第11話
「俺さ、昨日で三徹目なんだよね」
直治先生が死んだ魚のような目をしながらどこか虚空を見つめていた。
その顔には疲労と眠気がすごいことになっているというのがよくわかる。
「それでさ、仕事が終わってやっと寝れると思ったんだ。
もう、何なのお前ら」
怒りが振り切れて諦めの境地に達していた。
その顔を見た僕はあまりに気まずさに言葉が出ない。
隣のベッドにいる先輩を見ると、さすがに先輩も何とも言えない表情になっていた。
「ま、まぁ二人も悪気があってこのような状態になったわけではないですし……」
「うん、まぁわかってる。
今のはちょっと八つ当たり……というとでも思ったかぁ!!」
直治先生は声を荒げながら僕の顔にアイアンクローを決める。
「いたたたたたた!!!」
「なんでお前まで干渉者になってんの!?
殺されかけて覚醒しましただぁ!?
俺カルテになんて書けばいいんだよっ!」
「ギブギブギブ!!
放してください!」
先ほどの疲れた顔からは想像ができないほどの握力が僕の顔に襲い掛かる。
両手で掴んで引き剥がそうとするが全然剥がれそうにない。
「いったい何をしているのよ」
そんなことをしていると夜見切さんが病室に入ってきた。
それと同時に先生は手を放し僕は圧迫感から解放され、涙目になりながら掴まれていた部分をさする。
「まぁ直治君の気持ちはわからなくもないけれども、落ち着きなさいよ」
「大丈夫だ。俺はすこぶる冷静だ。
でなければこんなもんで済んじゃあいない」
「いったい何をされるんですか僕は」
全く想像できないので余計に恐ろしい。
「さて紅君、お話があるのだけど……まぁ大体想像はつくわよね?」
「まぁ一応……」
「それならよかったわ」
以前病院で聞いたことと一緒だろう。
新たに干渉者となった僕はレジストに保護という形で干渉島に行くという話。
なんとなく想像していたが、特に断る理由も無い。むしろ好都合とさえ思えた。
これで先輩とこれまで通り一緒にいることができる。
無論、色々と生活環境が変わってしまうだろうけれども。
「今更ながら一つ聞きたいんだけど」
「先輩?」
「干渉島に連れてかれたら私たちはどうなるんだ?
まさか研究施設に閉じ込められるとかじゃないだろうね」
「あぁ、それなら大丈夫よ。
あちらにもいくつか学校はあるから、そこの学生として過してもらうと聞いているわ。
身体のことは定期的に研究施設に顔を出すことになるだろうけれど、普通に過ごすことができると思うわよ」
「学校の指定は?」
「えっ?
私はどこかは聞いてないけれど……どこか通いたいところがあるの?」
夜見切さんは不思議そうな顔で首をかしげる。
それを見た先輩はニヤリと笑った。
「私の通う場所、『Rスクール』にできるかい?」
「それってつまり」
「あぁ、私達はレジストになるって話だ」
「本気?」
「本気と書いてマジだよ。
私はやられっぱなしってのは嫌いなんだ」
「……直治君」
「自分勝手がデフォルトなんだよこいつ。
首輪かけると余計ひどい目見るぞ、ソースは俺」
その節はご迷惑をおかけしました……先輩が。
「一応、言ってはみるけどあまり期待しておかないほうがいいわよ?
ただでさえも二人は世界的にも特別な価値があるんだから」
「いや、いいんじゃねぇか?」
先輩の提案に夜見切さんが難しい顔をしていると、病室に無精髭を生やした男が入ってきた。
その人に夜見切さんと直治先生は驚き、目を見開く。
「し、指令!?なんでここに!?」
「来ちゃった♡」
「いや『来ちゃった♡』じゃないですが!」
男は「悪い悪い」と言い夜見切を抑えた後にジッと僕達を見つめた。空気が変わり、僕たちの身体が強張る。
ほんの数秒。
だが男が放つ威圧感がそれ以上の時間を感じさせた。
そして男はニカッと屈託のない笑顔を浮かべ、張りつめていた空気が霧散した。
「よし、合格!
Rスクールに通っていいぞ」
「指令!?」
「あんだよ。俺の
「それはそうですが……」
「あー、どちら様?」
珍しく先輩が困った顔をしながら男に尋ねる。
「おっと自己紹介がまだだったな。
俺は
「それってつまり夜見切さん達の……」
「そうよ、私達レジストのトップ」
「なんでそんな偉い人が……」
「細かいことは気にすんなよ。
強いて言えば姪が世話になったからな」
「姪?もしかして刀華が?」
「おー察しがいいな。そういうこった」
「はぁ……まぁそれは横に置いておくとして、合格ってなんだ」
零元さんは病室に備え付けられていあパイプ椅子に腰かけ、胸ポケットから電子タバコを取り出して口に咥える。
「俺の干渉はざっくり言えば『いい奴』『悪い奴』が見分けられるんだ。
んでさっき視てお前たちは『いい奴』だと判断した」
「いい奴ってなんだ、善悪って意味か?」
「
戦う意味でも、将来的な意味でも、レジストになるのは『いい奴』という話」
「まるで占いですね」
「知り合いには未来視に片足突っ込んでるって言われたけどな」
「さて」と言いながら零元さんは立ち上がり、僕たちの前に立つ。
「お前たちがレジストになるってなら止めはしない。
万年人手不足だからな。
ただ、これまでに体験したことのないことばかりや理不尽な目にも合うかもしれない。
干渉を使って何かを成すってのは相当大変だ。
ぶっちゃけ大人しく保護されて普通に生きていたほうが楽かもしれん
それでもか?」
零元さんは僕達に問う。
沈黙。
だがそれは重いものではない。
僕と先輩はベッドから降りて零元さんに向き合う。
「やるさ、それでも」
「僕達は最初から普通じゃないですし、今更です」
生活も、体も、生きるすべてが他の人のように『普通』ではなかった。
だから今更、そう今更普通じゃないことが一つや二つ追加されたところで変わりない。
「へっ、なら歓迎するぜ
ようこそ、世界を守るお仕事へ」
ゴールデンウイーク最終日の翌日。
僕達はこれまでの生活から新たな道を歩むことになる。
別にこれまでのことに未練があるわけではないけれども、強いて言うとすれば。
行ってきます。
イレギュラーズ projectPOTETO @zygaimo
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