覚悟
三木書店でバイトを始めて3ヶ月。本屋さんでの仕事も慣れてきた。そろそろ試験が始まるけれど、日頃からちゃんと準備しているから特に焦ることもない。まぁ、先生に「日頃からやっといたほうが楽だぞ」って言われたからなんだけど。
そんなある日、三木書店に珍客がやってきた。
「こんにちはー」
「あっ」
「あっ!」
それは高校の同級生、山下一成だった。突然の再会に驚く私たちを、大島くんが交互に見て「ふっ、馬鹿面」と鼻で笑った。大島くんはたまにとても失礼だ。
「まさか大橋がいるなんてなー。卒業式以来か?」
「そうだね。相変わらず元気だね(うるさい)」
「おい、そういうのは心の中にしまっとけ」
相変わらず山下は爽やかオーラを振りまいていた。きっと大学でもモテているんだろうな、腹立つ。
「あ、そっか、友介と大橋同じ大学か」
「え、二人知り合いなの?」
「まぁな。家が近所なんだ」
そうなんだ。世間は狭いって本当なんだな。ふーんと何となく感動していると、山下がニヤリと笑った。
「一条とうまく行ってんの」
「うん、この前一条のマンションから二人で出てきたよ。やらしい」
「えー!やらしー」
「ち、違、別に二人が想像しているようなことは何も……!」
「分かってるって。一条そんなとこ生真面目だもんな。つーか大橋、大学で友達できたんだな。すげーじゃん」
こうやって、ニヒッと笑う山下は本当にいい奴だと思う。そういえば、卒業式に私の背中を押してくれたのは山下だったと思い出す。山下が背中を押してくれなかったら、私は今先生とこうして恋人でいられることもなかったのかもしれない。
「あ、あのね、山下」
「んー」
「卒業式の日、ありがとね」
そう言うと、山下はニコッと笑った。
「好きな子の告白の手助けするとかお人好しすぎてドン引きなんですけど」
「そこまで言う?!だって放っとけなかったんだもんな。それに俺はキッパリ振られてたし」
大島くんにツッコまれながらも懐かしいなーと笑う山下はもう何も引きずっていないようで。ホッとする。こんなにいい奴なんだもん。友達として、幸せになってほしいって心から思う。
「でもさー、二人とも元先生と付き合ってるわけじゃん?何かすげーよな」
「「何が」」
「めっちゃ揃ってんだけど!……いや、何つーかさ、あんま聞かなくね?聞かないだけで結構いんのかな」
教師と生徒だったのは4ヶ月前の話で、今はもう違う。それに先生は私が成人するまで絶対に手は出さないと決めているとは言え、先生の生真面目な性格を知らない人から見たら付き合っている=そういうことしてるって思われるかもしれないし。
先生はそういうこと、あまり気にしていないように見えるけれどどう思っているんだろう。小さいことでウジウジしすぎって言われる私が、そのことに関してもウジウジしすぎなんだろうか。
「関係ないよ」
「え……」
「他の人は関係ない。二人がちゃんと分かってたらいい」
「……」
「ちなみに俺は手出してるけどね」
「……え、えええ?!」
シレッと爆弾発言をかまして本の整理に行ってしまった大島くんに、今度は山下と私の声がかぶる。大島くんは見た目と違ってかなり肉食系男子らしい。
***
「……」
「……」
「……」
「……彩、そんなに見つめられるとちょっと照れる」
「えっ、ごめん!」
その日の夜、また先生の部屋でまったりした後家まで送ってもらっている途中。先生の顔を見つめたけれどあまりよく分からなかった。先生はいつもクールぶっているから、無表情に近い。
「なんか悪意感じるんだけど」
「先生、大島くんと三木さんもうえっちしてるらしいよ」
「ふーん。アイツ見た目と違って強引だからな」
「私ね、最近思うんだ」
「ん?」
早く先生の気持ちになりたいって気持ちはある。先生に我慢させるのが悪いなって気持ちも。でもはじめては痛いって聞くし、それにえっちしたら先生のこともっと好きになって、それなのに私ははじめてだしうまくなんて絶対に出来ないから先生に幻滅されて捨てられたらどうしようとか、色々怖くて。いっぱいいっぱい考える。でも最終的には先生のこと大好きだから信じたいって思うんだ。
そう言うと、先生は目を丸くした後、はああっとため息を吐いた。
「ど、どうしたの?」
「最近のお前何なの」
「え?」
「素直すぎて可愛すぎるんだけど。俺そのうちお前に殺されそう」
「え……っ」
先生は突然車を路肩に停めて、ひたすら私の頭を撫で始めた。ど、どうしたんだろう。
「好きだよ、本気で」
「う、うん……」
「そろそろ行こうか、挨拶」
「え?」
「ご両親。二十歳になったらお嬢さん貰いますって、言っていい?」
「……!」
そ、それって……。ドギマギする私に先生は甘く微笑んで、抱き寄せた。
「後悔はさせねーから」
生真面目な先生らしい言葉だと思った。幸せにする、って言葉より。ずっとずっと先生らしくて素敵。
「うん……」
大島くんが言ってた覚悟が、私の中で固まりつつあった。
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