第5話

 検査を受けた後、僕はすぐに退院することができた。

 ちなみに先輩は事件の翌日に起きたので僕よりも早く退院できるようだったが、身体のこともあって今日まで入院していたそうだ。

 それが無くても色々理由を付けて僕の隣にいようとしそうだけれども。

 しかし。


「ボロボロだな」


 僕はボロボロの制服を着ながら呟く。

 生憎、服を届けてくれる人はいないので仕方なく制服を着ていた。

 まぁボロボロと言ってもブレザーが傷をついているぐらいで、ズボンやワイシャツは少し汚れてる程度だ。

 ブレザーは着ないで手に持っておこう。

 退院手続きの際、支払う料金にドキドキしていると既に払われていると言われた。

 きっと先輩だろう。あの人、個人資産が会社の資本金ぐらいあったはずだし。

 必要なことを済ませ、軽くお礼を言ったのちロビーを見回しながら歩く。

 あの人はどこに行ったのだろう?

 しばらく探していると出口近くにいる先輩の姿があった。


「あれ?」


 先輩の隣には先程病室に来ていた夜見切さんの姿がある。

 更にはそれに並ぶようにレジストの制服を着た男女一組が立っていた。

 少し早足になってそこに行く。


「先輩」

「んっ?あぁ、真広君」

「無事退院おめでとう」

「ありがとうございます」


 夜見切さんに軽く会釈をしながら隣にいる二人を見る。

 男性は見覚えがあった。

 僕たちが襲われている時に助けてくれた眼鏡の男性だ。

 あれだけ派手にやられていたのにもう現場復帰しているのか。

 もう一人の女性の方を見て、少し驚く。

 綺麗な人だな……。

 鮮やかな蒼い色をした瞳に、青みがかった黒髪は左耳の上あたりの部分で一本に纏められている。

 そして凜とした出で立ち。

 大和撫子という表現がぴったりと収まるのではないだろうか。

 何よりも驚いた理由はその女性が、先輩と同様の美しさを持っていたことだ。

 僕にとって世界中でどこを探しても一番に美しい、綺麗だと思う女性は先輩ただ一人だけだったが、この女性は先輩に感じる印象と近いものがあった。


「そちらの方々は?」

「あぁ、沙耶ちゃんにはもう紹介したのだけれど」


 沙耶ちゃん。

 距離縮むの早くないですか?


「護衛する隊員たちよ。

 こっちの眼鏡が鉄沢研吾てつざわけんご


 夜見切さんが紹介すると、鉄沢と呼ばれた男性が一歩踏み出す。


「会うのは二度目ですね。

 あの時は守り切れなくて申し訳ない」

「いえ、気にしないでください。

 これからよろしくお願いします」


 鉄沢さんと握手をする。

 最初に会った時も思ったが、優しそうな人だ。

 握る手は男らしくごつごつとしていた。

 続けて夜見切さんがもう一人を紹介する。


「それでこちらが沙耶ちゃんの護衛の蒼井刀華あおいとうかちゃん。

 刀華ちゃんは干渉島から来た学生で、沙耶ちゃんと同じ十七歳よ」


 それを言われて、学校で見たテレビの内容を思い出す。

 ほんとに学生が現場に出てくるんだ。

 僕は蒼井さんを見て、握手をしようと右手をだす。


「紅真広です。

 先輩をよろしくお願いします」


 ……

 …………

 ………………?

 蒼井さんは先程からピタリと動きを止めて、こちらの動きに反応しない。

 もしかしてこういうコミュニケーションは取らないタイプの人なのだろうか?


「あの?」


 声を掛けると、ビクリッと少し震えて少し慌てた様子になる。


「あ、あぁごめんなさい。

 蒼井刀華です。よろしくお願いします」


 そう言って蒼井さんは僕の手を握って握手を交わした。

 特に問題は無さそうだ。


「……ほぉーん」

「先輩?

 どうかしたんですか?」

「いや特に」

「そうですか」


 先輩の謎の態度に僕は首をかしげる。

 なんかよくないことを考えていないだろうか?

 それにしても先輩との同年代の女性と関わるのは初めてだ。

 僕も先輩も友達がいないのでなにか迷惑をかけることがなければいいのだけど。


「これからどうするんです?」

「一応、家に戻るつもりだけど真広君も来るだろ?」

「まぁ、行くつもりですけど、僕はほらこれ」

 そういって制服をポンポンと叩く。

「いや別に私の家にも服あるじゃん」

「それ先輩が趣味で集めたやつでしょ。

 コスプレみたいで着るのに抵抗あるんですけど」

「大丈夫だって、ちゃんとしたのもあるから」


 先輩は悪い顔で笑う。

 何一つ信用できる部分がないな。

 僕がその顔に引いているとレジストの三人が話に混ざれていないことに気づく。


「あー、なんかすいません勝手に進めて」

「いえいえ、仲がよろしいのですね」


 鉄沢さんがニコニコとしながら微笑ましそうにしている。

 大人の余裕というやつなのだろうか。

 一方、夜見切さんも笑っているが、その笑みの意味は別のモノに感じる。


「お二人はそういう関係?」

「そうだよ」

「違います」


 先輩の肯定を即座に否定する。

 勝手なことを言うんじゃない。


「つれないなぁ」

「いつも通りです」

「悲しいね」


 先輩は肩をすくめる。


「移動するとしても足はどうします?」

「こちらで車を用意しているのでそれ移動しましょう」


 鉄沢さんが懐から取り出した車のキーを見せる。

 ハンドル横に差し込んでエンジンをかけるタイプだ。

 今の時代では珍しいものを見て少し得した気分になる。


「よろしくお願いします」

「じゃあ私はここで失礼するわね。


 またの機会に会うことがあればまた」

 そういって夜見切さんは一足先に病院を出て行った。

 なんとなくだけどまたお世話になる気がするな。

 僕じゃなくて先輩がだけど。


「じゃあいこうか」

「ではこちらへ」

 

 夜見切さんが出ていった出口とは別方向へ歩き出す。

 病院を出ると、そこには一台の軽自動車が駐車されていた。

 その自動車の見た目は至って普通で、市販されているものと変わらないように見える。


「黒塗りのワゴンとか想像してた」


 気持ちはわかるが口には出さない。

 鉄沢さんがにこりと笑いながら先輩の言葉に答える。


「こちらの方がカモフラージュ向きですので

 こう見えてこの車、装甲車並みに頑丈ですので」

「それはそれでだいぶやばい車ですね……」


 鉄沢さんが運転席に乗り込み、続いて僕たちも車に乗る。

 車はゆっくりと発進して、目的地へと向かい始めてた。


 ■ ■ ■


 病院から出発して数十分。

 僕たちは先輩の自宅に到着していた。

 この街の一等地に立つお屋敷。

 それを中心として大きな壁が周囲を囲っており、中に入るには鉄格子の扉をくぐらなければならない。

 先輩は端末を操作すると正面にある巨大な鉄格子の扉が自動的に内開きになる。


「中に駐車場あるから進んで」


 先輩がそういうと鉄沢さんが車を進めて敷地内に入った。

 三車線ほどの広さがある道を進み、しばらくして一部開けた場所につく。

 いくつかの白線があることから駐車場であることがわかる。

 鉄沢さんは慣れたように駐車場に車を止めた。

 その後車を降りた僕は大きく伸びをして固まった体をほぐす。

 あまり乗り物に乗るのは得意ではないのだ。


「広い……」


 助手席から降りた蒼井さんがぽつりと呟いた。

 まぁ確かに。


「旧東京ドームほどの大きさがあるらしいですよここ」


 視界に入るのは広いには、備え付けられたベンチや噴水。木々や花壇。

 まるでどこかの広場のようだ。


「ここから入口まで距離がありますがこちらまでどうやって?」


 蒼井さんが不思議そうに僕に問いかける。

 それに「あぁそれは」と答えようとしたら


「あれを使うんだよ」


 後ろから声がかけられると同時に肩に手が置かれる。

 顔だけ動かしてみると先輩が笑みを浮かべながら一つの方向へ指をさしていた。

 その方向には駐車場の一角に数台の自動車が置いてあった。形状は前輪が二つ、後輪が一つの三輪バイクに屋根がつけられている。蒼井さんがそれを見て少し目を丸くした。


「自動バイクですか?」


 ハンドルの中央部分にタッチパネルがあり、そこに目的地を入力すると内蔵されているコンピューターが自動で目的地に送ってくれる。


「最初期に作られた試作機だから干渉島で動いてるやつと比べればだいぶ性能が低し、大型だけどね。

 せいぜい走れるのがここから入口ぐらいまでさ」

「へぇ~……」


 蒼井さんはどこか興味深そうに声を漏らしていた。


「乗る?」


 その様子を見た先輩はそう提案する。

 すると蒼井さんはバッっと振り向いた。


「えっ!?」


 彼女はまるで別人のように嬉しそうな表情になった。

 いきなりのことに僕と先輩は面を食らう。

 蒼井さんはそんな僕たちを見て自分の態度に気が付いたのか、勢いよく手を口に当て顔をそらしてコホンと咳払いをした。

 ほんのり顔が赤く染まっている。


「い、いえ。今は任務中なので遠慮しておきます」

「君、結構可愛い性格してるね」


 先輩の言葉に蒼井さんは俯いてしまう。

 耳が赤くなってきたのを見て先輩はへらへらと笑った。

 性格が悪い。


「ではお二人はどうしますか」


 車から降りてきた鉄沢さんへと振り向いて答える。


「今日のところは家で休むさ。

 あと、聞きたいんだけど」

「なんでしょうか?」

「護衛ってどこまでするんだい?

 一応ここら周辺は監視するんだろうけど、護衛範囲は私たちだろう?

 ここは下手な建物よりも防犯設備があるわけだが」

「ご自宅でお休みになられるのであれば私は一旦支部に戻り、周りの護衛は他のものに任せることになります」


 ようは旧時代にあったSPみたいなものか。

 旧時代の知識を先輩に叩きこまれた僕はそう納得した。

 もっとも家の周りにいるのが公安警察ではなく同じレジストの人たちなのだろうから完全に一緒というわけではないだろうけど。

 僕がそう考えているとふと気づく。


?」

「えぇ、そこにいる蒼井はここに残ります」

「えっ」


 鉄沢さんの言葉に驚いたような声を出したのは僕や先輩ではない。隣を見ると蒼井さんが口を開けて動きを止めていた。

 硬直していたのは数秒ですぐに焦ったような表情になって動き出す。


「て、鉄沢さん?私はそのような話は伺っていないのですけれど」

「伝えていませんから」

「それは組織としてどうなんですかっ!?」


 蒼井さんは慌てているが鉄沢さんはにっこりとした表情だ。


「私たちより同年代のほうが何かと負担は掛からないと思いますので。

 それに島で過ごす際もしばらくは蒼井が傍につきますので親睦でも深めてください。

 ちなみに明日のご予定は?」

「とりあえず9時頃には出るつもりだ」

「わかりました。

 ではその時間に迎えに来ます」

「えっ、ちょっと」


 手を伸ばす蒼井さんを無視して鉄沢さんは車に乗り込んだ。


「出るときはセンサーで自動で開くからそのまま出ていって大丈夫だよ」

「それはどうも。

 あ、蒼井さんの荷物はそこに置いておいたので。

 ではまた」


 軽く会釈し、ギアを操作してそのまま走って行ってしまった。

 残されたのは大きなボストンバッグが二つと口をあんぐりと開けて手を伸ばしながら固まっている蒼井さん。

 いたたまれない気持ちになってとりあえず声をかけることにした。


「とりあえず中に入りましょうか?」

「はい……」

「じゃあ荷物持ってー」


 先輩はそんなのはお構いなしにスタスタと歩いて行ってしまった。

 蒼井さんは色々と受け入れ、というより諦めたのか、顔を上げて先ほどの車があった場所に置かれていた二つのバッグを持ち上げる。


「どちらか持ちましょうか?」

「いえ、大丈夫です。

 それに両方ともそれなりに重量がありますので」


 そう言うが、彼女が軽々しく持ち歩いているのを見てそうとは思えなかった。

 そんな僕に気が付いたのか、持っている片方の荷物を僕に差し出す。

 確かに普通のモノより大きめのサイズだけれど……。


 僕は荷物を受け取ったその瞬間。


「おッ!?」


 あまりの重さに勢いよく腕が下がり、バッグが地面に落ちた。

 そこから持ち上げようとしても数ミリも浮かなかった。

 かなりの重量だ。

 鍛えていない僕が言うのもなんだけれど、これは鍛えている人でも持ち上げるのには結構きついだろう。

 そんな僕を見てクスリと笑った蒼井さんは荷物を持ち上げて肩にかける。


「ね?」

「よくもまぁそんなものを持てますね?」

「干渉者は力持ちなんですよ。

 普通の人に比べればという話ですが」


 確かに干渉者は身体能力が優れていると聞いたことはあったが、蒼井さんのような細身の女性がそれなら筋肉をつけた人ならもっとすごいのだろう。


「おーい、早くー」


 先輩が屋敷の扉の前で僕たちを呼ぶ。


「では行きましょうか」

「はい」


 少し早足で屋敷の前まで移動し、先輩の後ろにつく。

 先輩が屋敷の扉を開けて中に入ると横に整列している人たちがいた。


「おかえりなさいませお嬢様」

「「おかえりなさいませ」」


 執事服を着た男性が腰を折りながら頭を下げるとそれに続いて隣に立つメイド服を着た二人の女性も同じように頭を下げる。


「ただいま滝蔵たきぞうさん。

 海さんも里奈さんも」


 先輩がそういうと執事服を着た男性、滝蔵さんがニコリとした表情を浮かべながら身体を起き上がらせた。


「えぇ、ご無事で何よりです」

「心配したんですよ?本当に」


 先輩の顔を見て女性二人は安堵の表情を浮かべる。


「ごめんごめん」

「こちらに幹重みきしげ様から何度も電話がかかってきていますよ。

 お嬢様と一度電話した以降連絡が取れないと」

「あー、うるさいから着信拒否した」

「あとでもう一度連絡してくださいね。

 気が気じゃない様子でしたから」

「はいはい、わかったわかった」


 先輩がうんざりとした表情で頷く。

 身内にはあまり強くは出れないらしい。

 そんな小言を言われている先輩を見て蒼井さんが固まっている。

 ボソリと「リアル使用人だ……」と呟いていた。気持ちはとても分かる。

 そんな蒼井さんに気付いたのか、先輩が蒼井さんに向き直る。


「紹介しよう。

 こちらが私の家の使用人の」

磯達いそたち滝蔵と申します。

 こちらが妻の海、娘の里奈です」


 先輩の言葉に割り込むように滝蔵さんが自己紹介をする。


「お三方はご家族なのですか」


 蒼井さんの質問に海さんが「えぇ」と頷いた。


「幹重様に拾われて一家で務めさせていただいてます」

「そうなのですか……あっ、失礼。

 私はレジストに所属している蒼井刀華と申します。

 この度は骨咲さんの護衛として」

「あー、そういうのいいよ堅苦しいし」


 先輩はそう言って蒼井さんの後ろに回って両肩に手を置く。


「いえ、ですが」

「この子は私の友達の蒼井刀華。

 これからしばらくお世話になる予定の子だから丁重にもてなしてくれ」


 ニッコリとした笑顔で使用人の三人に蒼井さんを紹介した。

 ……友達?

 僕が首を傾げると滝蔵さんはピシリと固まり、少しの間の後、目と口を大きく開いて慌てはじめた。


「おじょ、お嬢様のお友達ですとっ!?」

「ほ、ほんとですか!?ほんとなんですか!?」

「これは、これははやく幹重様にご報告をしないと!!」


 滝蔵さんにつられてか、他の二人も大きく慌てる。

 普段の三人を見ている身としては珍しい光景だ。


「えっと、これは」

 蒼井さんが小さな声で僕に耳打ちをする。

「先輩は友人がいないんですよ。

 これまで0人です」

「そ、そうなんですか?」

「だから家に友人を連れてくるなんてことは世界中で天変地異が起きるくらい驚くべきことなんです」

「えっ、うんそう」


 少し引いたような顔になる蒼井さん。

 そんな先輩の友達認定されたらちょっと、いや、かなり思うところがあるだろうけど。


「だから、できれば仲良くしてあげてほしいです」


 二人だけの関係も悪くないけれど、できれば先輩には一人でも多くの人と仲良くしてほしいとは思う。

 色々と達観してて大人びている人だが、それでも十代の女の子なのだ。

 だから自分以外にも対等でいてくれる人がいればいいと思う。


「優しいのですね」

「気のせいです。

 それはともかく、先輩は混乱している人たちをどうにかしてください」


 ため息交じりに目の前にいる三人を見るとまだオロオロとした様子だった。


「はいはい。

 海さん、これからお風呂の用意してもらってもいい?

 しばらく病院にいたからすっきりしたいんだ。

 滝蔵さんは真広君の着替えを見繕ってくれ。

 サイズは前と変わっていないはずだから。

 里奈さんは私の部屋になにか飲み物を持ってきてくれないかな。

 あとできればお菓子も」


 先輩が一人一人に指示を出すと、オロオロとしていた三人はぴたりと止まる。

 そしてピシリと整列して頭を下げる。


「「「かしこまりました」」」

 そう言うと三人は早足で各々の仕事に向かっていった。

「すごいですね」

「優秀な人たちだからね」


 蒼井さんの感嘆の声に先輩は自慢げに胸を張る。


「さて、じゃあ私の部屋に行こうか。

 そこで色々と教えてくれ」


 ■ ■ ■


 私は骨咲さんに連れられて、紅君と一緒に彼女の部屋に入った。

 部屋の中で最初に目につくのはスクリーンタイプのテレビが壁に掛けられていて、その前には少し大きめのソファとテーブルが置かれている。

 他には本棚、壁面収納タイプのクローゼット。

 日差しが差し込む窓の外にはベランダがあり、そこでは植木鉢が数個、それぞれ別々の花が咲いていた。

 正直なところもう少し家具があるものだと思っていたのだけれど。


「荷物は適当に置いておいてくれ。

 今、刀華の部屋を用意させてるから」


「えっ、はい」


 私はそう言われてソファの隣に二つのボストンバッグを並べて置く。

 それと同時に名前を呼ばれたことに気が付いて一瞬動きを止める。


「友達なんだから名前で呼ぶのが普通だろう?」


 気づいた骨咲さんがそういう。

 そういえば、先ほど私を『友達』だと言ってたわね。

 干渉島あっちに行った際、私は彼女の案内役として行動を共にする機会が多いし、その方が都合がいいのだろうか?

 さっき紅君にも彼女のことを頼まれたわけだし、これを無下にする理由はないはず。


「そ、そうですか。

 まぁ私としては構いませんが」

「あと喋るの普通にしてよ。

 そんな堅苦しいと息が詰まるだろう?」

「いや、ですが」

「どうせ私たち以外に人はいないんだ」

「……まぁその方がいいというのなら」

「そうとも、友達だろ?」


 友達。

 その言葉に私の胸は少しの高鳴りを感じているが、それを表に出さないように彼女たちに背を向けて深呼吸をする。


「じゃあ骨咲さん」

「沙耶でいいよ。呼び捨てで」

「あ、うん。

 えっと、沙耶は何か聞きたいことはある?

 鉄沢さんに言われた通り、ある程度知っておいた方がいいと思うから」

「そうだなぁ、とりあえず干渉者について一通りかな。

 私もそれなりに調べたことはあるけど、何年も前だし」

 

 骨咲さん、いや、沙耶はソファの真ん中に座った。

 そして左隣に紅君も座る。

 沙耶はその反対の右隣の部分をポンポンと叩いた。座れということなのだろう。

 私はそこに座って、手持ちの小型端末をポケットから取り出す。

 端末を操作してホロウィンドウを空中に投影させてテーブルに置いた。

 画面の大きさは少し大きめにして、三人が座った態勢そのままで見れるように設定し、一般に公開されている情報を開く。


「干渉者の生まれは歴史の授業で習ったかしら?」

「あぁ、例の『干渉戦争』が起きて数年経ってから生まれ始めたって話と覚醒する年齢のことだろ?」

「そこを知っているのなら大まかな説明は省いて大丈夫ね」


 私はそう言ってホロウィンドウを操作して二人に説明する。

 干渉には基礎系統が4つ。


 干渉系。

 無から有を生み出したり、触れたものをどこか別の場所へと転移させたり、手から火や液体を噴出させたりなど、物理現象や法則を完全に無視した能力が主な干渉だ。

 この干渉はレジストで活動する人間が多く、そのほかでは能力に合わせた専門職に就職している。

 最初に生まれたのがこの系統だからこそ、私たちの持つ能力が『干渉インタフィア』と呼ばれるようになったという話もある。


 強化系。

 身体能力や感覚が向上する能力。

 干渉の中ではシンプルでとても扱いやすい能力となっていて、他の干渉と比べて目立った変化はみられることは無いが、その分汎用性が高い。


 異形系。

 基本的に獣のような姿や複椀など、人の姿から離れている者たちが該当される。

 普通の干渉者よりも特化していることが多く、獣のような姿ならその獣に合わせた能力があり、複椀や尻尾等では普通の人間が両手足を使うように何ら支障なく動かすことが出来る。

 この干渉は身体的特徴に近い為か、この干渉以外にも他に干渉を持つ場合がある。


 最後に変化系。

 強化系のように通常の状態では目立った変化はないが、髪を操ったり、手足を伸ばすなどの身体、またはその一部を変化させる能力。

 身体を直接変化させる為か、通常の人間や干渉者に比べて自然治癒力が優れている。


「こんな所ね」

「となると、私の干渉インタフィアは変化系に分類されるわけか」

「そうなるわね。

 変化系は本人が持つ干渉によって能力の振れ幅が左右されやすいから、何ができて何ができないのかしっかり確認した方がいいと思うわ」

「ふむ、まぁ大体何ができるのかは予想はつくけど……」

 

 沙耶は手の甲からニョキリと骨を出す。

 その骨は体の中にあるような形ではなく、先端が尖った触手のような形をしており、壺から出る蛇のようにくねくねと動いていた。

 見た目の悪さに少し引いてしまう。


「何気持ちの悪いことしてるんですか」

「そう?結構いいもんだと思うけどね。

 ほら例えばこんな風に」


 沙耶がそういうと尖っていた先端が粘土のようにぐにゃりと歪むと羊の頭蓋骨の形に変わっていった。

 その頭蓋骨は上下の顎でカタカタと鳴らして紅君の前に出る。

 紅君はそれに特に大きな反応は見せず、目をスッと細めて頭蓋骨を指で弾いた。


「あいたっ」

「痛いんですか?」

「痛いというか、振動が手の甲まで伝わってきた」


 沙耶はそういって出していた骨を手の甲にしまい、さすった。


「出した骨にも神経が通っているのかしら?」

「どーだろ?そこらへんは調べないとわからないな」


 私たちがそう話をしていると部屋の扉から軽いノックの音が聞こえた。

 沙耶が「入っていいよ」と振り向いて声をかけると扉が開き、先ほど顔を合わせた里奈さんがにこやかな笑みを浮かべてカートを押して部屋に入ってきた。


「何やら楽しそうですね」


 三人で肩を並べて座っている様子を見てニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべる。


「親交を深めている最中だよ」

「それはとても素晴らしいことです」


 彼女はそういうとカートに乗せたお茶菓子を並べはじめる。それと同時に同じようにカートに乗っていたティーカップやポットが宙に浮き始めた。


「里奈さんも干渉者なのですか?」

「えぇ、干渉系の念力ですよ

 なにかと重宝しています」


 そう言いながら干渉と自分の手を使って食器等を手際よく並べていく。

 私は邪魔になりそうな端末を取り、ホロウィンドウを消して胸ポケットにしまった。


「仕事で優秀な能力だよねぇ……。

 っとそういえば刀華の干渉はどんなのなの?」


 沙耶は紅茶が淹れられたティーカップを受け取りながら私に目を向ける。


「私の干渉は……説明するよりも見てもらった方が早いわね」


 私は左手を上に向けて自分の干渉を発動させる。

 すると蒼い粒子がその手のひらに集まり、一つの形に形成されていく。

 かかる時間は数秒。そこには一本の金属でできたナイフがあった。

 窓から差し込む光が当たると蒼い光沢が見て取れる。


「私の干渉は金属創造。

 こんな風に金属の物質を創り出すことができるの」

「そのナイフ以外にもですか?」

「えぇ、形状は私がイメージできる範囲に限られるけど、大体のものは創れるわね」

「製鉄所涙目だな」

「まさか、そんなに長くは維持できないわよ。

 もって一日ぐらい」


 私はナイフは蒼い粒子に分解する。

 粒子はキラキラと輝いた後、空気に溶け込むようにして消滅した。


「お嬢様。

 入浴はあと10分ほどでご用意ができるそうです」

「わかった。もう下がって大丈夫だよ」

「はい。

 それでは失礼します」


 里奈さんが退室すると沙耶はお茶菓子に手を伸ばしながら私とは別のタイプの端末でホロウィンドウを展開させる。


「さて、それまでこれからの予定を立てることにしますか」

「明日のですか?」

「そう。

 最近のイチオシの場所はどこかなっと」


 そう言ってホロウィンドウを次々に開いては操作して、紅君と明日の予定を立て始める。

 そこに私も巻き込まれたのは予想外だったが、なんだかこの二人と一緒にいるのは悪くない気がして結構ノリノリで案を出し、時間が過ぎていった。

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