅館が一緒だったのはさすがに偶然だろう。何かと話しかけてくる立花に、うちの女性たちは興味津々。立花と三崎くんは女の子に囲まれてにこやかに話していた。

 今の内に温泉入ろうかな。そう思った私はこっそり自分の部屋に戻り温泉に行く準備をする。そして一人温泉へ向かった。温泉には誰もいなくて、テンションが上がった私は泳いでみようかと早速浸かる。その時ガラガラと扉が開く音がしたから、慌てて座った。


「気持ちいいね」

「っ、はぁ?!」


 聞き覚えのある声に慌てて振り向くと、そこには素っ裸の立花がいた。一応下半身はタオルで隠してるけど。


「何でいるの?!」

「さっき言ったじゃん。混浴もあるって」

「だからタオルOKって書いてあったのか……」


 タオルをぎゅっと締め直す。背中を向けたのは間違いだとその時気付けばよかった。


「どうしてそんなに私に構うの?」

「たまたまだよ。そもそもここ選んだのヨリでしょ」

「あんたに勧められたからね!いつから社員旅行ここだって決まってたの?!」

「半年前」

「絶対計画的犯行でしょ策略でしょ!」

「まぁいいじゃん。ヨリと旅行したかっただけ」

「……」


 もうほんと、たまにそうやって甘いこと言うのズルいよね。大人しくなった私に立花はもう何も言わなくなった。

 ああ、それにしても気持ちいいな。あの頃の私が今の状況を見たらどう思うだろう。まさか立花と温泉に入ってるなんて。ぼんやりと外の景色を眺める。もう会わないって私の決意は簡単に破られてしまった。泣きたい。


「……ヨリ」

「ひっ」


 すぐ後ろで立花の声が聞こえて、背中を向けていたことを後悔する。素肌が触れ合う。前に回ってきた手が私の手を握った。


「……犯したい」

「冗談にならないからやめてくれる?」

「冗談じゃない」


 ちゅ、と立花の唇が肩に触れた。びくっと震える体を、立花は柔らかく包み込む。


「ヨリ……」


 少し掠れた声が鼓膜を揺さぶった。もうほんと、勘弁してほしい。どうしてこんなことするの。私のことなんて、好きじゃないくせに……

 ちゅ、ちゅ、と何度も触れる唇が首筋に上がり、また背中まで降りていく。立花の手がキツく巻いていたタオルを解いた。


「……ヨリ、見ていい?」

「っ、絶対ダメ……」

「ヨリの体熱くなってるね」


 触れているのが唇から舌になって、体が火照っていく。取られてしまったタオルが腰元で頼りなく揺れた。立花の手が腰から上がってくる。


「っ、だめ……っ」

「ヨリ、俺、ヨリに触れたくて仕方ない」

「……っ」

「昔からずっと、こうやって触れたかった……」


 そんな切なげな声で言われると、私、私……っ


「立花さん、失礼します」

「……っ」


 そんな声の後、ガラガラと扉が開いて。私たちはパッと離れて慌ててタオルで体を隠す。入ってきたのは三崎くんで、私にチラッと目配せしたから助けてくれたのだと気付いた。

 私は逃げるように温泉を出る。火照ってしまった体を静めるのが大変だった。


***


「……暴走ダメです」

「三崎ー、ほんと空気読むよねお前って」


 この下半身どうしてくれんのほんと。元気になっちゃったよ。ため息を吐く俺に、三崎もため息を吐く。


「勢いのまま抱いたら後悔するんじゃないですか」

「……」


 勢いなんかじゃないよ。俺は10年待ってるんだから。いつになったらちゃんと触れられるんだろ。ヨリの体に。……ヨリの心に。


「恋愛って面倒だね」


 俺の言葉に、三崎は何も言わなかった。

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