第11話秘密を知った強敵
夏が近づいてきていた。
桜花高等学校では試験を終えたリサがため息を付きながら廊下を歩いていた。
記憶喪失になる前の彼女は相当成績が良かったのか、問題を見ただけでスラスラとペンが進んだ。
他校の生徒ならテストから解放されこの後は羽を伸ばしに行くのだろうが、優等生でブルジョア達が集まるこの学校ではあり得ない話だった。
「(今更答え合わせしても何も変わんないって~の)」
その光景に我慢できずにリサはそそくさと教室を出た。
口調も顔付きも変えれないこの場所ではストレスが溜まる一方である。
「あ、お姉様っ」
「あ…あら、金剛さん、こんにちは」
曲がり角で遭遇したのは金剛菜月、この学校の一年生。
大和撫子という言葉がよく似合う黒髪の美少女。
「今お帰りですか?」
「ええ、そうなんです」
何故かいつも付きまとってくるお姉様と呼ぶ彼女に少し身の危険を感じている。
「よろしければいつものカフェにでも行きませんか?」
慕ってくれるのも誘ってくれるのもありがたいのだが、正直今すぐにでもここから抜け出して仮面を外してしまいたい。
そもそも菜月といく<いつものカフェ>とは一体どこのことなのか今の彼女にはわからない。
「ごめんなさい、予定が入っておりまして…」
「とんでもないです、またご一緒できる日を楽しみにしています」
「それでは、また」
「さようなら、お姉様」
この数日でリサが学んだこと。
ここの学校の生徒達は引き止めるということをしない。
「…」
じっと鋭い視線のようなものを感じながらリサはその場を去る。
そして彼女はいつもの場所へと足を運ぶのであった。
「何なのあの学校」
「今日も荒れてるな…おい」
喫茶リトライで冷えた水を一気に流し込んだリサは溜まりに溜まったストレスを与太郎に吐き出していた。
「真面目すぎんのよっ」
「あ~はいはい」
「世の中にはねぇ!」
「ん~」
もうすでに与太郎は聞き流し状態になっていた。
「…」
「…?」
「ゴミみたいな奴もいるのよっ」
「こっち見んな」
リサの気持ちが全くわからないわけではなかった。
学校ではかなりの問題児の与太郎だからこそ理解できる話。
とはいえ、こればかりは彼にはどうすることもできない。
相変わらずオーナーの雪はカウンター前で二人を見守ってるだけである。
「記憶喪失になる前のアタシは何を楽しみにして生きてたんだろうね」
「俺にわかるかよ」
「一回鈍器で頭殴るから体験してよ」
「違う体験しそうなので是非やめてください」
リサのことが苦手な与太郎だが毎度こうして彼女の愚痴を聞いている。
理由は写真という弱みを握られているのもあるが、実のところ友人達と一緒にいるのが今は少し辛い。
美佐に彼の気持ちがバレたわけではないが、失恋したことには変わりない。
隠そうとしても葵には必ず我慢していることを悟られる。
だからこうして毎日のようにこの店に足を運んでしまっていた。
「今日は帰ろうかな」
子供なら夕食をとり始めている時間帯。
カバンを持ち席を立つリサ。
「ごちそうさま、オーナー」
「ええ、帰り道気を付けてね」
リサは雪に挨拶をし入り口の方へと向かい、扉の前で一度足を止めて振り返る。
「えっと、与太ろ…ごめん間違えた」
「ん?」
「えっと、ゴミ」
「…いや、最初ので合ってます」
「ふっ、じゃあね」
「ああ」
座っている与太郎は彼女に向けて軽く手を上げる。
そしてリサは扉を開けて外へと、
進むことができなかった。
「…金剛…さん」
「…」
扉を開けたすぐ先に立っていたのは金剛菜月だった。
実は与太郎は以前彼女に会っている。
否。
会っているが見ていない、彼女が現れた瞬間にリサに突き飛ばされて川に落ちた。
「お姉様、今のお話は本当なんですか?」
「…っ」
いつもと様子の違うリサを怪しんだ菜月は後を付け、店の扉の前で盗み聞きをしていた。
どんどん顔色が悪くなっていくリサ。
「いやぁ君可愛いねぇ、桜花高校の子だよね?」
助けに入ろうとした与太郎だったが、とっさに出た行動がただのナンパ師だった。
「存在しているだけで迷惑な生物はちょっと黙っててもらえますか?」
「はい」
もうそろそろ心が折れてもおかしくない与太郎だった。
「お姉様」
「…あぁそうよ、アンタの聞いたとおりよ」
隠し通せないと判断したリサは仮面を被ることなく今の彼女のままの口調で答えた。
「4月以前の記憶が全くないわ」
「…そんな」
「だから、アンタの知っている清楚可憐な飯田リサは今存在しない」
リサは腕を組み鋭い眼差しを菜月に向ける。
「記憶が戻るまでは周囲にバレるわけにはいかないのよ」
今のこの偽物の彼女を。
金、力、リサは口封じのためなら何だってするつもりである。
「もしも口外するようなことがあれば…」
「うぅ…うぅ…」
「…え?」
リサは菜月に恐怖心を植えつけるつもりだったが予想外のことが起きてしまっていた。
「お姉様…可哀想に…あぁお姉様」
「ちょ…何言ってんのアンタ」
「…私、決めましたっ」
涙を流しながらリサの手を強く握る菜月。
「協力します!」
「…えぇ~」
「私にとってお姉様はお姉様なので!」
正直な話、菜月が距離を置いてくれたら日常も少しは楽になるのではという願望も少なからずあった。
「ところでお姉様」
「…何よ」
「そこの地球の酸素を奪うだけのゴミみたいな生命体は何ですか?」
「大丈夫、ただのゴミよ」
「俺Mじゃないのでそのへんにしてくれますか」
リサは簡単に与太郎との関係を彼女に伝える。
恋人でも友人でもない、彼女が記憶喪失だということを知っているだけの他人。
「いてもいなくてもいい、人の形をした物ということですね」
「ん、どこでそういう答えに辿り着いたのかなお前は」
絶対に菜月とは仲良くなれない、そう感じた与太郎だった。
「あ…なんて綺麗な方…」
カウンターの方へと視線を向けた菜月は雪を見て驚きの声を漏らした。
「ありがとう、ここのオーナーの野々村雪です」
「母さんの友達なのよ」
「まぁ!私は金剛菜月です、よろしくお願いいたします」
美人で、しかも慕っているリサの母親の友人となれば菜月の態度もこうなるのは当然。
これが持つ者と持たない者の差である。
「んで、俺が…」
仲間外れになっていた与太郎がドヤ顔で前に出る。
「黙りなさいミジンコ、お姉様に近づくな」
「ちょっと金剛さん…」
「も~っ、菜月って呼んでくださいよお姉様」
言葉を発する度に心の柱が一本ずつ折られていく与太郎。
「お姉様には伊集院様というペガサスの様なステキな婚約者がいるのです」
ミジンコとペガサス、すごい差である。
考えてみるとこれはチャンスなのでは、と彼はここでやっと重要なことに気がついた。
彼以外に記憶喪失を知る者の出現。
これはもしかしたら、もう今後彼がリサに付き合う必要はないのではないか。
「そうかっ、それは俺みたいなゴミが近寄ってはいけないよな!」
「…」
「残念だがしかたないことだよなっ」
「…」
「ということで今後はもう近づかないようにすっふぅん!」
心を躍らせながら言葉を発する与太郎の顔面に見事な鉄拳がクリティカルヒットする。
「殴ったよ?」
「…それ<殴るよ?>って言うとこ…」
「強いお姉様もステキ…」
別に彼のことは何とも思ってはいないが、あのように喜ばれるとさすがに誰だって癪に障る。
金剛菜月に正体がバレてしまったこと。
実のところリサにとって、これは余計にストレスが溜まる事態なのだ。
彼が解放される日はまだ当分来なさそうである。
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