第9話
空港の屋上と言っても戦うには狭すぎる。
あらゆる修羅場をくぐり抜けてきたであろう狼男はその膨れ上がった筋肉から繰り出される強烈な一撃や、常人を超えた速度。
まだまともに運動をしたことがない私がぎりぎりで対処できているのはこれまでに暇つぶしで見ていた記録映像の動きを無理やり再現させているからだ。
私の干渉はどうやら骨を生やすだけではなく身体の骨を自由に操れるらしい。
故に筋肉を動かす以上に骨の操作で身体を動かす。
その際に内側から肉を圧迫される感覚があるが、あの破壊的な攻撃を食らうよりましだ。
ボルスはその身を低くし、身体を回して足払いをする。
私は跳び上がりそれを回避、次にお返しにと頭に蹴りを打つ。
ボルスの後頭部に蹴りは入ったが、その硬さに逆に右足に痛みが走る。
「うっ」
一瞬動きが怯んでしまった。
それを見逃さなかったボルスはすぐに蹴りを入れた足を掴んだ。
咄嗟にその右足から薔薇の棘のように鋭い骨を大量に生やす。
「うおっ!?」
その痛みに驚いたのかその手を離し、すぐに楽しそうに笑う。
余裕そうな顔がとても腹に立つが、それで別に強くなれるわけではない。
次は四肢に骨を纏わせる。
本当なら全身を骨で覆いたいが、今の私がこれ以上身に纏ったら動きにくくなるだけだ。
私は息を小さく吐き、足の骨に集中する。
頭の中でスイッチを押すイメージと共に、足の骨が変形して地面を叩き、瞬時にボルスの目の前に接近。すかさず私は腹に向かって拳を振るう。
それは素早く上げられた右膝によって防御されてしまった。
だがそのまま右膝を掴んで動きを封じ、今度は空いている拳で心臓の部分に一撃を放つ。
しかしその攻撃が届く前に頭突きを喰らう。
視界が暗転し動きが止まると襟首を掴まれ、蹴りを繰り出される。
寸前のところで全身の筋肉と骨を使って身体を回転。攻撃を受け流し、その勢いのままボルスの顔を両端で挟む。
フランケンシュタイナー。
いつか見た技を脳裏に描きながらボルスの頭を地面に叩きつける。
効果があるかわからないがこれでいったん離れることが出来る。
ボルスから足を離し、腕に力を込めて跳ぶ。
硬い床に頭をぶつけたのだ。多少なりともダメージが入っていると信じたい。
「フランケンシュタイナーとかマニアックにも程があるだろ。
お前歳いくつだよ」
だがボルスは頭を擦りながら何事もなかったかのように身体を起こしてきた。
こいつは何したらダメージが通るんだ。
「ふーむ。
さっきから戦って思ったがそれが今の全力なのか?」
手を顎に当て、少し困ったと言わんばかりの表情になる。
「だったらどうした」
「……そうだな。
お前にも少し色々教えてやろう。
俺が楽しむために手っ取り早く強くなる方法を教えてやるよ。
もしかしたら俺を倒せるかもしれないぜ?」
「そんな話を信じるわけないだろっ!」
私は駆け出して骨から創り出した剣を片手に握って斜めに斬り上げるがボルスは難なくと片手で受け止める。
「俺たち干渉者の身体は正直だ。
腕力が欲しい、脚力が欲しい、反応速度を上げたい、感覚を鋭くしたい。
そう考えて鍛えれば身体はそれに答えてくれる」
剣から手を離して上に飛び、骨の刃を飛ばすがハエを叩くがごとく撃ち落とされる。
「もちろん干渉にもそれは言えることだ。
使えば使うほど強化されるし、能力の幅だって広がる」
腕に纏わせた骨から獣のような爪を生やし、突撃するが余裕をもって受け流される。
「でもまぁそれは普通の人間の成長だって同じことだ。
俺らとは最低値と限界値の差があるくらいなだけで対して変わらん。
だけど、決定的に違いものがある」
それは感情だ。と
「喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖。
干渉者の身体能力の全ては感情によって左右されやすい。
俺の場合は猛者たちの戦闘による喜びだ。
戦えば戦うほど昂り、力になる。
至ってシンプルだろ?」
そこまで話されて私は干渉者に覚醒した時を思い出す。
あの日、私は真広君を傷つけられたボルスに激怒した。
その結果、周辺を破壊しながらもこいつに襲い掛かったわけだ。
「その様子だと大体はわかっているみてぇだな。
あとはその感情を増幅させるきっかけを作るだけだ」
ボルスは笑う。
次に奴が何をするのか察した私は後ろに走ろうと振り返る。
その瞬間にはもう遅かった。
戦いを見守っていた真広君の前にボルスが飛び込んでいた。
「やめ」
「悪いなボウズ」
私の目に血が映る。
■ ■ ■
これは夢だと理解するのに時間はかからなかった。
周りに広がるのは荒野。
そこにあるのは多くの人間の死体だった。
身体が残っているものもあれば、四肢や半身がないものもある。
とても悲惨な光景だ。
しかし不思議と吐き気や嫌悪感がわかない。
しばらくその荒野を歩く。
すると人間とはまた別の生き物を見つけた。
地球の生物とは似ても似つかず、全身に青い幾何学模様が刻まれている。
これは『レティオ』だ。
全身から青い血を流して息絶えており、動く気配もない。
この化け物も欠損状態がとてもひどいものだった。
人に倒されたのか?
それにしては獣に食われたような跡が残っている。
人にやられたにしてはとても奇妙な傷跡だった。
その死体を触りながら僕は思う。
なんで、こんな……。
こんな夢を見ているのだろうか。
……いや、これは覚えている。
これを見たのは今が初めてじゃない。
ズシン、ズシンという振動が地面や空気を通して伝わってきた。
前を見ると紅い色の化け物がゆっくりと近寄ってきている。
狼や狐に似た姿をした化け物はしばらくすると僕の前で足を止め、何かを待つようにジッとこちらを見つめる。
惹かれるようにその手を再び化け物の顔に伸ばし、化け物もそれに合わせるように顔を近づけた。
そして、その顔に手が触れる。
■ ■ ■
「ぬおわっ!?」
それを理解するのに数秒掛かった。
ボルスの爪が真広君を切り裂いて血が舞った瞬間、私の中であの時の感覚に意識が埋め尽くされそうになる。
だがその前にボルスが後ろに吹っ飛ばされた。
埋め尽くされかけた意識が晴れ、目の前に見えるものに驚いてその場に固まる。
真広君から舞った血が不自然な形で空中に浮いており、先端から視線を下げるとその血は真広君に繋がっていて、次にはずるりと巻き戻すように身体の中に戻っていった。
その光景に当の本人は困惑した表情になっていた。
「えっと……真広君?」
「え、はい」
「なにそれ?」
「なんか……でちゃいました」
「でちゃいましたって」
そんな反応されても困る……。
でも、何となくだが真広君は私と同じように干渉に目覚めたというのを理解した。
なぜそうなったのか、原因はわからない。でも今はとりあえず置いておくべきだ。
「真広君」
「なんですか?」
「ちょっと困ってるんだけど、助けてくれない?」
私は座り込んでいる真広君に手を伸ばす。
真広君は大きく息を吐いてその手を掴み、立ち上がった。
そして笑みを浮かべる。
「一つ貸しで」
「終わったらご飯でも奢ってください」
「いいよ。
回転しない寿司食べさせちゃる」
私はそう約束をして真広君の隣に立つ。
いつだってそうだ。
私の隣には彼がいて、彼の隣には私がいる。
少々格好は小汚いがいつもと同じ光景が出来上がった。
「ハッ、ハハハハハハ!!!」
仰向けに倒れていたボルスが大きな声で笑い声を上げながらその身体を起こす。
「おいおい!どうなってんだ!おもしれぇ!
お前ら一体なんなんだ!」
顔に浮かべるのは狂喜。
少し前までの私ならそれに恐れて冷や汗を掻いていただろう。
だけど今は全くと言っていいほどそんな風に感じていなかった。
「さぁ、私たちにもわからない
ただ言えるとしたら」
わからないが、きっと私たちはこういう存在なのだろう。
「どこにでもいる『
せっかくだから覚えておけ」
私が笑い、ボルスが走る。
それに合わせて腕から骨の触手を伸ばして下からたたき上げるように動かす。
ボルスは難なくと触手を右手で掴んで防ぎ、逆にそれを引っ張って自分の元に寄せようとする。
触手を根元から切り離してそれを防ぎ、今度は両手から新たに数本の触手を伸ばし別々の方向からその身を突き刺そうとする。
しかし、やはりというべきかボルスの驚異的な反応速度によってその攻撃もまた防がれる。
先ほどまでならここからまたボルスの攻撃により劣勢に追い込まれていただろう。
だがそれは一人だったからだ。
「ぬっ?」
触手を防いだと同時に上空から紅く巨大な拳が振り下ろされた。
これによって数秒ではあるがボルスの動きが止まる。
足の骨で地面を弾いて即座に飛びのく。
それに入れ替わるように真広君が跳び込む。先ほどまで腕から伸びていた巨大な拳は厚みがある膜のようなものに変化した。それを鞭のようにしならせてボルスの胴を捉える。
血液を絡みつかせ、身体と地面を血で固定して動きを止める。
私は背中から大量に骨の腕を生やし、己の腕と合わせて合計6本の腕でボルスに力強い連打を叩きこむ。
「うらららららららぁぁ!!」
全身に走る痛みを無視して、大声を出しながらボルスの頭や身体を無差別に殴り続ける。
「け……こう……き、くなぁぁぁ!!」
ボルスは攻撃していた私と真広君の血液を力任せに弾く。
怯まずに骨の腕を一本に束ねて横から殴るが受け止められた。
「もうおしまいか?」
「いやこれから」
その言葉が出てきたのは私とボルスの間からだった。
真広君がボルスの身体に手を当てるとそこから噴水のように血液が放出される
「ぬおぉぉ!?」
いきなりのことで対応できなかったのかボルスはそのまま押し流される。
一定の距離まで血液が伸びた後、逆再生するように真広君の腕に戻った。
「ん~?」
「どうしました?」
「いや、さっきまで何しても効かない感じだったのになっと」
「……後ろで見てて思ったんですけどずっとお腹を庇っていたような気がします」
「腹?
……あっ」
「心当たりが?
「私が最初に干渉に覚醒した時に確かあいつの腹に穴をあけているはずだ。
記憶がおぼろげだけど刺したついでにそこから棘を生やして内臓をぐちゃっとした気がする」
「うわエグッ」
「私は悪くない」
正当防衛の範囲内だ。
しかし弱点があるということはこの状況でとても大きい。
「戦闘中に相談とは余裕かよ?」
「勝機が見えてきたからな」
私はボルスに跳び掛かり、拳を打ち込む。
その攻撃は腕で難なくと防がれるが、続けて骨の腕を掬い上げるように動かし正面を殴りつける。
ボルスは驚いて目を見開くが空いている手で受け止めた。
その隙に真広君がボルスの腹を蹴り込む。
まともに喰らったボルスは歯を食いしばり、動きが止まった。
私は掴まれた骨を消し、ボルスの顔を踏み台にして上に跳ぶ。
その下で真広君は身体を回転させて腰から生やした血液の触手でボルスを叩き飛ばす。その後、その触手は落ちてきた私の足場になり、もう一回転して私を押し投げた。
ボルスは途中で踏みとどまるが、そこに私の追撃の蹴りが腹に入る。
ボルスは呻きながらも握った拳で私を叩き潰そうとするが体内の骨を動かして躱す。
着実にダメージが入っているようで更にボルスの動きが鈍り始めてきた。
対して私と真広君は動きが加速していった。
腹に攻撃を入れ、攻撃を繰り出す前にそれを弾く。
体勢が崩れたら直ぐにカバーに入って助け合う。
目が合っているわけでもないのに、声を掛け合っているわけでもないのに互いの行動が手に取るように分かり合っていた。
「マジかよお前らっ!」
ボルスの顔から余裕が無くなる。
だが、こちらもそろそろ体力の限界だ。
だから。
「真広君!」
「はいっ!」
私は骨で、真広君は血を使って人間離れした速度で一直線に走り出す。
ボルスは己の身を固めて全力の防御をするがそれは意味をなさないだろう。
白の左腕と紅の右腕が貫き、巨体をフェンスごと吹き飛ばした。そこから私たちも飛び出してトドメの一撃を与え地面に叩き落とした。
ボルスは飛行機の残骸に落ち、残っていたエンジンが大きく爆発した。
「うわっ!?」
「おっと」
爆破の衝撃で真広君はバランスを崩すが、私が体を支えてなんとか地面に着地する。
そこそこの高さからだったので若干脚に痺れがくるが、以前なら即死するレベルなので流石干渉者というところだろう。
「勝ち……ましたね」
「あぁ、なんとかね。
もうヘトヘトだよ」
疲れ切った顔を見せ合い、騒動の終わりに安堵する。
……いやまだ刀華が戦っているんだったか。
早く合流した方がいいだろう。もう戦えるわけじゃないが、ボルスを倒したことや無事を知らせるだけでもだいぶ違う筈だ。
「フッ、フッハハハハハハハ!!!」
爆炎が広がる飛行機の残骸から空気を震わせるような笑い声が響く。
嘘だろと顔を引きつらせながら声の主を見ると、残骸からゆっくりと現れたのは狼男。
上着は燃え尽き、身体の一部は火傷や流血をしていた。右腕が不自然にダラリとしているが、狼男が右肩を掴んで力を入れるとゴキリという音と共に再び動かし始めた。
そして血が混じった目をこちらに向け、笑う。
余裕そうな表情ではなく、見下す様な表情でもない。
新しいおもちゃを貰った子供の様に、遊びに勤しむ純粋無垢な笑顔で。
ただただ楽しそうに、笑ってそこにいた。
「完全に目が覚めたぜ!
散々上からモノを語ってたが、俺も酷いもんだったぜおい!
そうだよな!闘争ってもんは互いの命を擦り減らしてからこそ楽しいんだ!
今まで相手をぶっ飛ばしてきただけだから忘れていた!」
打ち勝ったはずの恐怖が、狂気がそこにいる。
「さぁ!これからだ!」
残骸から地面に降り立ち、血を振りまきながら笑う。
声が出ない。身体が動かない。
狂気に呑まれる。
「いくぜ例外共!
ここからが本気の殺し合」
「い」と最後まで言い切る直前、突然装甲車がボルスに追突する。だがスピードは落とさず、寧ろボルスをボンネットに乗せたまま加速していった。
「はぁぁぁ!?なん、クソっ!あぁもう!
例外共!覚えてろ!次はぶっ殺すからな!
それまでもっと強くなっておけぇぇぇ!」
まるで負け惜しみの様なセリフを叫びながらボルスと装甲車は遠くへ消えていった。
いきなりの事で何がなんだかついていけないが、とりあえず命拾いしたのは間違い無いだろう。
「「はぁ〜……」」
私と真広君は背中合わせで座り込み、多く息を吐く。
「死ぬかと思った……」
「不死身かよあの狼」
「二人とも無事!?」
項垂れていると刀華が走ってきていた。
服装は乱れ、所々怪我をしている様に見えるが無事みたいだ。
両手にはデカいハサミやら鎌やらを握っているのが少々気になりはするが……まぁいいだろう。
「その様子だとかなり無茶をしたみたいね?
って嘘、この感覚は……一体、何があったの!?」
刀華が物凄い剣幕になる。
「すいません蒼井さん、疲れたんで」
「あぁ、わたしも」
答えたいのも山々だが、そろそろ限界が来た。
「「今から気絶するんであとはよろしく」」
「えっ!?ちょっと!?」
そういうと同時にパタリと倒れ込んだ。
意識が遠のく最中に刀華が慌てた声を出していたが、きっといい感じに病院まで連れて行ってくれるだろう。
左手で真広君の手を握りながら、意識を手放した。
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