第12話彼女の決意
中学時代は優等生だった美佐。
不真面目な生徒と仲良くなったのは高校に入ってからのことだった。
入学式を抜け出そうとした男子生徒。
全ては体育館で彼と隣同士になったことがきっかけだった。
高校一年の春。
新しいクラスで前の席には彼がいた。
イタズラばかりする彼にはやはり似た生徒が寄ってきていた。
一週間もしない内に与太郎と雄也は有名人になっていた。
その時のクラス委員が東田葵。
そんな彼らを唯一叱れる存在。
だが彼女も二人のやることには結構楽しんで見ていた。
美佐には三人がとても輝いて見えた。
だから勇気を振り絞ろうと決めた。
「あの…私も仲間に入れてくれない、かな」
彼らと高校生活を過ごせるために。
昼休みの食堂では食事を終えた生徒達の団欒の場になっていた。
夏休みにどこ行こうか、何をしようかで盛り上がっている。
彼ら四人がつるむようになってから二度目の夏休み。
去年はまだ知り合ったばかりだったため、遊びは近場で済ませた。
与太郎と雄也は夏休みに夜の学校に忍び込んでイタズラをする計画を立てている。
美佐と葵は近くにできたスイーツ屋の話に花を咲かせていた。
しかし実のところ美佐はどうにかして与太郎に伝えたあの時の言葉をなかったことにできないかと日々頭を抱えていた。
「(まぁ…無理だよね)」
実は彼のことが好きなのに、それに気づかず別の男性を好きと伝えてしまったこと。
そして頭にチラつくのは与太郎と飯田リサがデパートで一緒にいたこと。
財布を拾っただけの関係にしてはとても仲が良さそうに見えた。
「ミー、何か隠してるでしょ」
「ふぇっ!?な…なにがっ?」
中村先輩に好意を抱いていることは葵には伝えている。
だがその彼からの告白を断ったことまでは言っていない。
鋭い葵に隠し事をするのは必死と言える。
だが葵はすでに怪しんでいた。
本当に美佐は中村先輩のことが好きなんだろうか、と。
「おい太郎、腹痛いからトイレ行こうぜ」
「連れウンに誘うな」
雄也が席を立ち与太郎の肩に手を置く。
「心配するな、一緒に個室に入ってくれるだけでいいから」
「なんで俺はお前の頑張っている姿を観察しなきゃいけないんだよ…」
そう言いながらも与太郎は付いていく。
あの様子ではしばらく戻ってこないだろう。
「…」
「…葵?」
「ミーに質問があるんだけど」
やはり葵は何かに気づいている、と身構える美佐。
呼吸を整えて葵に向き合おうとした瞬間、食券売り場の方から大きな音が聞こえた。
周囲の視線が一斉にそちらに向く。
「おいコラ眼鏡、邪魔なんだっての」
「ご…ごめんなさい」
ガラの悪い三年の男子が一年の女子を突き飛ばしていた。
食べ終わった食器が散乱している。
男子生徒は去らずに女子生徒の前にしゃがみこんだ。
「気持ち悪いんだよオタク女子」
「ホント、残念な容姿に生まれたよな」
男三人で囲んでひどい言葉を投げかける。
周りは的にされるのが怖いのか、見ているだけで助けに入る様子はない。
「止めてくる」
「え…葵!?」
正義感の強い彼女からすれば当然見過ごせない事態。
その勇気はどこからやってくるのか美佐には不思議でしかたなかった。
「兄に似て、放っておけないタイプなのよね」
そう言って葵は彼らの元へと歩き出した。
―――与太郎達が早く戻ってきてくれれば。
そう考えた瞬間に罪悪感のようなものが襲ってくる。
「(私って本当、都合のいい女)」
遠ざけておいて、いざとなったら助けを求める。
「先輩達、やめてください」
「あぁ?」
男子生徒三人だ、もちろん葵だって怖くないわけがない。
「あんだ、お前?」
「二年の東田です」
「しらねぇよ」
標的が葵に変わり囲まれる形になった。
だが彼女は一歩も引かない。
「…」
沈黙が続く。
「ちっ」
先に折れた方は男の方だった。
「おい、放課後金受け取りに行くからな」
そう一年の女子に言い放って三人は去って行った。
姿が見えなくなるまで葵は彼らを睨み続けた。
「大丈夫?」
「は…はい、あ、ありがとうございます」
慌てて散乱した食器を拾う。
何もできなかった美佐も笑顔で手を貸した。
「私を庇って先輩方は大丈夫ですか…?」
「ん、余裕よ」
腰に手を当てて余裕のポーズを見せる葵。
そんなことよりも葵と美佐には気になっていたことがあった。
先ほどの三人が去り際に言った台詞。
「お金ってどういうこと?」
先にそれを聞いたのは美佐だった。
「あ…あはは、まぁよくある話ですよ」
苦笑いを浮かべて下を向く一年。
察するのに時間はかからなかった。
彼女はイジメにあっている。
先生に相談なんていうのはより危険を伴う行為。
美佐から食器を受け取った一年は静かに頭を下げて背中を向ける。
「待って」
「…え?」
「君、クラスと名前は?」
美佐は黙って葵と彼女のやりとりを見ていた。
「…1年2組の前野です」
「ん、わかった、放課後教室で待ってて」
「…そ、それはどういう」
「悪いけど、放っておけない」
葵のその強さは一体どこからやってくるのだろう。
もしも美佐なら囲まれただけで泣いてしまう。
「私も行く」
だけど美佐は前に出た。
怖くても勇気を出さないといけないこともある。
今後、彼との距離を縮めていけるように。
「ん、何事?」
「何でもないよ」
与太郎と雄也が食堂に戻ってきた時にはすでに全てが終わっていた。
葵は事情を話そうとしない。
彼らに助けを求めれば何とかしてくれるのは間違いない。
しかしこれは彼女達が撒いた種、巻き込むわけにはいかなかった。
そう、彼女達は力が欲しかった。
美佐にとっては勇気を。
葵にとっては兄のような強さを。
放課後、二人は用事があると理由を付けてすぐに一年の教室へと向かった。
「さ、行こうか」
「せ…先輩方」
教室から出てくる前野を捕まえる。
おそらく迷惑をかけまいと急いで出ようとしたのだろう。
これは一度や二度のことではないことを前野は白状する。
放課後には誰も来ない校舎の裏庭でお金の受け渡しは行われていた。
美佐の手が震え始める。
正直葵も恐怖で今にも心臓が口から飛び出しそうになっていた。
「あ?何でお前らまでいんだよコラ」
「決まってんでしょ、やめさせに来たのよ」
それでも平常心を保っている葵。
美佐は前野を庇うように立っていた。
「なぁこれって三人分の金手に入んじゃね?」
「いいねぇ!」
やめて、といって簡単に引き下がるわけがないことくらいは理解していた。
だけど彼女達にはそう言うしかない。
「ってかこっちの女めちゃ可愛いじゃん」
「俺はこのツンツンしてる方だな」
「…ん?」
三人の内の一人が美佐を眺め始める。
「コイツ、中村をフッた栗山って女子じゃね?」
「え、マジ?」
「いや、噂に聞いただけなんだけどよ」
「…っ」
美佐に驚きの視線を向ける葵。
「ミー…」
「…ごめん」
こんなところで、こんな場面で知られたくはなかった。
中村先輩が好きだと言っていたのに、その彼をフッた事実を葵にはちゃんとした形で伝えたかった。
「まぁいいや、二人とも遊びに行こうや」
「ちょ…離してください!」
「やめてください…!」
腕を掴まれる美佐と葵、当然男相手に振りほどけるわけがなかった。
「(私は…結局何をしても空回り)」
勇気を出しても何もできない。
一人じゃ何もできない。
「俺らも仲間に入れてくれないかな」
「…え?」
体育館の掃除用に使われるモップを持った男子生徒が二人。
「楽しそうッスねぇ」
「何だ…お前らっ」
驚いているその隙に彼らの手を振りほどく。
涙が出そうだった。
美佐が大声で助けを求めたかった人物が現れたのだから。
上級生三人は顔を引きつらせていた。
「お前ら…加嶋と山田」
「太郎よ、俺達有名人だな」
「嬉しいねぇ」
モップを引きずりながら上級生に近寄っていく。
三年ですらも手を出さないほどの彼らの悪名高さ。
「先輩、卒業控えてんのにいいんスかねぇ」
相手は三人だというのに与太郎は余裕の笑みを浮かべていた。
「お、お前らだってタダじゃ済まないだろうがっ」
「だな、退学になったらどうするよ太郎」
「ん~、しばらくはゴロゴロして過ごすかな」
やりあうことに賛成な姿勢を見せる二人。
「くそ…行くぞ」
卒業に響くことと与太郎達への恐れによって三人は背中を向ける。
「待ってくださいよ先輩方」
「な…なんだよ」
去ろうとする上級生の足を止めさせる与太郎。
「今後、仲間に手出したら退学覚悟で退学させますんで」
「…っ」
彼女達のバックには与太郎と雄也がいる。
二度と美佐達に危害を加えることはしないだろう。
もちろん前野もその中に入っている。
「…二人とも何でここが?」
疑問に思った葵が問う。
すると与太郎はモップを置いて笑い出した。
「あんだけ騒がしかったんだ、周りに聞けばすぐ話してくれたよ」
―――仲間だから。
「迷惑かけて…ごめんね」
涙を拭いながら美佐は呟いた。
それを見た与太郎は一瞬慌てていたが、すぐに冷静になり彼女の頭に手を置いた。
「覚えといて」
「…え?」
「迷惑をかけたくないってことが迷惑な時もあるから」
「(ああ、やっぱり私…この人が大好きだ)」
もう無理なのかもしれないと。
勇気を出しても届かないと。
彼に別の人が好きだと言ってしまった台詞を今更なかったことにはできない。
取り返しの付かないことをした彼女。
だけど、諦める手段を捨てた。
「やっぱりね」
横で葵が二人のやりとりを頷きながら見ていた。
「加嶋と山田っ!!」
体育館の方から怒声が聞こえてくる。
「やべ…バレー部の顧問だっ」
「あ、葵、悪いがモップ返しといてくれ!」
「ちょ…ちょっとっ」
慌てて逃げ出す二人。
飯田リサという女性と与太郎がどういう関係なのかは今の美佐にはわからない。
とんでもない美貌を持つリサに敵うとは思ってはいない。
だけど、
走り去る与太郎の背中を見つめながら美佐は呟いた。
「私、もう諦めないから」
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