涙の文化祭

 学園祭。年に一回の大イベント。この2年間私にとって楽しくもない憂鬱なだけの行事だったけれど、今年は更に憂鬱さ三割増しだ。

 私のクラスはカフェをやっているのだけれど、私は何故かうさぎの着ぐるみを着て客寄せをしていた。まぁ料理も出来ない接客も出来ない、だから一番気楽っちゃ気楽なんだけど。着ぐるみ着て看板持ってるだけだから。

 ちなみに山下は持ち前の明るさを活かして接客をしている。キャーキャーと言われて満更でもなさそうな山下を鼻で笑った。

 肌寒くなってきた秋とは言え、着ぐるみの中は暑い。休憩まで後一時間。地獄だ。

 その上、さっきから見たくないものが目に入る。女子に囲まれた先生が前を通るのだ。もちろん私には全く気付かない。先生はもちろん私だけの先生ではないし女子に人気だということも知っている。自分が一番仲がいい、なんて。少しだけ思っていた自分が恥ずかしい。それに、一番仲良くなったって先生には特別な人がいるのに。


「今日一条先生に告白しようかな」


 私の前を通る女子生徒の中にはそんなことを言っている人もいた。文化祭の中でも、大イベント。告白タイム。最後にプログラムされているそれは、毎年沢山のカップルを生んできた。もちろん私には縁のないイベントだ。

 告白、か。前に山下が言っていた『納得するまで』。納得なんていつ出来るだろう。私はこのままだとずっとズルズル先生を好きでいそうだし、きっと前にも進めない。告白して振られて無理やり諦める口実を作るのもいいかもしれない、なんて。

 ふと時計を見たら休憩まであと5分だった。今日はこれが終わればもう仕事もない。早く帰りたい。はぁ、とため息を吐いたら。


「オイオイ、どんだけ暗い兎だ」


 目の前に先生が立っていた。私だとバレないように意味もなく俯いてみたけれど。


「もう休憩だろ。付き合え」


 どうやら私だとバレているようだった。

 更衣室で制服に着替える。そして出ると先生が壁にもたれて立っていた。体育館の下の更衣室はあまり人気がなく、先生を独り占めできるみたいで少し嬉しかった。先生は人気のない道を選んで歩いているようだった。


「先生どこ行くの」

「何か久しぶりだなー」


 会話が成り立たない。少し前を歩く先生を見上げるも、何を考えているか分からないいつもと同じ飄々とした顔。はぁ、と小さく溜息を吐いた。

 しばらく歩いていると、どこに向かっているか分かった。数学科準備室だ。

 部屋に入ると、デスクの上に屋台で買ったらしい食べ物がいくつか置いてあった。先生は「まぁ、座れ」と言ってソファーに座る。だから私もソファーに座った。


「今日は女に囲まれて疲れた。だから休憩」


 ……何で私を連れてくるんだろう。そう思ったけれど嬉しかった。先生といられることが。何を考えているか分からない先生の思考を読み取ろうとしたって無駄な足掻きだ。


「好きなもん食え。色々買っといたから」

「え、私に?」

「前通る度にあまりにも暗かったから何も食えねぇから拗ねてんのかと思って」

「私そんなに食い意地張ってないよ」


 ははっと先生が笑う。だから私も笑った。というか先生、あの兎が私だってずっと分かってたってこと?確かに自分でもどんよりしていたのは自覚しているから恥ずかしい。

 私はたこ焼きを選んだ。冷蔵庫から先生が取り出したのは私の好きなジュースで、そんな単純なことにも嬉しくなる。私はやっぱり、先生のことが好きだ。

 それからは特に会話もなく各々やりたいことをして過ごした。先生はデスクに脚を乗せて漫画を読んでいたし、私はソファーに寝転がって携帯でゲームをしていた。途中、先生を訪ねて何人か女の子がドアをノックしたけれど、先生は完全に無視をした。というか、何で私を連れて来たんだろう……。


「あ、もうすぐ花火だ」


 先生がそう言ったから、私は起き上がって窓の外を眺める先生の隣に立った。さっきまでいた屋台の光が遠くに見える。横を見上げれば、先生と目が合った。


「……なぁ」

「な、なに」

「……何でもない」


 先生がすぐ近くにいる。今までだって、ずっとそうだったのに。すごく遠く思えて。私は先生の特別にはなれない。そんなこと、ずっと分かってたはずだった。


「……先生」

「ん?」

「すき」

「……」

「ほんとうに、だいすき」


 涙が溢れた。先生は何も言わなくて、ただ頭を撫でただけだった。

 納得なんて、どうやってするんだろう。私はこんなにも、泣いちゃうくらい先生のことが好きで、でも先生には届かなくて。気持ちを伝えたら納得できる?諦められる?……そんなの絶対に、無理だ。口から溢れた言葉は私の胸を締め付けて、ただ切なくするだけ。

 いつかは思い出になるのかな。先生のことも、こうして泣いたことも。早く思い出になってほしい。そうしたら、こんなに辛い思いもなくなるのに。

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