第13話修羅場な夏がやってくる
待ちに待った夏休みがやってくる。
今までできなかったことをするのも良し、ぐうたら過ごすのも良し。
当然与太郎の夏休みに<勉学>という言葉はない。
今年の夏は栗山美佐を誘っていろんな場所へ行く。
彼が計画していたことが実現できなくなった今、夏休みの予定は未定となってしまった。
「与太郎」
「ん、なんだ葵か」
終業式を終え、彼は自分の席でスマホをいじっていると帰り支度を済ませた葵が尋ねてきた。
「今からリトライ行くけど与太郎は?」
喫茶リトライ。
与太郎の行きつけの店で、そこで働く店長は葵の兄だ。
今は勉強のためこの街にはいないらしい。
「あ~、一旦家に帰ってから行くわ」
「おっけ、ミーは?」
「この後は予定ないし行こうかな」
「おっけ、夏休みの予定立てよっか」
与太郎の後ろの席にいる美佐はたまにこうして彼らに付き合ってリトライへと足を運ぶ。
「あとは…山~」
「なんだぁ?」
「なんでもない~」
「いや誘えよ!!」
笑いながら雄也の背中を叩く葵。
誘っても雄也が来れない事は一同わかっていた。
昨日の体育の授業で教師のホイッスルにタバスコを塗ったことの罰で体育館の掃除を命じられている。
葵と美佐は先に教室を出る。
与太郎はカバンを持ち黒板の前に立つ。
日直と書かれてあるところを訂正して書き足しておく。
月直・山田雄也。
「ふぅ」
「ふぅ、じゃねぇ!」
「じゃあな雄也、体育館ピカピカにしろよなっ!」
「くそおぉぉぉぉ!!」
明日から夏休み。
何をして過ごそうかと考えながら自宅へと向かう与太郎。
「(そういえばアイツはどうすんだろう)」
飯田リサ、記憶喪失の少女。
今まで何をしてきたのかさえもわからないリサにとっては初めての夏休み。
「…」
何かを忘れていることに気がつき足を止める。
夏休み、のことではない。
次第に与太郎の顔が青ざめていく。
「ぬあああぁぁああぁぁ…!!」
家に帰っている場合ではない。
すでにリサはリトライの常連客。
そして葵と美佐が今リトライに向かっている。
体育の時間ですらこんなにも本気になったことのないほどの速さで彼は店へと急いだ。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
美佐とリサが挨拶を交わす。
二人とも笑顔だがただ事ではない何かがあると葵はすぐに察した。
決してフッたわけではないが、結果的にそういう形にした女がどの面下げて彼がよく来るこの店に足を運んだのか。
与太郎に恋愛感情を抱いていなくとも、同じ女としてリサは理解できなかった。
間違いなく彼とリサは他人ではない、これではっきりした。
与太郎に恋愛感情を抱く美佐は、リサをライバル認定した。
「…」
「…」
無言の笑みが続く。
「こ、こんにち…おほっ」
一足遅かった与太郎はその場に崩れ落ちた。
「ちょい与太郎」
「…ああ」
座り込んだ彼に声をかけてきたのは葵。
「あの女、誰よ」
「浮気相手と一緒にいるところを見た本妻みたいな言い方はやめてくれ」
「お兄ちゃんの彼女ばりに美人だし」
「店長彼女いたの!?」
なんかもういろんなことに驚きであった。
服装が乱れていないところを見るとおそらくリサもここへ来たばかりなのだろう。
彼女は清楚可憐な桜花高校の飯田リサを演じている。
「あ、葵には紹介しないとな、こちら桜花の飯田リサさんだ」
「初めまして飯田リサと言います」
「んでこっちが同じ高校の東田葵、ここの店長の妹」
「どうもです」
「それから…」
「あなたは栗山美佐さん、でしたよね」
「はい、お久しぶりです飯田さん」
「…」
葵のように鋭くなくてもこれはよくない空気が流れていることは与太郎にも理解できた。
「あ、加嶋さん、ちょっといいですか?」
「ん…あぁ…」
彼にリサは可愛らしく小さく手招きをして彼女達二人に背を向ける。
笑顔のまま与太郎に近づいて小声で言った。
「テメェ、なんでフラれた女といんだよ」
「おほっ」
爽やかな顔をしたデビルがいた。
「い、いや別に直接フラれたわけでは…」
「結果同じだろうが、バカなの?それとも大バカなの?」
「うぐ…」
あまり表情に出しすぎると葵にバレてしまうので必死で笑顔を崩さない与太郎。
「リサちゃんのお母さんと私、同級生なのよ」
カウンターにいる雪が女神に見えた。
「そうっ、それで彼女も常連ってわけ!」
「…そうだったんだ」
美佐は胸に手を当てて深呼吸する。
だが美佐もリサもお互いに警戒を解くことはなかった。
「そ、それよりもさ、夏休みの予定立てようよっ」
「それなっ」
場の雰囲気に耐え切れなくなった葵。
さっさと日程を決めて解散した方が良いだろう。
「そういえば、今週の土曜にお祭りがあるわよ」
町内から回ってきたチラシを取り出した雪。
まだこの街に来たばかりの与太郎は去年も行われたそのイベントのことを知らなかった。
お祭り、花火。
それを聞いて与太郎の心がざわついた。
―――花火にはそれぞれ嫌な思い出があった。
視線が踊る与太郎と俯く美佐。
そしてあの時とんでもないことをしたと後悔している葵。
それでも乗り越えなければいけない。
彼は決めたんだ。
美佐の恋を応援すると。
だからいつまでも引きずっているわけにはいかない。
「…」
後ろから寒気が走るほどの視線を与太郎は感じた。
「加嶋さん」
「な…なに」
未だに慣れないリサの猫被り。
「私…お祭りに行きたいです」
「…」
そしてまた場が凍りついた。
決して<お祭り>に行きたいわけではない彼女。
仲間外れにされるのが嫌だというわけでもない。
笑顔で振り返る与太郎。
「あ、飯田さんお祭り行ったことないんだ?」
―――テメェ、一体なんのつもりだ。
「そうなんです…連れて行ってくれませんか?」
―――おもしろいからに決まってんだろうが。
一旦収まったはずの修羅場、再び。
心の会話でも喧嘩を繰り広げる二人。
「(どうする…俺)」
嘘とはいえ眼の前でこんなにもお願いをしてくる清楚な女性を断るなんてことをしたら、何も知らない二人に冷たい人間だと思われかねない。
「ダメ…ですか?」
―――ど~すんの?この場をどうまとめんの?
その整った顔に一発思いっきりグーをお見舞いしてやりたかった。
「そうね夏だし、お祭りはいろんな所でやってるんじゃないかな?」
再び雪の助け舟。
与太郎からすれば、もう結婚してほしいくらいの感謝。
「そうだよな!じゃ、飯田さん一緒に行こうかっ」
行くわけがない。
与太郎はこの街のお祭りを諦める方向へと持っていく。
美佐と葵、雄也とはまた別の祭りに参加すればいいのだ。
「加嶋さんと二人きりでお祭り…楽しみです」
「ふぅぅぅんっ、そおぉだねぇえぇぇ…」
与太郎の顔から引きつりが治らない。
「…」
「ミー」
黙り込む美佐の背中を葵がそっと押した。
彼女は決めたんだ、絶対に諦めないと。
「加嶋君」
「はい!」
「私も一緒にいい?」
「…え?」
美佐の予想外の台詞に頭が真っ白になる与太郎。
「私、そのお祭りには毎年行ってるから」
「そ…そうなんだ」
彼に好意を抱いているような発言はまだしてはいけない。
彼女は少しずつ近づいていくしかない。
「じゃ…じゃあ飯田さんとは別のところの…」
「三人で行こ?」
絶対に二人きりで行かせてたまるものか、と積極的にいく美佐。
当然彼は彼女の意図なんて読めるわけがなかった。
「へぇ」
美佐を控えめな子だと思っていたが、思いのよらない行動にリサは感心していた。
別に与太郎に好意を抱いていない彼女。
「私はやっぱりお祭りのような騒がしいところはやめて…」
「行きましょうよ、飯田さん」
驚く光景だった。
あの美佐が笑いながらも鋭い眼差しをリサに向けている。
表情を全く変えていないリサだが、彼には何か黒いオーラのようなものが見えた。
「ええ、わかりました」
「良かった」
こうして週末、与太郎はリサと美佐を連れてお祭りへと行くこととなった。
「…助けて葵」
バチバチと今にも聞こえそうな視線のやりとりを抜け出して葵に助けを求める。
「知らない、頑張れ」
「おほっ!」
見捨てられた与太郎だった。
しかし実のところ葵は嬉しかった。
引っ込み思案で、もう先へ進むことのできないと予想していた美佐が大きく一歩踏み出したのだ。
「(頑張れ親友)」
いつだって私は美佐の味方だから、と葵は心の中で呟いた。
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