素敵な人

 いつもより少しだけ大人っぽいワンピースを着て。家の中でソワソワソワソワ。お父さんはムスッとして新聞を読んでいる。ああ、緊張する。何故なら今日は、先生がうちに挨拶に来る日だ。


「彩香ー、お茶っ葉出して」

「は、はい!」


 こういう日に一番落ち着いているのはお母さんだ。準備で忙しくしているのもあるだろうけど、「あんた何ソワソワしてんの」と笑われた。お母さんって強い。

 ピンポーンとインターホンが鳴った。き、来た!私は走って玄関に向かった。


「こ、こんにちは」

「……何かすっげードタドタ言ってたけど大丈夫?」

「へ、平気!」

「ははっ、俺より緊張してんな」


 先生はスーツを着ていた。高校生の頃は毎日見ていたとは言え、何だかとても新鮮だ。先生が家に入る。出迎えたのはお母さんだった。


「はじめまして。一条悠介と申します」


 いつも口悪いしクールな顔してるくせに。今日ばっかりは爽やかを装っているらしい。

 リビングに入ると、お父さんと弟がいた。お父さんの顔は少し強張っていて、弟はいつも通り。ちなみに弟は大島くんの出身校に今通っている。今高校2年生だから、先生と同じ時期には高校にいなかった。


「彩香さんとお付き合いさせていただいています、一条悠介です」


 先生が大分年上であることに、お父さんは少なからず驚いたようだ。多分どこで出会ったのかとか、聞かれるだろうな。

 私がお母さんのお手伝いをしている間、先生はお父さんと弟と会話していた。何話してんのかは聞こえなかったけど。会話は弾んでいるようだ。

 お母さんが作ってくれた料理が並ぶ。いただきます、と言ったお父さんに続いて、みんな手を合わせた。


「職業は何ですか」

「高校で数学教師をしています」


 お父さんの質問に先生はソツなく答えていく。やっぱりこういうところは、教師というか、大人だなぁと思う。


「彩香とはどこで出会ったんですか」

「高校です」


 お父さんと弟の手が止まる。お母さんだけは平然としていた。


「教師と生徒として出会ったということですか」

「そうです」


 先生は背筋を伸ばして答える。私も、先生の隣で背筋を伸ばした。何も怖くない。だって先生は、真面目な人で。とても素敵な人だから。


「彩香さんが二十歳になったら結婚させてください。もちろん、大学はちゃんと卒業させます。就職もさせます」

「……」

「大切にします」


 先生の真摯な態度に、お父さんは黙って頷いた。多分、許してもらえたんだ。もちろんこれが初対面だしまだまだ先生のことは分かってもらえていないと思うけれど、先生が真面目な人だと言うのは伝わったんだと思う。


***


「あー、緊張した」


 家を出た後、車の中で先生は脱力してハンドルに突っ伏した。私も緊張した。でも、よかった。


「ありがとう。私のこと真剣に考えてくれて」


 先生が腕に額をつけたまま、私を横目で見る。そして、手を伸ばした。その手をぎゅっと握る。


「……緊張した……」


 先生の言葉に笑ってしまう。しばらく離れたくないと思ったけれど、片付けもあるし。手を離して、車を降りた。


「帰られたの?」


 キッチンに入ると、お母さんが片付けをしていた。隣に立って食器を拭く。


「いい人ね。真面目で、それにイケメンだし」

「ははっ、うん、そうだね」

「彩香が変わったの、多分彼のおかげね」

「え……」


 確かに、私は変わったと思う。お父さんやお母さんに逆らって反抗的な態度を取ったことはないけれど、あまり会話もなく、あまり笑ったこともない。家族が嫌いというわけじゃない。友達と同じように、接し方が分からなかっただけ。

 先生と出会って、よく笑うようになった。お母さんと他愛ない話をするようになった。自分ではあまり気付いていなかったけれど、確かにそれは大きな変化だ。


「年上の人と付き合ってるんだろうなとは思ってたけど、会う前から素敵な人なんだろうなって分かってたの」

「お母さん……」

「彩香が二十歳になるまでに料理は一通り教え込まないとね」

「……うん」


 全部全部、先生のおかげなんだ。友達が出来たのも、家族と話せるようになったのも、お母さんの凄さを知ったのも。そんな人に出会えて、私は本当に幸せ者だ。

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