第14話花火

駅前に立てかけられている時計は4時50分のところで針は指していた。

夕方の土曜だけあって人で賑わっている。

実のところ彼は20分も前から到着していた、がこうして物陰に隠れてある場所を見つめていた。


駅前噴水前、よく待ち合わせ場所として利用される。

そこに周囲の足を止めるほどの浴衣美女が二人。

友達なのかそうじゃないのかわからない距離。


美佐はピンク色の花柄模様、リサは青色の水玉模様の浴衣を着ていた。

それを覗き込んで見ている与太郎はいつも通りの普段着。


「ねぇ、俺らとお祭り回らない?」

「すみません、男の人待ってますので」

「ごめんなさい、男の人待ってます」


二人ともとても爽やかな笑顔なのだが、ナンパ師ですらすぐに引いてしまうほどの威圧感。

その待たせている彼も威圧されて出るに出れない状況になっていた。


会話をすることなくスマホを触り続けるリサと美佐。

そろそろ覚悟を決めて出なければいけない。

勇気を出して一歩踏み出そうとしたとき、ポケットから振動を感じた。


美佐からのメッセージ。


 こんばんは。

 人が多いので気を付けて下さいね。

 待ってます。


与太郎の顔がニヤけていた。

待ってますの文字が彼のテンションを上げさせる。



リサからのメッセージ。


 ハヤク コイ


与太郎の顔が青ざめていった。

丁寧にスペースを空けてるのが彼のテンションを下げさせる。




「ごめん、待たせたっ」

「あ、加嶋君、大丈夫全然待ってないよ」

彼女はおそらく30分以上は待っていたはず。

しかしそれを口に出さないのが美佐の優しさ。


「加嶋さん、こんばんは」

「…こんばんは」

笑顔を作っているリサの目は笑っていなかった。





「浴衣、どうかな?」

「すげぇ似合ってるって!」

「あ…ありがとう…、お母さんのだから合うか不安だったの」

「いやいやいや、全然イケてる!」

「…えへへ」

与太郎と美佐の会話は付き合いたての恋人同士のようだった。

右に美佐、左にリサを連れて歩く与太郎は注目の的になっていた。


「ニヤニヤしてんじゃないわよ、気持ち悪い」

「うぐ…」

美佐に聞こえないように小声で呟くリサ。

人が多いため、多少素の声を出してもバレることはないだろう。

だが表情は決してお嬢様を崩さない。



「そ…そうだ、せっかくだし何かやろうか」

「あっ、あれやってみたいっ」

美佐が指を指したのは射的屋だった。

当然反対する理由はなく与太郎は笑顔で頷いた。




「わっ、これ難しそうだねっ」

「ちょっとくらい乗り出して撃ってもいいかも」

「こう、かな?」

構えて撃つ練習をする美佐。

左を向くとリサがまだ弾を込めていた。


「これで的を狙えばいいんですね」

「そ…そうだね」

「…」

「いや、こっち見んな」

いつかリサに背後から撃たれるのではないかという不安が生まれた。



「加嶋さん、どれが欲しいですか?」

「ん、俺?」

「はい、それを狙います」

「じゃ~…、あのスマホケースかな」

丁度彼が使っている機種のケースが立ててあった。

あったら便利かな、程度だったのだが予想外にもリサは真剣な眼差しで標的を凝視する。


ブレを防ぐ為に息を止めて放つ。

ポンッと可愛らしい音が二つ、美佐も同時に撃ったようだった。


―――同じ物を狙って。


思ったより頑丈に立てられているのか、揺れただけで倒れることはなかった。


本当はぬいぐるみを狙うつもりだったが、与太郎とリサの会話を聞いて美佐は標的を変えた。


「あら、栗山さんも同じ物を?」

「ええ、奇遇ですね」

「…」

弾を込めながら睨み合う女性達。

店員のオッサンも恐怖を感じて動いた標的を戻そうとはしなかった。




戦いは彼女達の財布から万札が一枚なくなったあたりで終わりを迎えた。

与太郎は二人の手を取り観客達をかき分けながら逃げ出した。





「はぁ…はぁ」

先ほどいた場所から少し離れたところにある大きな木の裏に逃げ込んだ一同。

浴衣姿で走らせたのは悪く思っているが、さすがにあれは目立ちすぎである。


「加嶋君、ご…ごめんね、はぁはぁ」

「いや…構わないよ」

ああいうのでムキになる美佐の新しい一面を見れたことが実は嬉しかった。

お遊びで夢中になってくれたのだから。



「ちょっと…お手洗い行ってくるね」

「あ、あぁ、一人で大丈夫か?」

「うん、大丈夫っ」

ハンカチで汗を拭きながら人ごみに紛れていく美佐。



「…」

「…」

息の整えたリサと二人きりになってしまう。

ここなら素を出しても誰も見ていない。

きっと無理矢理走らせたことについて怒声を浴びせてくるのだろうと与太郎は身構えていた。


「ほら」

「あ?」

リサの投げた物を彼は慌てながらキャッチする。

黒色のスマホケース。


「…あぁ、いいのか?」

「いらないわよ、アタシのでは合わないし」

リサは彼と眼を合わせようとしない。


「欲しかったのなかったのかよ」

「…」

「ん、どうした?」

「わかんないのよ」


記憶喪失の彼女は何が欲しくて、何をしたいのか自分でもわからない。

だからあの時の彼にした質問には理由なんてなかった。


与太郎は聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。

返す言葉が見つからない。

彼には今の彼女に差し出せるものなんてないのだ。


「…悪い」

「何が?」

「いや…なんとなく」

「気持ちわるっ、バカなの?それとも大バカなの?」

一歩引いて冷たい視線を彼に向ける。


「なんていうか」

目を合わせることなく頭を掻きながら精一杯の言葉をリサに送る。


「欲しいもんあったら言えよな」

「キショい」

「キショい言うな」

イタズラな笑みを浮かべたリサと与太郎はやっと目が合う。



辺りを照らし出すように大きな花火が上がり、二人は空を見上げた

メインを忘れてしまうほどに夢中になってしまっていた。

美佐はまだ戻ってこない。



「ねぇ、可燃ゴミ」

「せめて不燃にしといてくれ」

見上げながらリサは与太郎に質問する。


「アンタ、栗山美佐のこと諦めてないの?」

「…」


叶わぬ恋と知って泣き崩れた与太郎を介抱したリサ。

それなのにこうして美佐と一緒にいることが彼女には理解できない。



「諦めたよ」

「だったら何で?」


この恋が簡単に冷めてくれていたのならどれだけ楽だろうか。

<美佐は別の人が好き>

その言葉が脳裏に過ぎっただけで吐き気がする。



「だから、こんなにも辛いんだろうな」

「めんどくさ」

「…うるせ」


友人として美佐の恋を応援すると彼は決めた。

吐きそうになったら吐けばいい。

何度でも立ち上がって今は進んでいくしかない。



いつの日か、美佐に彼氏ができた時のために絶望は取っておこう。

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