大切なもの

「告白した」

「へー、そうなんだ……って、はぁ?!」

「ちょ、うるさい」


 放課後の図書室。いきなり大声を出した山下に、周りの人の視線が集中した。眉をひそめて睨めば、「ごめん!」と言いながら座り直す。だから声大きいってば。


「え、で?もしかして付き合うことになったの?」

「そんなわけないじゃん」

「え、そうなの?」

「うん、分かってたから。言ってちょっとはスッキリしたかな」


 ひたすら泣く私の頭を、先生はひたすら撫でてくれた。何も言わず、けれど、離れず。その体温が優しくて、そこから先生の優しさが伝わってきた。何となくけじめをつけられた気がする。先生のことはやっぱりまだ好きだ。でも、もし他にいい人がいたら……って。


「え、そ、それ俺にもチャンスある?」


 目を輝かせて山下がそう聞いてくる。チャンスは……もちろんある。それどころか、先生を諦められた時にはきっと、気持ちは山下に動いていくんだろうなって、そこまで思う。でも、言っちゃダメだ。変に期待させて、山下の選択肢を消しちゃいけない。


「……ごめん」

「そっか……」


 山下にはもっといい人がいる。だから、早く幸せになってほしい。私みたいなのやめてさ。

 文化祭が終わると、高校は一気に受験モードになった。センター試験も一ヶ月後に迫っている。ストレスも溜まってくるだろう。廊下を歩いていると、女子の集団から聞こえてきた。


「キモ」


 だけど、やっぱりそのストレスを他の人に向けるのは理解できない。文化祭辺りから、山下のことを好きな女子に陰口を叩かれるようになった。まぁ、陰口は慣れてるからいいんだけど。私にもストレスというものはある訳で。


「そんなことしてるから山下に振り向いてもらえないんじゃない?」


 思わず言い返してしまった。結局私もストレス他の人に向けてるな、そう冷静に思った。でも、やられっぱなしは性に合わない。激怒した女子が私に掴みかかってくる。暴力で来るか!私も応戦する。けれど、向こうは三人。三対一は卑怯だろ。廊下で取っ組み合いの喧嘩を始めた私たちの周りに野次馬が集まってくる。私何してんだろ。


「オイオイ、怖ぇよ」


 聞き慣れた声。聞こえた瞬間、肩を抱かれた。ドキッと胸が高鳴る。先生の、香りだ。煙草と香水が混じった香り。


「女の子同士の喧嘩は怖いのでやめてください」

「っ、そのブスが……!」

「そんな怖い顔してたらみんなブス。はい、みんな散れ!」


 先生の言葉に渋々野次馬が散っていく。肩はすぐに離されたけれど、私はもう毒気を抜かれてしまった。


「ごめんなさい……」


 素直に謝った私に、女子三人が目を見開く。そして、口々に謝った。


「みんなちゃんと謝ったな?よし、じゃあもう終わり。受験前で気立ってんのは分かるけどもうやめろよ?」


 先生はこの喧嘩を問題にするつもりはないようだった。下手したら謹慎だったから、よかった。見つかったのが先生で。

 その後、私は数学科準備室に先生と一緒に行った。そこには呑気に「おー」なんて言う山下がいて殴りたくなった。


「怪我ねーか?」

「うん、平気……」

「え、こけたの?」


 ……何でそうなる。呑気すぎる山下に思わず笑ってしまう。先生も呆れながらも笑った。


「勉強?」

「うん、やっぱり俺積分苦手だー」

「私も!一緒に教えてもらお」


 山下の隣に座って教科書を開く。先生も前に座って教えてくれる。

 卒業まで、後少し。こうやって一緒にいられる時間が、何よりも大切なもの。

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