第7話

 それから後のゴールデンウイークはとても慌ただしかった。

 先輩とショッピングモールに行った時は、僕と蒼井さんは振り回されるように突き合わされ、服やアクセサリーといったものを大量に買い込んだり、中にあるゲームセンターでは鉄沢さんも巻き込んでエアホッケーを楽しんだりした。

 僕はともかく護衛の二人を巻き込んでしまうのは少しどうかと思ったのだが、鉄沢さんが「まぁ、見えないとこで私達以外にも見張っていますし」と笑って言っていたので大丈夫だったのだろう。

 なんだかんだ蒼井さんも楽しそうにしていたのでよかった。

 その後の日も先輩は色々思いついたら即実行といった感じに遊びつくしていた。

 僕はそれに呆れながらもとても楽しめたと思う。

 同時にあっという間に過ぎてしまうこの時間に寂しさを感じていた。

 これが過ぎれば先輩は遠くに行ってしまうのだから。

 そして、ついにその時が来て現在は空港内にいる。

 先輩は少し眠そうな顔をしながらキャリーバックを片手に立っていた。


「眠そうですね」

「まぁ、日を跨ぐまでトランプしてたからね」

「私も巻き込まれて寝不足よ……」


 隣に立つ蒼井さんはそういうがあまりそう見えない。

 職業上そういうことを隠すのが上手なのだろうか。

 そんな様子を見ていた鉄沢さんがクスリと笑う。


「皆さんずいぶん仲がよろしくなったようで何よりです」

「もちろん、もう切っても切れない関係だね」

「……いやそこまでは」


 先輩の言葉に蒼井さんは少し恥ずかしそうにしている。

 それを見て僕は嬉しさを隠せなかった。


「真広君どしたの?」

「いえ、先輩に僕以外にそこまで仲良くできる人が出来て嬉しかったので」

「君は私の保護者か」

「どうでしょうか?」


 そんな会話をしていく中、飛行機が出発する時間が一刻と迫ってくる。

 干渉島に行くのはレジストが手配した専用の飛行機で行くらしい。

 中身はVIP待遇もびっくりな豪華仕様だそうだ。

 まぁ僕は高いところが苦手だからちっとも羨ましく感じないのだけれど。


「沙耶、そろそろ」

「あぁ……うん」


 蒼井さんがそう言うと先輩は頭をポリポリと掻いた後、キャリーバックの取っ手から手を放して僕をぎゅっと抱きしめた。


「しばらくのお別れだね」

「まぁ離れても連絡は取れますし……」

「えぇ?ドライだなぁ」

「でもまぁ、早く帰ってきてくれると嬉しいです」

「そうだね。

 できるだけ早く迎えに来るよ」


 先輩はそう言って離れ、いつもと同じ笑みを浮かべた。


「じゃあまた」

「お気をつけて

 蒼井さん、先輩をお願いします」

「えぇ、わかったわ」


 僕が頭を下げると蒼井先輩話頷いた。

 そして二人は荷物を持って飛行機に向かって歩き始め、僕はその後姿うしろすがたをジッと見つめていた。

 人混みに紛れて見えなくなると同時に体の力がフッと抜ける。


「大丈夫ですか?」

「はい。

 すいません、付き合ってもらって」

「いえ、お気になさらないでください。

 ではこのままご帰宅で?」


 鉄沢さんにこの後の予定を聞かれる。

 どうやらレジストは僕の護衛もしばらく続けるらしい。

 あの事件に一番近くにいた人間だから『もしも』の事態を考えてのことだそうだ。

 期間はあと1~2週間ほど。

 結構長めというか、用心しているのだろうなぁ。


「あ~……いえ、あの」

「上に行けば飛行機が飛び立つところが見れますよ」

「……すいません」


 僕が言い淀んでいるのを察してくれたようだ。

 結構未練がましいんだ僕は。


 ■ ■ ■


 真広君との別れてすぐに飛行機に乗り込む。

 機内は話に聞いた通り豪華仕様。

 私にとっては見慣れたものなのであまり目新しさがないが、この機体は操縦席を含めて乗組員は私たちは二人しかいない。

 操縦は最初から最後までAIが行ってくれるらしい。

 そこは流石最新鋭機って感じだ。


「ウチにも一機欲しいな……あっちに着くのはどれくらいなんだ?」


 小さく呟きながら手荷物を開いてる座席に適当に放り込んでその隣に座る。


「大体一日くらいね」

「案外時間かかるのな」

「普通だと思うけれど……」

「ウチの自家用ジェットなら半日もかからない」

「それ法的に大丈夫なの……?」


 もちろんだとも。

 座席に備え付けられている端末に私の持つ端末を接続させて電源を入れる。

 複数のホロウィンドウを表示させてその中にある通信アプリを開いた。

 すると隣から刀華が覗いてきた。


「紅君に?」

「うん。今乗り込んだよ……と」


 私がそう入力して送信する。

 すると2秒ほどで返事が返ってきた。

 相変わらず返信が早い。


「お、屋上で飛ぶのを見るってさ」

「もしかしたら見えるかもしれないわね」


 そうならいいけど。

 私はそう思いながら「了解」と送信してアプリを閉じる。

 だけどすぐに落ち着かなくなってすぐに起動させた。


「結構未練がましいのね」


 そんな私の様子を見ていた刀華が意外そうな顔で聞いてくる。


「昔から一緒にいた相手と別れるなんてね。

 正直想像してなかったさ」

「あなた達の仲の良さはこの数日でよくわかったわ。

 とても羨ましいほどにね」

「刀華ともそうなれるといいなと思ってるよ」

「口説いてる?」

「そりゃもちろん。

 あっ、でも真広君はあげないからね」

「……えっ?それってどういう」

「おしえなーい」


 刀華の戸惑う様子に少しだけ機嫌をよくしていると飛行機のアナウンスが鳴る。

 端末の電源を切り、シートベルトを締めるとすぐに飛行機が動き出した。


「さて、ここに戻れるのはいつぐらいかなぁ」

「12月下旬から年明けの長期休暇で戻れるわよ」

「……思ってたより早い再開ができそうだ」


 もっと数年後だと思っていたよ。

 迎えに行くとか言っちゃったし。

 飛行機が滑走路に進み始めたのが振動と窓越しにわかり、真広君が見えたりしないかなとそのままジッと見続けている。

 だからだろう、すぐ気が付いた。

 黒の全身タイツのような服を着た一つ目の人間が発着場を歩いていた。

 あまりにも場違いな姿だったため思わず目を止める。


「刀華、あれここの職員か?」


 念の為に刀華に聞いてみる。

 刀華はすぐに私が見ている方向へと視線を動かすと、目を大きく開いた。

 すぐさま私を掴み、いつの間にか片手に握っていたナイフでシートベルトを斬って抱き寄せる。

 視界が一瞬で真っ暗になり、同時に大きな爆発音と振動が全身を揺さぶった。


「うぐっ!!」


 何も見えない中、とても固いものに身体を何度もぶつけて転がる。

 前の身体ならこの時点で全身を骨折をしていただろう。

 そんなことを考えていると視界が晴れ、立ち上がる刀華の姿があった。


「なにしたのさ……」


 あちこち痛む部分を擦り、立ち上がりながら聞く。


「私の干渉で即席のシェルター、というより棺桶を作ったの」

「棺桶?」


 その言葉に周りを見ると、私たちが先ほどいたところとは離れていて、視界の先には派手に壊れている飛行機があった。

 エンジンに引火しているためか、周りが激しい火に包まれている。


「飛行機に乗ってるのが私達だけでよかった。

 ほかに人が乗っていれば守り切れなかったから」

「最新鋭機万歳だな。

 で、アイツなに?」


 私も立ち上がってスカートに着いた汚れを払い、飛行機の残骸を飛び越えてきた一つ目を見る。

 その両手には大きな銃を持ちゆっくりと歩いてくる。

 形状からしてアサルトライフルか?


「あっちゃー、護衛に蒼井家の長女がついてたか……」


 一つ目が首を左右に揺らしながらしんどそうな声を出しながらこちらに向かってくる。

 口がないがどこから声を出してるんだあいつ。


「あれはブライス。

 レジストでS級指定の国際指名手配犯よ」


 私に説明しながらスカートのポケットから一つの20cmほどの長さの棒を取り出す。その先に蒼い粒子が集まり、棒の先に刃を形成して一振りの刀が出来上がった。


「それで何のよう?」

 刀華は創り出した刀を片手にブライスに問いかける。

「わかっているだろう?そこのイレギュラーなお嬢さんだよ」

「させるとでも?」

「悪いが仕事なんでな」


 ブライスはそう言って両手に持つアサルトライフルの銃口を向ける。

 それを見た私はいつでも身体から骨を出せるようにする。


「ダメよ」

「相手は一人だぞ。二人で叩いたほうが早い」

「言ったでしょ、相手はプロよ。

 私が足止めするから貴女は建物のほうに走って。

 あっちにはほかにもレジストの隊員がいるから」


 刀華の鋭い視線が刺さる。

 ここで反発するほど私も馬鹿ではない。

 大きく息を吐いて骨の準備をやめ、私は刀華に視線を返して頷く。


「行くわ」


 そう言うと同時に刀華の姿を一瞬見失い、次に姿を見えたのは銃撃が聞こえた後。

 ブライスが盛大に銃撃を行う中、かなりの速度で動く刀華の姿が見える。


「完全に私が邪魔だな」


 数秒前まで想像していた以上の戦闘が目の前で繰り広げられている。

 確かにこれは私が足手纏いにしかならないだろう。

 刀華は銃撃を避け、切り落としている間にも様々なものを創り出しす。主に盾や壁といった防戦重視のものが次々と出現する。

 武器と言えるのはその手に持つ刀だけだ。

 足止め目的だからだろう。

 私はすぐに戦闘している場所を避けるようにして走り出す。

 ――が。


「どっこいしょー!!」

「はっ!?」


 大きな声が聞こえてくると共に飛行機の残骸が私に向かっていくつか飛来する。

 全力で駆け、前に飛び込み残骸を躱すがうまく受け身が取れずそのまま倒れこんでしまう。


「何がっ」

「よぉ、久しぶりだな」


 ……最悪だ。

 私は最も聞きたくない声を耳にして、きっと人生で一番最悪な気分になる。


「クールタイムは終了。第二ラウンドといこうや」


 顔を上げると、その場にはあの時襲い掛かってきた狼男が笑っていた。

「勘弁してくれ……」


 本当に、最悪だ。


 ◆ ◆ ◆


 連続で飛んでくる弾丸を斬り、躱し、防ぐ。

 目の前にいるブライスは引き金を引くと同時に複数の手榴弾をピンを抜いた状態で転送してくる。

 同時に鉄の箱を同じ数を創り出し手榴弾を閉じ込める。

 数秒後、大きな金属音が響いて箱が明後日方向に飛んでいく。


「その干渉ずるくねぇ?」


 物質を転送してくる奴が言うことか。

 小さく舌打ちを打ってブライスの前に壁を創り出し視界を塞ぎ、その上から正方形の塊を落とす。


「あっぶねぇ!」


 ブライスは跳躍して躱し、両手に握っていたアサルトライフルを捨てて別のモノを手にした。


「とんだ骨董品をっ」


 新たに表れたのはRPG-7。

 旧時代に使われていた携帯式対戦車擲弾発射器グレネードランチャーだ。

 今となっては博物館でぐらいでしかお目にかかることは無いだろうそれを二つ持ち、私に向かって発射した。


「そんなの!」


 先ほどの手榴弾と同じように飛んでくる擲弾を箱に閉じ込める。


「ところがどっこい!」


 ブライスが叫ぶと後ろから殺気を感じ、振り返ると閉じ込めたはずの擲弾がこちらに迫っていた。

 ギリギリのタイミングで壁を創り出し、擲弾を防ぐ。

 大きな爆発と金属音が耳を壊す勢いで響かせる。

 どうやら発射した擲弾を転送してきたようだ。


「察し良すぎねぇ?」


 違う。

 私が気が付いたのはブライスの攻撃じゃない。

 壁を消すと目の前に擲弾とは別のモノが迫っていた。

 私は武器を捨て体で受け止める。

 あまりの勢いに足を引きずりながら後退しするが倒れることは無かった。

 受け止めたモノ、沙耶が少し辛そうにしながら顔をこちらに向ける。


「やぁ、助かった」

「一体どうしたのよ?」

「因縁はメンドいってことさ」


 沙耶を地面に下ろしながら聞くと訳の分からない答えが返ってくる。

 彼女の見る先に視線を移す。そこにいる人物を見て息を飲んだ。

 筋骨隆々の身体。獰猛な瞳に、圧倒的な威圧感。

 現在指名手配されている中で最強の干渉者。


「ボルス・クライム」

「あいつそんな名前だったの?」

「二人がコンビを組んでるなんて話は聞いたことは無かったのだけれど……」


 私は沙耶の様子を見ながら前後を警戒して武器を構える。

 沙耶はへらへらと笑っているがずいぶんとボロボロだった。

 私がブライスと戦っている間に襲い掛かったのだろう。

 見た目よりかなり余裕がなさそうね。


「コンビの話が表に出てねぇのは俺が情報操作してるからだなぁ。

 これでも俺は何でもできちゃうんだぜ?」


 ブライスは腕を組んで自慢げな様子になる。

 それを見たボルスはフンッと鼻を鳴らした。


「おめぇは臆病だからな」

「そら怖いもんは怖いさ、だからお前を連れてるんだよ。

 さていい加減に仕事を終わらせよう」

「沙耶を連れて行かせるとでも?」


 私は二人から庇うようにして沙耶の前にでる。

 話している間に少しずつ移動して前後の位置から左右の位置になるような立ち位置になった。

 これで対応ができる。

 最悪、沙耶を棺桶に詰めて逃げることを考えなければ……。


 あぁ、そんな話もあったなぁ……」

「何?」


 ボルスの言葉に私は疑問に持つ。

 沙耶の誘拐が目的ではなかったの?


「悪いが」


 ボルスが消え、身体の横に出現する。


「速っ」

「そいつをが今の仕事だ」


 腹部に強烈な蹴りが入り、その場から飛ばされてしまう。


「ぐがっ!?」

「刀華!」

「他人のことを気にしてる場合かよ!」


 ボルスの剛腕が沙耶に振り下ろされるが、沙耶は腕から骨を瞬時に出して受け止める。


「うぐっ!」

「はっはー!いいぞその調子だぁ!」


 ボルスは歓喜の声を上げてさらに攻撃を繰り出そうと構えるが、その前に巨大な金属の箱を創り出して閉じ込める。

 強力な攻撃力を持っていても人間であることには変わりない。

 自力では抜け出しことはできないだろう。


「早く空港へ!」


 腹部のダメージのせいが大声を出すがきついが、私は沙耶に叫ぶ。

 沙耶もわかっているのか、腕の骨をしまうと空港へと走り出した。

 問題は空港内の避難が住んでいるかだけれど……。

 私かそう考えていると、ズシンと思い音が響いた。


「閉じ込められようが俺の干渉にかかればこんなもんよ」


 ボルスを閉じ込めていた金属の箱はブライスの隣へを移動していた。


「ほらさっさと追っかけろよ」

「わーってるよ」

「させるとでも!」


 先ほどと同じようにボルスを閉じ込めようと干渉を使う。


「おっと、嬢ちゃんの相手は俺だぜ」


 だが箱が形成される前にブライスによる銃撃が飛んできた。

 私は身体を転がして躱す。

 その隙にボルスは驚異的な跳躍力で空港へ跳んでいった。


「しまったっ!」

「最初と立場が逆転したな」


 ブライスは一つの瞳だけで笑う。


「俺は嬢ちゃんの足止めをする。

 その間にボルスはあの娘を仕留める」

「させない!」

「いいや」


 ブライスは持っていた銃を捨て、両手を広げる。

 同時に地面に落ちる大量の影に気が付き、上を見上げる。

 そこには大量の爆発物が私に向かって降り注いでいた。


「もう手遅れさ」


 私は爆発の中に巻き込まれた。

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