第4話

 これは夢だと理解するのに時間はかからなかった。

 周りに広がるのは荒野。

 そこにあるのは多くの人間の死体だった。

 身体が残っているものもあれば、四肢や半身がないものもある。

 とても悲惨な光景だ。

 しかし不思議と吐き気や嫌悪感がわかない。

 しばらくその荒野を歩く。

 すると人間とはまた別の生き物を見つけた。

 地球の生物とは似ても似つかず、全身に青い幾何学模様が刻まれている。

 見たことのない化け物だ。

 いやこれは……確か『レティオ』?

 過去にあった『干渉戦争』。

 教科書やテレビで紹介される資料でしか見たことはないが、この世界に多大な被害をもたらした生物。人類の敵。

 その姿がそこにはあった。

 全身から青い血を流して息絶えており、動く気配もない。

 この化け物も欠損状態がとてもひどいものだった。

 人に倒されたのか?

 それにしては獣に食われたような跡が残っている。

 人にやられたにしてはとても奇妙な傷跡だった。

 その死体を触りながら僕は思う。

 なんで、こんな……。

 こんな夢を見ているのだろうか。

 そう疑問に思ったとき、ズシン、ズシンという振動が地面や空気を通して伝わってきた。

 前を見ると赤い、いや色の化け物がゆっくりと近寄ってきていた。

 狼や狐に似た姿をした化け物は全身から赤黒い液体を垂れ流している。

 その液体は地面に落ちる前にじゅるりと化け物の身体に戻る。どうやら身体をその液体で覆っているようだ。

 しばらくするとその化け物は僕の前で足を止める。

 近くよるととても大きいのがわかる。

 これほどの化け物だ。普通なら恐怖におびえて逃げ出すだろう。

 しかし、僕はそうはせずにじっと化け物を見つめる。

 既知感。

 化け物の姿、放たれる鉄のような臭いを懐かしいと思える。

 不思議に思いながらも惹かれるようにその手を化け物の顔に伸ばす。

 化け物もそれに合わせるように顔を近づけた。

 そして…………。


 ■ ■ ■


「うぁ……」


 僕は目を覚ました。

 白い天井と虚空に伸ばす右手が視界に入る。


「ここ……は?」


 状況がつかめない。ゆっくりと思考を巡らせる。

 なぜ、なぜ、なぜ、と数度の自問自答。

 そして何が起きたのかをはっきり思い出し、ハッっとその目を開く。


「先輩っ!!」

「はーい」

「えっ」


 ガバリと起き上がりながら焦ったように声を出す。

 が、隣のベッドに先輩が笑顔で手を振っていた。

 彼女は学校で見た姿とほぼ変わっていない。制服から入院着に変わっているくらいだ。


「えっと……無事なんですね?」

「うん、この通りね」


 彼女は両腕を伸ばして上半身をくるりと九十度回す。

 元気に動く姿を見て、本当に無事だということを理解した僕はホッと息をつく。


「よかった……」

「なーにがよかった……だよ。

 君のほうがだいぶやばかったんだからね」

「そう……なんですか?」


 自覚はない。

 いや、でも確かにあの行動は危なかったかもしれない。

 何を今更、と言われてしまいそうだが。


「あと少し遅ければ死んでたかもって

 んでもって、君は丸二日も寝ていたんだからね」


 言われて自分の身体をあちこちと触る。

 目立った怪我はなく、五体満足の状態だった。

 正直なところ、死にかけたといわれても実感はあまりわかなかった。

 あの時の記憶はしっかりとある。

 それを思い出すと蹴られた部分と頭が少し痛む気がしてきた。

 そうしていると先輩はベッドから降りて僕の隣に座り、抱きしめてくる。

 いきなりのことで僕の身体か固まってしまった。


「巻き込んでしまってすまない」


 声には安堵の感情が込められていた。


「いえ、別に。

「先輩が無事でよかったですよ」

「ありがとう。

 でも、最後に君がアレに突撃する必要はなかったんだぞ」

「あー……いやでも」

「でもじゃない。

 君が吹っ飛ばされた時は心臓が止まるかと思ったんだからな」

「すいません……」


 僕が謝ると少し、抱きしめる力が強くなった。

 手が少し震えていて、どれほど僕のことを心配していたか伝わってくる。


「次はないかも、なんだからね。

 ほら、わかったら真広くんも抱きしめる」

「えぇ……」 

「うぉっほん!」


 先輩の身体に手を回すか悩んでいると誰かの声が飛んできた。

 隣を向いて見ると、サングラスをかけ、髪をオールバックにした白衣の男性がそこに立っていた。

 名札には福海直治ふくかいなおじと書かれている。


「君たち、仲がいいのは結構だがほどほどにな?」


 直治先生は幼いころから僕たちを診ている主治医だ。

 その医師としての実力は世界でも上から数えたほうが早く、その実力を認められて主に難病や特殊な病気を治療している。

 僕や先輩は世界でも希少な病気らしく、そのような理由もあって担当医になっていてくれている。


「さぁー、真広くん続き続き」

「少しは俺の話聞いてくんない!?」

「だって弱った真広くん珍しいし、このままいけば既成事実がだね」

「少なくとも病院ですることじゃねぇだろ……」


 直治先生はため息をつきながら目頭を押さえる。

 というか先輩はさらっととんでもないことを言っているな……。

 流石にこれ以上は申し訳ないので、先輩の肩を軽くたたいて離れるように指示する。

 すると先輩は不服そうな顔になりながらも僕から離れて、座りなおす。


「直治先生が治療してくれたんですか?」

「あぁ、そうだ。

 真広は特にやばかったから俺の干渉インタフィアを使った」


 直治先生は干渉は再生。

 その気になれば部位欠損や臓器を再生させることができるというのが本人の談だが、その真意はそれなりに付き合いのある僕でも知らない。

 しかし、そんな治療したということはそれほどまでに深刻な状況だったということなのだろう。

 改めて自分が危険な状況だったということを理解する。


「ちなみに干渉の治療は値が張るぞー」

「うっ、これはおじいちゃんに怒られる」

「金額よりも重傷を負ったことを怒られろよ。

 電話したら老師が慌ててたからな」


 直治先生の言葉を聞いて頭に祖父の顔が思い浮かぶ。

 心配そうな顔と怒った顔の両方だ。

 少し胸が苦しくなるが今はそれどころではないと頭を振って視線を直治先生に向ける。


「あれからどうなったんですか?」

「それはだな」

「それについては私から話をしますよ先生」


 直治先生が苦い顔で説明しようとすると、その後ろから女性が現れた。

 いつの間にか病室に入ってきていたらしい。

 真広と沙耶はその女性に見覚えがあった。


「えっと、確かレジストの日本支部長の……」

「あら、知っているの?

 夜見切文乃よみきりふみのです。初めまして」


 そういって女性、夜見切さんは笑いかける。


「なぜそんな大層な人物がこんなところにいるんだい?」

「先輩、敬語」

「ふふっ、気にしなくていいわよ。

 私がここに来たのは沙耶さんにちょっと勧誘を……ってところかしら」

「勧誘?」


 不思議に思いながら先輩を見る。

 先輩はムッと眉を顰めるが、そこに驚きは感じられず、むしろ「わかっていた」とでも言いだしそうな雰囲気だ。

 直治先生も似たよな表情になっている。どうやらこの場で把握していないのは僕だけのようだ。


「あの、どういうことですか?

 先輩は不干渉ノンフィアなんですよ?

 それに、先輩の病気だって……」

「完治したんだよ」

「えっ」

 

 その言葉に僕は困惑した。

 完治って……先生の干渉でも治らなかったのになんで?

 ありえない、ありえないだろ。

 だって今まで治らなかったじゃないか、治療法さえ見つかっていなかったじゃないか。


「どうして……」

「それは」

「私が干渉者になったからだろ?」


 割り込むように、今まで黙っていた先輩が口を開く。

 直治先生は先輩の言葉を肯定するように頷いた。

 僕の困惑は加速する。


「そんな、ありえない……」


 そう、そんなことはありえないはずなのだ。

 干渉者に覚醒するのは0歳から8歳までの間。

 その後に干渉者になる人物は存在していない。

 0歳から8歳までの間に遺伝子に刻まれている干渉因子がその肉体にウィルスのように身体に広がる。次第にそれに応じて肉体が因子に馴染んで能力を身に着けるというのが一般論だ。

 異形型の様に身体的特徴として現れるのは主に体が作られる遺伝子情報が生まれる前に干渉因子によって書き換えられる、書き加えられるといった話もある。

 前者を後天的、後者を先天的と捉える学者がいるが、能力の差など個人による為、あまり話題に上がることは無い。

 話を戻そう。

 つまるところ、0歳から8歳の間。その期間を過ぎると自然に因子は消滅し、その後に干渉者になることはない。

 これは最初に干渉者が生まれてから変わることのない事実だった。


「骨咲さんは自覚があるのね?」

「あの時のことを覚えてるし、それにほら」


 先輩が手のひらを上に向けると、その中心から白く尖ったものがずるりと生える。


「まだ感覚が曖昧だけど、自分の骨を操れるってのはわかる。

 それに今との感覚が違うんだ。うまく言葉にできないけれど、骨が頑丈になったってのはわかる」

「そう、なら話は早いわね」

「まっ、待ってください。

 話が、飲み込めないです」


 僕は額に手を当ててこの状況を整理しようと必死になる。

 それを見た先輩は残る片方の手に自分の手を重ねた。


「つまり、私は例外イレギュラーなんだ。

 希少なモノを研究するのにはここじゃ無理だから、干渉島へ連れていくって話なのさ」

「できれば保護って言ってほしいのだけれどね」


 夜見切さんが苦笑いをする。

 数度頷いて、先輩の顔を見る。


「先輩は行くんですか?」

「いく」


 即答だった。

 迷いがない真っ直ぐな瞳で。

 例外イレギュラーとなった先輩は世界的に希少で、異常だ。

 だからきっと、非合法なものを含む多くが先輩を狙って危険が常に身を纏うことになるのだろう。

 だから先輩がそう答えるのは理解できる。

 

「虫取りホイホイ見たいな状態だからね。

 危険は去ったほうが安全だろう?」


 先輩はへらへらと笑いながら言う。


「別にすぐに決めなくてもいいのよ?」

「拒否をしたところで四六時中監視される生活になるんだろう?

 なら少しくらいは自由な方がいいさ」

「そう、わかりました。

 色々と手続きとか、準備とかあるけれど」

「やり残したことがあるから、ゴールデンウィークの最終日に出立が望ましいかな」

「えぇ、ではそのあたりで」


 そういって夜見切さんはパチリとウィンクをする。


「退院はいつできる?」

「沙耶の方はもうできる。

 真広の方は一度検査して、問題が無かったらそのまま。

 寝てるうちに特に何もなかったから大丈夫だとは思うけれどな」


 直治先生が肩を竦める。

 先輩は「そっか」と言って僕のベッドから立ち上がった。


「それじゃあ先に下で待っているよ」

「わかりました」

「楽しい思い出作りの為にもしっかりと診てもらってね」


 先輩がにっこりと微笑みながらこの場を立ち去るのを目で追いかける。

 その時の僕はどんな表情をしていただろうか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る