君のおかげ
家の前に車が停まる。見送ってくれたお母さんに、先生が車を降りて挨拶をする。行ってらっしゃいと笑うお母さんに手を振って、先生と一緒に車に乗り込んだ。
今日は翔さんとすずさん、日向さんと依子さん、そして先生と私で温泉旅行に行く。運転は日向さんだ。助手席の依子さんの鞄から飴やスナック菓子、お饅頭まで出てきて驚いた。四次元ポケットみたいだ。
「部屋割りはー、俺とヨリで一部屋、その他で一部屋、でいいよね?」
「馬鹿か。男部屋と女部屋だよ」
相変わらず先生のツッコミは冴えている。残念そうに頬を膨らます日向さんを先生が連れて行く。それを見届けて女子三人で部屋に入った。
「うわあ、素敵な部屋だね」
「ほんと、海が見える!」
依子さんとすずさんが眺めを見ている間にお茶を淹れる。一番年下だしこういうことはちゃんとやらなくちゃ。
「わ、彩香ちゃんありがとう」
「気が利くねー」
依子さんはまた鞄からお菓子を取り出す。四次元ポケットの中身が気になったけれど、人の鞄を覗くのは失礼だからやめた。
温泉に入りに行って戻ってくると、日向さんがウノしようと誘いに来た。男子部屋に行く二人に続いて部屋を出ようとしたら、先生が部屋から出てきて。「ちょっと散歩行こう」と誘われた。私はもちろん頷いて先生についていった。
「勝手に抜けたら日向さん怒らない?」
「大丈夫だろ」
旅館の浴衣を着て、お風呂上りだからか無造作な髪型の先生にドキドキする。裾を持ったら、その手を握られた。
手を繋いで、旅館の裏からビーチに降りる。ちょうど夕陽が沈む時間。水平線の向こうに太陽が沈んでいくのは幻想的だった。
「綺麗だねー」
「ああ」
先生の隣でこんなに綺麗な景色を見られるのはとても幸せなことだ。不意に先生を見上げたら、先生が私を見ていた。夕陽に照らされた顔が、ゆっくりと近付いてくる。こういう時、ちゃんと目を閉じられるようになったのも確かな進歩だ。唇が合わさって、何度も触れるだけのキスを繰り返す。先生が手を握る。左手の薬指に、冷たい何かが触れた。
「っ、あ……」
「ご両親には言ったけど本人にはまだちゃんと言ってなかったなぁと思って」
目の前で微笑む先生が滲む。掲げた左手も、滲んで見えない。
「……彩香」
「っ、は、い」
「俺と結婚して」
声を上げて泣きじゃくる私の頭を先生が撫でる。ちゃんと、ちゃんと返事しなきゃいけないのに。でも先生は何も言わず、私を抱き寄せた。ほのかに香る煙草の匂いが、これが現実なのだと私に教えてくれる。
「……好きだ」
私は先生と出会った日を、初めて好きだと言われた日を、そしてこの日を。きっと一生忘れない。いつでも鮮明に思い出せる。先生のおかげで私の人生は、鮮やかに色づいたのだから。
大学に行って友達に会ったら、自信を持って話そうと思う。私の大好きな人のことを。
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